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第13話:勇者、孤影を断つ

 空洞に満ちていた安堵は、影喰いの獣王の咆哮によって粉々に砕かれた。


 グオオオオオオオオオオオッ!!


 岩壁が震え、天井から砂塵が降り注ぐ。

 音というより、虚界そのものが吠えているような圧が空洞を満たした。


 倒れた三人の身体が微かに跳ねる。

 その中で、ただ一人――

 レオンだけが立っていた。


 影喰いの獣王が四つの赤い眼を細め、低く唸る。

 影が揺らぎ、空洞の温度が一段下がった。


 レオンは静かに聖剣を構える。

 呼吸は乱れず、瞳には恐怖の欠片もない。

 ただ、静かに燃える闘志だけが宿っていた。


 影が爆ぜる。


 影喰いの獣王が地を蹴り、黒い残像が空洞を裂く。


 ――虚影疾走


 影に溶けるような高速移動。

 視界から消え、次の瞬間には目の前に迫る。


 レオンは踏み込み、聖剣を横薙ぎに振り抜いた。

 刃に纏った光が一瞬だけ膨れ、閃光が走る。


「《光刃閃撃ライトインパクト》!」


 ギャリッ!!


 影の表皮が裂け、空気が震えた。

 だが、裂け目はすぐに影で塞がる。

 影喰いの獣王が低く唸り、背中の影触手が四方へ伸びる。


 ババシュルッ!! ババシュルッ!!


 影の鞭が空気を裂き、岩壁を抉る。

 レオンは最小限の動きで回避し、足元の影を踏みつけて跳躍。

 影触手が地面を叩きつけた瞬間、床の魔力が吸われるように揺らいだ。

 聖剣の光がわずかに弱まる。


(……魔力を喰っている)


 影喰いの獣王の動きがさらに速くなる。

 影が揺らぎ、空洞の光が薄暗くなる。


 レオンは聖剣を構え直し、短く呟く。


「《鑑定アナライズ》」


 視界に一瞬だけ情報が走る。


 ――【影喰いの獣王(シャドウデヴォウラー)

 ――【属性:闇・虚界】

 ――【特徴:影・闇魔力吸収/精神攻撃/触手攻撃/高速移動】

 ――【状態:不完全体】

 ――【弱点:胸部の影核コア……不安定(黒い欠片)】


 レオンの目が鋭く細められる。


(……あれが核か)


 影喰いの獣王が胸部を守るように影を厚くする。

 影が揺らぎ、空洞の温度がさらに下がる。


 レオンは足を踏み込み、獣王へ向かう。

 影触手が四方から襲いかかる。


 ババシュルッ!! バシュルッ!! バシュルッ!!


 レオンは影の軌道を読み切り、聖剣に魔力を集中させる。

 刃の輝きが一段階強まり、影がその光を嫌うように後退する。


「《聖剣解放》」


 レオンは振り抜いた軌跡から光を剥がし、刃の形を保ったまま一直線に飛ばす。


「飛べ、光刃――《光刃飛翔ライトシュート》!」


 シュバァッ!!


 光条が影の壁を切り裂き、影喰いの獣王の動きを止める。

 レオンは一気に距離を詰め、聖剣に纏った光が尾を引くほどの速度で連撃を叩き込む。


「《光刃連撃ライトラッシュ》!」


 ガガガガガッ!!


 影が裂け、影喰いの獣王が後退する。

 だが、影の再生が追いつき、傷はすぐに塞がる。

 影喰いの獣王が再び咆哮した。


 グオオオオオオオオッ!!


 空洞が震え、影が渦を巻く。

 レオンは足を踏みしめ、仲間たちを背に立つ。


 ドクン──

 ドクン──


 胸の奥で光が脈打つ。

 その光が全身へ駆け巡り、空気が震えた。


「《英雄心臓ブレイブハート》!」


 光がレオンの胸から溢れ、筋肉がわずかに膨張し、空気が震えるほどの圧が生まれる。

 影喰いの獣王が虚影疾走で迫る。


 ギュンッ!!


 レオンは聖剣を前に掲げ、刃先から薄い光の膜が広がる。


「《聖盾加護ホーリーシールド》!」


 ドガァァァン!!


 影の突進が光の盾にぶつかり、空洞が震えるほどの衝撃が走る。

 レオンは踏みとどまり、影触手の連撃を受け止める。


 バシュルッ!! バシュルッ!! バシュルルッ!!


「……まだだ!」


 レオンは聖剣を振り抜いた。

 刃を中心に光が円を描き、斬撃そのものが輪になって飛び散るような光の奔流が広がる。


「《聖光輪斬ホーリーリング》!」


 バァァァン!!


 光の輪が爆ぜ、空洞の空気を押し返す。

 触れた影が焼けるように弾かれ、影触手が一斉に後退した。

 輪が消えたあと、胸部の影がわずかに薄れ、奥の黒い欠片が脈動しているのが見えた。

 レオンはその一瞬を逃さず、跳躍する。


「これで……終わりだ!!」


 聖剣が白く弾ける。

 振り下ろされる瞬間、光が破断波となって走る。


「《聖光破断ホーリーブレイク》!!」


 白い閃光が空洞を満たし――

 影が裂けた。

 白い残光が薄れていく中、レオンはすぐに仲間たちの方へ駆け寄った。


「優斗! 朔弥! 美咲!」


 三人は倒れたまま動かない。

 レオンは膝をつき、一人ずつ肩を揺らし、呼吸を確かめる。


「……大丈夫だ、息はある」


 優斗がうめき声を漏らす。


「……っつ……レオン……?」


 朔弥も薄く目を開ける。


「……みんな、生きてる……よな……?」


 美咲はかすかに頷いた。


「……レオンくん……?」


 レオンは胸を撫で下ろし、三人の無事を確認してから立ち上がった。


 だが――

 その瞬間、胸の奥に微かな違和感が灯る。


(……転送陣が……出ない)


 階層主を倒したのに、本来なら足元に現れるはずの帰還陣がどこにもない。

 レオンの表情がわずかに険しくなる。


(……まだ何か残っているのか……?)


