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第12話:終焉の影

 優斗は膝をつき、荒い呼吸を繰り返しながら、震える声で呟いた。


「……っは……はぁ……やった……のか……?」


 その声には、張り詰めていた緊張がようやく解けた者だけが持つ生き延びた実感が滲んでいた。


 朔弥はその場にへたり込み、胸を押さえながら弱々しく笑う。

 その笑いは力が抜けていたが、確かな安堵が宿っていた。


「勝った……よな……これ……」


 美咲は涙を浮かべながら、仲間の顔を一人ひとり確かめるように見つめ、震える笑みを浮かべた。


「うん……みんな……無事で……よかった……」


 レオンは静かに聖剣を収め、深く長い息を吐いた。

 その吐息には、戦士としての緊張と、仲間を守れた安堵が混ざっていた。


「……よくやった。四人で勝ち取った勝利だ」


 その声は、冷え切った空洞の空気をわずかに温めるような、柔らかい響きを帯びていた。

 空洞に、ようやく終わりの気配が流れ始める。


 優斗は刀を肩に担ぎ、大きく息を吐いた。


「……よし……帰ろうぜ。もう十分だろ……」


 その言葉は、自分自身に言い聞かせるようでもあった。

 朔弥は笑いながら手を振る。


「マジで死ぬかと思った……でも、これで終わりだよな……?」


 美咲は胸に手を当て、安堵の息をこぼす。


「うん……もう戦わなくていいんだよね……外に戻って……休もう……」


 レオンも聖剣を収め、仲間たちを見渡した。


「……ああ。よくやった。これで――」


 声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。


「――帰れる」


 その一言で、三人の表情が一気に緩んだ。

 張り詰めていた糸が切れ、身体から力が抜けていく。


 優斗は出口へ歩き出す。


「帰ったら風呂入って……なんかうまいもん食おうぜ!」


 朔弥も続く。


「レオンのスープ、また作ってくれよな!」


 美咲は杖を抱え、小さく頷いた。


「うん……帰ろう……みんなで……」


 四人は、本当に終わったと思っていた。

 ――その瞬間までは。


 カラン……と乾いた音が響いた。


 優斗が振り返る。


「……ん? なんか落ちたか?」


 樹鬼の残滓が消えた場所に、黒い欠片が転がっていた。

 光を吸い込むような沈んだ黒――

 まるでまだ終わっていないと告げるようだった。


 朔弥が眉をひそめる。


「さっきの……コアの破片か……?」


 美咲が近づこうとした――

 その瞬間。

 地面が脈打った。


 ドクン……

 ドクン……


 空洞の空気が一変する。

 つい先ほどまでの安堵が、一瞬で凍りついた。

 レオンの表情が鋭く変わる。

 戦士の顔に戻った。


「――全員、下がれ!!」


 だが、もう遅かった。

 黒い欠片が地面に沈み込む。

 次の瞬間――


 ドバァッ!!


 地面の裂け目から、黒い影が噴き出した。


 液体のように溢れ、床を覆い、壁を這い、天井へと伸びていく。

 まるで空洞そのものが影に飲まれていくようだった。


 優斗が叫ぶ。


「なっ……なんだよこれ!! 樹鬼は倒したんじゃねぇのかよ!!」


 朔弥が後ずさる。


「影……じゃねぇ……もっと……ヤバい……!」


 美咲は震える声で呟く。


「レオンくん……これ……どうすれば……」


 レオンは聖剣を抜き、仲間の前に立った。

 その背中は、先ほどの安堵を一瞬で捨て去った勇者のそれだった。


「……来るぞ! 何かが!!」


 影が一点に集まり、巨大な四足獣の形を成していく。


 赤い双眸が四つ、ゆっくりと開かれた。

 それは、影喰いの獣王(シャドウデヴォウラー)

 辺りの空気が、一瞬で死の匂いに変わる。


 その獣が咆哮した瞬間、空間全体が軋むように震えた。


 グオオオオオオオオッ!!


 虚界の圧が四人を襲い、優斗は耳を押さえて膝をつく。


「ぐっ……なんだよ……これ……!」


 朔弥も胸を押さえ、呼吸が乱れた。


「魔力が……暴れて……っ!」


 美咲は光を展開しようとするが、虚界の圧に魔力がかき消され、杖が震える。


「だめ……力が……抜けて……!」


 美咲の光が揺らぎ、魔力の膜が崩れかけたその時――

 周囲の空気が一気に張り詰めた。


 影喰いの獣王の背中にある触手が高速で襲いかかってきた。。


 バシュルッ!! ドガァァァァンッ!!


 触手がしなり、まるで巨大な鞭が叩きつけられたような重い衝撃が三人を襲った。


「うっ……!」

「ぐあっ……!」

「きゃっ……!」


 優斗は刀ごと身体を弾き飛ばされ、朔弥は影に薙ぎ払われて地面を滑り、美咲の光は触れた瞬間に呑まれて霧散した。

 三人の身体は壁へ叩きつけられ、石壁が鈍く震える。

 そのまま床へ崩れ落ち、立ち上がれなかった。


「優斗!! 朔弥!! 美咲!!」


 レオンは叫びながら振り返る。

 しかし三人は反応がない。


 影喰いの獣王が、ゆっくりとレオンへ向き直る。

 赤い四つの眼が次の獲物を見定めるように光った。


 レオンは一歩、前に出る。

 倒れた仲間たちを背に、レオンは聖剣を握り直す。


「……ここから先は……通さない」


 低く、しかし揺るぎない声だった。


 覚悟。

 闘志。

 勇者としての本能が、この瞬間に燃え上がる。


「俺が……止める」


 影喰いの獣王が咆哮し、レオンが前へ踏み込む。


 ――勇者レオン、ただ一人での戦いが始まった。

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