第6話:家族が知るべきこと
朔弥が、深く息を吸って話し始めた。
「……一昨日、俺たち四人は……ダンジョンに入ったんだ」
その言葉が落ちた瞬間、リビングの空気がぴんと張り詰める。
大人たちの表情が一斉に強張った。
優斗が続ける。
「入口だけじゃなくて……第一階層から第五階層まで、全部進んだ」
美咲は両手を握りしめ、震える声で言った。
「……進んでいたら夜になっちゃって……五階層のボス部屋の前で……夜を明かしたの」
レオンが静かに補足する。
「無理に戻れば危険でした。だから、安全な場所で待機しました」
優斗の母が息を呑む。
「じゃあ……昨日の夜まで帰れなかったのは……?」
朔弥が頷いた。
「昨日の朝からボスと戦って……出口まで戻るのに時間がかかって……帰ってこれたのが夜になったんだ」
三人が「一昨日ダンジョンに潜り、五層で夜を明かし、昨日の夜に帰宅した」 という説明を終えると――
リビングには、重い沈黙が落ちた。
驚き、怒り、安堵。
大人たちの表情には、複雑な感情が入り混じっていた。
だが、朔弥の父はまだ納得していない。
「……それで。一昨日のダンジョンのことは分かった。昨日の帰宅が遅れた理由も分かった。だが――まだ話していないことがあるだろう?」
三人は一瞬だけ視線を交わした。
優斗の母が震える声で言う。
「今日……学校で何かあったの? 校長室に呼び出されたって聞いたわよ」
朔弥は首を横に振った。
「……今日じゃないんだ。校長室に行ったのは、三日前なんだよ。そこで――風間防衛大臣と会ったんだ」
リビングの空気が、一瞬で凍りついた。
優斗の母が思わず声を上げる。
「……三日前……!? そんな前に……防衛大臣と……?」
美咲の父も驚愕を隠せない。
「どういうことだ……? なぜ君たちが……?」
朔弥はゆっくりと説明を始めた。
「四日前……狭山市駅前で黒い影の化け物が出た事件があっただろ? あの翌日、俺たち三人は校長先生に呼ばれて……校長室に行ったら、そこに――」
美咲が震える声で続ける。
「……風間防衛大臣が来たの」
優斗も深く頷く。
「俺たち三人で影を見た時のことを聞かれたんだ。映像も見せられた。あの日の駅前の……黒い影のやつ」
美咲は唇を噛みしめながら言う。
「それで……もう一人映っているって……レオンくんの後ろ姿が……」
レオンは静かに目を伏せた。
朔弥は続ける。
「でも……大臣はレオンを危険人物だとは言わなかった。むしろ……助けてくれた存在だって」
優斗の父が息を吐く。
「……風間大臣が、そんなことを……」
美咲の母は胸に手を当て、震える声で言った。
「じゃあ……あなたたち、国に監視されるとか……そういうことは……?」
優斗が首を振る。
「違う。守りたいって言ってた。俺たちを利用するつもりはないって」
美咲も続ける。
「訓練を受けるかどうかも……選んでいいって」
朔弥は唇を噛みしめた。
「……でも、俺たち三人は断った。普通の生活を続けたいって」
ここまで聞いた大人たちは、驚きと安堵と不安が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。
その中で、レオンがゆっくりと口を開いた。
「……皆さん。俺は風間大臣に会っていません。だから、軽々しく信用できるとは言えません」
大人たちの視線がレオンに集まる。
レオンは続けた。
「ただ……三人の話を聞く限り、敵意を持っている人物ではないとは思います。少なくとも、三人を追い詰めたり、利用しようとしている様子は……感じませんでした」
優斗の父が小さく頷く。
レオンはさらに慎重に言葉を選んだ。
「ですが……国家というものは、個人の善意だけで動くものではありません。だから……俺は慎重に見ています」
美咲の母が不安そうに問う。
「……じゃあ、レオンくんは……風間大臣をどう思うの?」
レオンは少し考え、正直に答えた。
「三人が感じた守ろうとしてくれた気持ちは……本物だと思います。でも、今それを完全に信用する事とは別です」
朔弥の父が静かに息を吐く。
「……なるほど。つまり、信用しすぎず、疑いすぎず……か」
レオンは頷いた。
「はい。俺は三人を守るためにここにいます。だから……風間大臣の言葉も、行動も、これから見て判断するつもりです」
その言葉に、三人も大人たちも、どこか安心したように息をついた。
レオンは最後に静かに言った。
「……風間大臣がどうであれ、俺は三人を守ります。それだけは、変わりません」
その言葉が、家族会議の空気を少しだけ温かくした。
雫は姉の袖をぎゅっと握りしめ、涙をこぼした。
「……お姉ちゃん……もう……危ないこと……しないで……」
美咲は雫を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
「大丈夫。無茶はしないよ。レオンくんもいるし……みんなで、ちゃんと考えるから」
大人たちは、三人の覚悟とレオンの言葉を受け止めながら、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。
だが――
その奥には、まだ消えない不安が静かに残っていた。
日常はもう戻らない。
それでも、守りたいものがあるから前に進むしかない。