 レオンは仲間たちの前に立ち、静かに、しかし確かな声で告げた。


「……油断するな。まだ……終わっていない可能性がある」


 優斗が顔を上げる。


「え……? まだ敵が……?」

「いやいや……もう勘弁してくれよ……」


 朔弥が周囲を見回し、美咲が不安そうにレオンの背中を見つめる。


「……レオンくん……?」


 レオンは静かに頷いた。


「階層主を倒したのに転送陣が出ない。つまり――まだ何かが残っている可能性が高い」


 その時だった。


 コトン……


 乾いた音が空洞に響いた。

 四人が振り返る。

 影喰いの獣王が消えた場所に、黒い欠片が一つ、転がっていた。

 砕け散ったはずの影核の破片。

 だが、これは――

 脈動していた。


 ドクン……ドクン……


 レオンの警戒が一気に強まる。


(……これが……残っていたのか)


 レオンが一歩近づいた瞬間、欠片の下の地面がわずかに沈んだ。


 ズ……ズズズ……


 黒い欠片が、まるで地中に引き込まれるように沈んでいく。


「……!」


 レオンが手を伸ばすが、欠片は影のように地面へ溶け、跡形もなく消えた。

 空洞の空気が、再びわずかに揺らぐ。

 レオンは沈んだ場所をしばらく見つめ、小さく息を吐いた。


(……これが残りだったのか……だとすれば――)


 次の瞬間


 キィィィィィィィン……


 沈んだ黒い欠片の場所から、淡い光が滲み出した。

 四人が驚きに目を見開く。


 光は地面に沿って広がり、幾何学的な紋様を描き始める。

 まるで見えない筆が地面に線を刻んでいるように、滑らかに、正確に。


 優斗が叫ぶ。


「な、なんだよこれ……!」


 朔弥は完全に困惑している。


「魔法陣……? いや、こんなの知らないぞ……!」


 美咲は息を呑む。


「……レオンくん……?」


 レオンは光の紋様を見つめ、静かに言った。


「……帰還用の転送陣だ。階層主を倒した時に出る出口だ」


 三人が一斉にレオンを見る。


「えっ……?」

「そんな仕組みなの……?」

「初耳なんだけど……!」


 レオンは頷く。


「……ただ、出る場所が……妙だな」


 視線の先には、黒い欠片が沈んだまさにその場所。

 レオンはほんの一瞬だけ眉を寄せたが、すぐに表情を戻した。


「……帰るぞ。ここで考えても仕方ない」


 優斗が大きく息を吐く。


「……助かった……マジで……」


 朔弥が肩をすくめる。


「もう歩いて帰る体力ねぇし……」


 美咲が小さく頷く。


「……帰ろう……」


 四人は転送陣の中心へ歩み寄った。

 光が足元から立ち上がり、身体を包み込む。

 空洞の景色が揺らぎ、影の残滓が遠ざかっていく。


 次の瞬間――

 四人の姿は光に溶け、ダンジョンの最深部から消えた。


 残されたのは、黒い欠片が沈んだ場所に残る、わずかな黒い染みだけ。

 それは影の物語がまだ終わっていないことを静かに告げていた。



 ─帰還後─


 光が弾け、視界が白に染まる。


 次に視界が開けた時、四人はダンジョンの入口――

 地上の空気の中に立っていた。


 夜の風が頬を撫でる。

 湿った土の匂い。

 遠くで虫の声が響く。


 さっきまでの虚界の圧とはまるで違う生きた世界の空気。


 優斗がその場にへたり込んだ。


「……っはぁ……生きてる……マジで……生きて帰ってきた……」


 朔弥も地面に座り込む。


「……足……震えてんだけど……いや、ほんと……死ぬかと思った……」


 美咲は胸に手を当て、涙をこぼしながら空を見上げた。


「……空……ちゃんと……見える……よかった……ほんとに……」


 レオンは三人の様子を確認し、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせた。


 裂孔の入口は静まり返っている。

 影の気配は――ない。


 だが、胸の奥にあの黒い欠片の脈動がまだ残っているような感覚があった。


(……沈んだ欠片。あれは……何だったんだ……)


 転送陣が出るタイミングも妙だった。

 階層主を倒した瞬間ではなく、欠片が沈んだ後。


 偶然かもしれない。

 だが――


(……嫌な予感だけが、消えない)


 レオンは小さく息を吐き、仲間たちの方へ向き直った。


「……帰ろう。今日はもう……休むべきだ」


 優斗が手を挙げる。


「異議なし……! 帰ったら風呂入って、飯食って、寝る……! 腹減ったー」


 朔弥が苦笑しながら立ち上がる。


「俺も……今日はもう魔力ゼロ……明日動ける気がしねぇ……」


 美咲は涙を拭い、レオンに向かって微笑んだ。


「レオンくん……ありがとう。本当に……助けてくれて……」


 レオンは首を横に振る。


「……俺一人じゃ無理だった。みんながいたから、勝てた」


 その言葉に、三人の表情が少しだけ明るくなる。

 夜風が吹き、ダンジョンの入口の草が揺れた。

 四人はゆっくりと歩き出す。

 背後のダンジョンは、まるで何事もなかったかのように静かに口を開けていた。


 だが、レオンは一度だけ振り返る。


(……あの欠片。あれは……まだ終わっていない)


 胸の奥に残る微かなざわめきだけが、静かな夜の中で確かに脈打っていた。

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