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第2話:国会と官邸の狭間で

 ―国会・緊急安全保障委員会―


 ――永田町・国会議事堂。

 午前七時四十八分。


 通常国会の開始よりはるかに早い時間だというのに、委員会室はすでに満席だった。

 議員たちの顔には未知の脅威に対する焦燥と、それを上回る好奇心が入り混じっている。


 扉が開き、風間防衛大臣が姿を見せた瞬間、ざわめきが波のように広がった。

 委員長が木槌を打つ。


「これより 緊急安全保障委員会 を開会する。議題は狭山市における未確認戦闘事案について。まず、防衛大臣より説明を求める」


 風間は一礼し、資料を閉じたまま前に立った。


「……今回の事案は、我が国が経験したことのない未知の脅威であります。映像に映っていた光の存在については、現在、慎重に情報を収集している段階です」


 淡々とした声。

 しかし、その裏に潜む緊張は、室内の誰もが感じ取っていた。

 議員たちがざわつく。


「大臣、単刀直入に聞く。光の少年は何者なのか? 政府は把握しているのか?」


 風間は表情を変えずに答えた。


「現時点で、氏名・出自・所属は確認中です。確定情報はありません」


 その言葉には知っていても言わないのではなく言える段階にないという重みがあった。


「では大臣、光の少年は日本人なのか? それとも外国人か?」

「国籍を特定できる情報は得られておりません。映像だけでは判断できません」


 国会答弁としては完璧な逃げだが、風間の声には一切の迷いがなかった。


「光の少年は単独で行動していたのか? 他に関係者はいるのか?」


 委員会室が静まり返る。

 風間は一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。


「……現時点で、光の少年以外に特定すべき人物は確認されておりません」


 その言い回しは誰も関与していないと断言せず疑う必要はないと示す絶妙なバランスだった。


「映像には複数の影が映っていたはずだ! なぜ確認されていないと言い切れる!」


 風間は落ち着いた声で返す。


「映像に映っていたのは、一般市民と見られる人物たちです。彼らが事件に関与しているという事実は、現時点では確認されておりません」


 朔弥たちの存在は、この瞬間も風間の胸の奥で固く守られていた。


「では大臣、光の少年は脅威なのか? それとも味方なのか?」


 風間は一拍置いて答える。


「……現時点では、脅威と断定する根拠はありません。また、味方と断定する根拠もありません」


「では、どう扱うつもりだ?」


 風間ははっきりと言った。


「保護対象として扱います。彼が何者であれ、まずは安全を確保し、事情を確認する必要があります」


 その言葉は、レオンを守るための政治的な盾だった。


「大臣、アメリカ・中国・ロシアが情報提供を求めている。どう対応する?」


 風間は短く息を吐いた。


「回答はすべて保留しています。光の少年に関する情報は未確定であり、国外に提供できる段階ではありません」


 委員会室がざわつく。


「……繰り返します。光の少年に関する情報は、極めて不確定であり、慎重な扱いが必要です。 憶測で動くことは、国民の不安を煽るだけでなく、当該人物の安全を脅かす可能性があります」


 風間は最後に、静かだが強い声で言った。


「政府としては、光の少年と周囲の一般市民の安全を最優先に行動します。以上です」


 委員長が木槌を打つ。


「本日の審議は以上とする」


 風間は一礼し、委員会室を後にした。



 ――永田町・総理大臣官邸

 午前九時二十二分。


 国会を終えた風間は、黒塗りの公用車で官邸へ向かった。

 建物全体が国家の危機という重圧に軋んでいるようだった。


 秘書官が小声で告げる。


「大臣、総理がお待ちです」


 風間は頷き、重厚な扉を押し開けた。



 ――総理執務室


 総理は窓際で、タブレットに映る光の少年の映像を見つめていた。


「……来たか、風間君」

「はい、総理」


 総理は映像を止め、ゆっくりと振り返る。


「まず聞く。あの少年は何者だ? 国会では確認中と答えていたが……君は何か掴んでいるのだろう?」


 風間は一瞬だけ目を伏せた。

 その沈黙が何かを知っていると告げてしまう。


 だが――

 口にする言葉は徹底していた。


「……総理。現時点で確定情報はありません。ただ、ひとつだけ申し上げられるのは――」


 風間は総理の目をまっすぐ見た。


「彼は、敵ではありません。」


 総理の眉がわずかに動く。


「断言できるのか?」

「はい。狭山市駅前での行動は、明らかに市民を守るためのものでした」

「……では、彼は単独で行動しているのか? 映像には複数の影が映っていたが」


 風間の胸に、朔弥・優斗・美咲の顔が浮かぶ。

 しかし、答えは揺るがない。


「確認されているのは光の少年ただ一人です。他の人物は巻き込まれた一般市民と見られます」


 総理は風間の表情を探るように見つめた。


「……本当に、一般市民か?」


 風間は微動だにしなかった。


「はい。事件に関与しているという事実はありません」


 総理は深く息を吐いた。


「アメリカ、中国、ロシア……主要国が光の少年の情報を求めている。中には身柄の引き渡しを示唆する国もある」


 風間の目が鋭く光った。


「……論外です」

「風間君、気持ちは分かるが――」

「総理。彼を国外に渡すことは、日本の安全保障上、最悪の選択です。」


 総理は黙った。

 風間は続ける。


「彼が何者であれ、日本国内で発生した事案に関わる少年です。日本政府が保護するのが筋です」

「……風間君。君は、あの少年を守ろうとしているな?」


 風間は一瞬だけ目を伏せ、静かに答えた。


「……はい。彼は、守られるべき存在です。そして――彼の周囲にいる無関係な子どもたちも同様です」


 総理の目が細くなる。


「子どもたち……? 他にもいるのか?」


 風間は即答した。


「いません。ただ、巻き込まれた市民の安全を最優先にすべきだという意味です」


 総理はしばらく沈黙し、やがて小さく頷いた。


「……分かった。風間君、君に一任する。光の少年の扱いも、情報管理も、保護も、すべて君の判断で進めてくれ」


 風間は深く頭を下げた。


「ありがとうございます、総理」


 総理は最後に言った。


「ただし――絶対に漏らすな。国内にも、国外にも。この国の未来がかかっている」


 風間は静かに答えた。


「……承知しました。必ず守ります」


(レオンという少年も。そして――あの三人も。)

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