―幕間― 地脈の底
地中深く。
光の届かぬ層。
そこは、地上のどんな闇よりも濃く、どんな静寂よりも深い影の底だった。
黒い欠片が、ゆっくりと落ちていく。
重力に従って落ちているのではない。
まるで呼ばれるように、見えない糸に引かれるように、地脈の奥へ奥へと沈んでいく。
周囲には影の靄が漂い、その靄は微かに脈動していた。
まるで呼吸するように、生き物のように。
欠片が落ちるたび、靄がわずかに揺れ、影の波紋が広がる。
やがて――
欠片は底へ辿り着いた。
そこは、地脈の上に築かれた影の海。
音も光も存在しない。
ただ、黒い波紋だけが静かに広がる空間。
その中心に――
それはいた。
巨大な影の塊。
人型のようで、人型ではない。
輪郭は常に揺らぎ、影が滴るように流れ落ちている。
顔に相当する部分には、深い闇の穴が二つ。
そこからは何も読み取れない。
表情も、感情も、温度も。
ただ――
存在だけが圧倒的だった。
欠片が影の海へ沈むと、海が脈動した。
ドクン……
黒い波紋が広がり、影の底全体が微かに震える。
その震えは、言葉ではない意思の揺らぎだった。
……戻った……
声ではない。
空間そのものが揺れ、その揺れが意味を帯びている。
欠片は魔物の核。
シャドーが作り出した影の獣王の残滓。
それが本体へ吸収され、影の海に溶けていく。
巨大な影の塊が、ほんのわずかに動いた。
……まだ……足りない……
地脈エネルギー。
魔王の降臨に必要な供給。
その量がまだ不足している。
影の海が再び揺れ、細い影の糸が地上へ向かって伸びていく。
その先に――
ぼんやりと、レオンの姿が映った。
光の剣を掲げ、影喰いの獣王を断ち切った少年。
影の揺らぎが、わずかに形を変える。
……光の剣……
……いずれ……
影の糸が静かに収束し、巨大な影の塊は再び沈黙へ戻る。
影の海は、何事もなかったかのように静まり返った。
ただ一つ――
欠片が沈んだ場所だけが、微かに脈動を続けている。
闇の底で王影は目覚めの時を待っていた。




