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第1話:世界が光を見た日

 午前五時十二分。

 市ヶ谷・防衛省。


 夜明け前の空はまだ群青のままなのに、庁舎の窓という窓はすでに光を宿していた。

 廊下を駆け抜ける靴音、立て続けに鳴る電話、短く鋭い指示が飛び交う。


 巨大モニターには、某日の狭山市駅前の監視映像が映し出されている。

 黒い霧が地表を這い、影の怪物が蠢き、その中心で――

 ひときわ強い光が爆ぜた。


 四つの小さな人影。

 そのうち一人だけが、まるで異物のように輝いている。


 風間防衛大臣は、その光景を息を呑んで見つめていた。


(……光の少年……)


 映像は何度も再生され、そのたびに光の軌跡が室内の空気を震わせた。

 各国からの問い合わせはすでに百件を超え、防衛省は半ば戦時態勢に突入していた。


「大臣、海外メディアが映像を取り上げ始めています」

「SNSでは『光の少年』が世界トレンドに……」


 風間は短く息を吐いた。


(……この映像は、もう止められん)


 その瞬間、作戦室の通信端末が一斉に点灯し、警告音が重なり合った。


「大臣! 国際監視網がSNSの映像を転送しています! 海外の軍事機関にも映像が送られたようです!」


 風間は目を閉じた。


(やはり……世界が動き出したか)


 狭山市駅前の映像は、海を越え、国境を越え、世界中の作戦室へと流れ込んでいった。



 ―世界各国・同時刻―


【アメリカ合衆国・ペンタゴン】


 ロサンゼルス郊外のダンジョン現場。

 兵士たちの悲鳴が作戦室に響く。


『弾が効かない! 後退しろ!』

『影が……影が増えてるぞ!!』


 その混乱の中、オペレーターが叫ぶ。


「司令! 国際監視網からEmergency Feed! 日本・狭山市の映像です!」

「メインスクリーンに回せ!」


 映像が切り替わる。

 光の少年が影の怪物を一刀両断した。


 作戦室が静まり返る。


「……What the hell is that light…」

「少年……? いや、人間じゃない」

「CIAとNSAに最優先で解析させろ」


 アメリカは未知の戦力として扱い始めた。



【ロシア連邦・国家国防管理センター】


 シベリアの村が影の巨人に踏み潰される映像。

 砲撃は効果なし。


「司令部、外部監視網から緊急割り込み信号! 日本・狭山市の映像出ます!」


 映像が切り替わる。

 光の少年が怪物を斬り裂く。


「……戦車でも倒せん相手を、少年が?」

「日本は何を隠している?」


 ロシアは警戒を強めた。



【中華人民共和国・中央軍事委員会】


 国内23箇所のダンジョンが同時多発的に暴走。

 封鎖線が次々と突破されていく。


「委員長! 国際監視網から特級割り込み信号! 日本・狭山市の映像です!」


 映像が切り替わる。


「……これは何だ?」

「日本の超能力者か?」

「いや、実戦経験者の踏み込みだ」


 中国は情報戦に舵を切った。



【NATO・欧州連合軍最高司令部】


 影の霧が国境を越え、ヨーロッパ全土が混乱していた。


「司令部! 国際監視網からPriority Override!」

「日本・狭山市の映像……出します!」


 光の少年が怪物を斬り裂く。


「……これは……脅威か?」

「いや、希望かもしれない」

「日本政府に説明を求めるべきだ」


 NATOは国際問題化の準備を始めた。



 そして、日本・防衛省


 壁のモニターには、狭山市の現場映像と国内の状況が映し出されていた。

 その横で、各国の反応が次々と報告として読み上げられていく。


「大臣、アメリカ国防総省が『光の少年』の映像解析を開始したとのことです」

「中国も独自に情報収集を開始『日本が新兵器を隠している可能性』を議論している模様です」


「ロシアは警戒レベルを一段階引き上げました」


 風間は短く頷き、報告を受けながら思考を巡らせた。


(……世界が動いた。ならば、こちらも動かねばならん)


「狭山市の警備を強化しろ表向きは魔物再発の警戒だ」

「了解しました!」


 職員たちが慌ただしく動き出す。

 風間は声を落とし、しかしその言葉には揺るぎがなかった。


「そして――あの四人の所在は、絶対に外へ漏らすな」


 その一言に、周囲の空気がわずかに張りつめる。


「……了解です!」


 風間は再びモニターへ視線を戻した。

 光の少年――

 そして、彼の隣にいた三人の子どもたち。


(守る……どんな手を使ってでも)


 その決意は、政治家としての義務ではなく、ただの大人としての本能に近かった。



 ―防衛省・特別分析室―


 風間が入室すると、各情報機関の職員が一斉に立ち上がった。


「大臣、光の少年と行動を共にしていた三名の中学生から得られた情報を基に、対象の暫定プロファイルを作成しました」

「読み上げろ」


 職員は資料を開く。


「対象は三名の子供たちから『レオン』と呼ばれています。現時点では呼称以外の氏名は不明です」


(……レオン……あの子たちが隠していた子の名前か)


「年齢は十五歳前後と推定。身長百七十五センチ程度。金髪ショート、青い瞳。体格は細身で、外見上は外国籍の少年に見えます」


 室内がざわつく。


「金髪に青い目……」


「普段は市販の私服を着用し、近隣住民からは近所の中学生の子たちとよく一緒にいるとの証言があります」


「ただし――対象は時折、金属質の鎧のような物を着て外出しています。監視映像にも複数回記録されており、我が国の既存の防具とは一致しません」


「鎧……?」

「光の少年の姿と一致するのでは……」


「映像解析班の結論としては、狭山市駅前の光の戦士と同一人物である可能性が高い とのことです」


 風間の表情が強張る。


(……光の少年はレオンか)


「対象レオンについて――日本国内に戸籍・記録・痕跡が一切存在しません。出生記録、学校記録、SNS、医療記録、外国人登録……すべて該当なしです」


 室内が静まり返る。

 さっきまで飛び交っていた報告やキーボードの音が、まるで誰かがスイッチを切ったかのように止んだ。


「……存在しない?」

「どういうことだ……?」


 職員たちの声は、驚きというより理解が追いつかないという色を帯びていた。

 戸籍も、記録も、痕跡もない――

 それは、国家の情報網が空振りしたことを意味する。


 風間は息を呑んだ。

 胸の奥がひやりと冷える。


(記録がない……では、どこから来た? どうやって、あの子はここにいる?)


 考えれば考えるほど、答えは霧の中へ沈んでいく。

 その時、作戦室の扉が勢いよく開いた。


「大臣! 国会から緊急連絡です!」


 駆け込んできた職員の顔は青ざめていた。

 ただの連絡ではない――

 その表情が物語っている。


 風間は短く問う。


「内容は?」

「光の少年に関する緊急安全保障委員会 の開催が決定しました。大臣は直ちに国会へ、とのことです!」


 風間は静かに立ち上がった。

 椅子がわずかに軋む音が、室内の緊張をさらに強める。


(……来たか。避けられない波が、ついに押し寄せた)


 秘書官が慌ただしく資料をまとめ、風間の前に差し出す。


「大臣、車の準備ができています!」


 風間は深く息を吐いた。

 その吐息には、覚悟と重責が混じっていた。


「行くぞ。……あの少年たちを守るために」


 防衛省の自動ドアが開く。

 朝の光が差し込み、風間の影を長く伸ばした。


 その光の中へ、風間は迷いなく歩み出した。

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