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第12話:包囲の帰り道

 夕暮れの公園には、まだ戦いの余韻が残っていた。


 焦げた匂い、割れた地面、散った影の残滓。

 その中心で、レオンは静かに聖剣を収める。


 風間は後処理の指示を飛ばしていた。

 倒れたエージェントの身柄確保、影潜みの痕跡の回収、周囲の封鎖。

 だが、その声には震えが混じっている。

 勇者の戦いを目の当たりにした者の、どうしようもない畏怖が抜けていなかった。


 レオンが歩み寄ると、空気の密度が変わった。


「風間」


 風間は呼ばれた瞬間、背筋を跳ねさせる。


「な、なんだ……?」


 レオンは短く告げた。


「朔弥たちに、危険が近づいている」


 風間の表情が一瞬で強張る。

 すぐに無線を取り出し、護衛班へ連絡を入れる。


「……応答しろ。状況を報告しろ。……おい、聞こえてるか?」


 返答はない。

 沈黙だけが続く。


「……おかしい。さっきまで連絡は取れていたはずだ……!」


 レオンは静かに言った。


「俺が行く」

「ま、待てレオンくん! 状況が――」


 言い終える前に、レオンの姿は風のように消えていた。

 地面がわずかに揺れ、空気が裂ける。

 残されたのは、風間の耳に届くほど小さな声だけ。


「無事でいろよ……」


 風間は呆然と立ち尽くす。

 その速度、その気配、その決断の速さ――

 人間の枠を超えた存在を、改めて思い知らされる。


「……あれが、本物の勇者……か」


 風が吹き抜け、レオンが駆けた方向へ草木を揺らした。

 レオンは、三人のもとへ向かう。



 ―夕暮れの帰り道―


 街は、昼の喧騒がゆっくりと色を失い、夜の静寂へと移り変わる境目にあった。


 オレンジ色の光が校舎の壁を照らし、長く伸びた影が歩道に重なる。

 その中を、朔弥・優斗・美咲の三人が並んで歩いていた。


 いつもの帰り道。

 だが、どこかが違う。


 優斗は肩に竹刀袋を背負っていた。

 中身は竹刀ではない。

 レオンから託された赤い刀身の日本刀――紅牙。

 だが、周囲から見ればただの剣道具にしか見えない。

 優斗自身も、それを持つことが自然になっていた。


 朔弥は何度か後ろを振り返る。

 視線ではなく空気の揺れを確かめるように。


(……なんだろう。最近、こういうのが分かるようになってきた気がする)


 胸の奥に微かなざわつき。

 風の流れが変わる瞬間のような、言葉にできない違和感。

 美咲は朔弥の変化に気づいていた。

 彼女自身もまた、周囲の空気の張りつめ方に敏感になっている。


「……護衛の人、さっきから距離が遠いね」


 その声は、放課後の静けさに溶けていった。


 優斗も気づいていた。


「……なんか変だな」


 三人は足を止める。

 影が濃くなり、街の色がゆっくりと夜へ傾く。

 朔弥は息を吸い、胸のざわつきの正体を探るように目を閉じた。


(……何だ、これ。胸の奥がざわつく……?)


 風が吹いたわけでもないのに、空気が震えた。

 美咲が朔弥の横顔を見つめる。


「……来るよ」


 優斗が竹刀袋へ手を伸ばす。

 街はいつもと変わらない放課後の色をしていた。

 だが、その静けさの下で――

 確かに何かが近づいていた。


 三人はまだ知らない。

 この瞬間、彼らはすでに守られる側ではなく戦える側へと踏み出していたことを。


 角を曲がった、その時だった。


 足音が――

 消えた。


 世界が一瞬だけ息を潜めたような静寂が落ちる。

 人通りの多いはずの帰り道が、音を失っていた。


 優斗が眉をひそめる。


「……おい。ここ、こんなに静かだったか?」


 朔弥は答えない。

 胸のざわつきが、急に形を持ち始めたからだ。


(……来る。これは……敵意だ)


 美咲が息を呑む。


「……前と後ろ。二方向から……」


 影が動いた。


 スーツ姿の男たちが静かに歩み出る。

 前方に三人、後方に三人。

 計六名。


「対象三名、確認」

「落ち着け。君たちを保護しに来ただけだ」


 優斗が一歩前に出る。


「保護なら、銃なんて持たねぇよな」


 後方の男がコートの内側へ触れた。

 その仕草だけで、三人は嘘を確信する。


 美咲が震える声で呟く。


「……護衛の人たち……やられてる……」

「抵抗するな。すぐに終わる」


 優斗が鼻で笑った。


「終わるのは……どっちだよ」


 影が長く伸び、街角の光が弱まる。

 世界が夜へ傾く。

 六人のエージェントが一斉に動いた。


 その瞬間――

 優斗も動いた。


 竹刀袋の口を払う。

 抜き放たれた紅牙が、闇の光を裂いた。


「遅ぇよ」


 ガンッ!


 みねうちの一撃が手首を叩く。

 続けざまに二撃、三撃。

 斬らずとも、鋭さは刃と変わらない。


「みねうちだよ。悪いけど……俺、もう弱くねぇから」


 二人が崩れ落ちる。


 その背後――

 朔弥の足元に青白い魔力が集まる。


「……痺れるぞ……《雷光ライトニング》!」


 バチバチチィッ!!


 雷が走り、背後の二人を包む。

 悲鳴を上げる暇もなく、膝から崩れ落ちた。


 朔弥は驚いたように自分の手を見る。


(……出た。俺、こんなに狙って撃てたか……?)


 前方の二人が銃を抜いた。

 金属の擦れる音が、路地の空気を鋭く裂く。

 その瞬間、朔弥が反射的に叫んだ。


「撃つなッ――!」


 間に合わない。

 銃口が火を噴き、乾いた破裂音が連続して響いた。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 だが――

 弾丸は届かなかった。


「《聖護プロテクション》……撃たないで。危ないから」


 美咲の声は凛としていた。

 多重展開された光の盾が、弾丸をすべて弾き返す。


「な……なんだこいつら……!」

「情報と違う……!」

「ただの子供じゃない……!」


 光が消えると同時に、優斗が踏み込む。


「終わりだ」


 みねうちの一撃が、残り二人を叩き伏せた。

 静寂が戻る。

 倒れた六人のエージェント。

 立つ三人。


 朔弥は眉を寄せる。


「……違う。こいつらだけじゃない」


 風が通り抜ける。

 その奥に――

 微かな揺れ。


「まだ動いてる……もっと来る」


 優斗が剣の柄へ触れる。


「……空気が変わった。来るぞ」


 美咲も息を吸う。


「うん……空気が重い。まだ誰かいる」


 路地の奥。

 街灯の届かない闇。

 その中で何かが蠢く。


「……増えてる。十……いや、それ以上……?」

「マジかよ……まだ来んのか」

「……来る。すぐそこまで」


 その瞬間――

 風が裂けた。


 空気が押し返されるような圧。

 影が震え、三人の髪がふわりと浮く。


 優斗が目を見開く。


「……レオン?」


 朔弥も確信する。


(この圧……間違いない)


 美咲が息を呑む。


「……レオンくんが来た」


 闇の奥で、何かが走る。

 速い。

 風よりも、音よりも。


 三人へ迫る影。

 そのさらに奥から――

 光のごとき速度で迫る、ひとつの希望。


 世界が息を呑む。

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