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第17話:決意の夜

 レオンの言葉が途切れた瞬間、雫の小さな肩がびくりと震えた。


 優斗と朔弥は固まったように動きを止め、美咲は雫を抱き寄せながら、胸の奥に冷たいものが落ちていくのを感じていた。


 雫の震えは、レオンの報せがどれほど重いものだったかを物語っていた。

 レオンは三人の反応を確かめ、静かに続きを語り始める。


「……朝、お前たちと別れた後、狭山湖の周辺を調べていた」


 淡々とした声の奥に、戦士としての鋭さが宿っていた。


「昨日から影の魔物が出ていたからな。念のため、魔力の流れを確認しておきたかった」


 優斗が小さく頷く。


「やっぱり、昨日のあれ気になってたんだな」


 レオンは続けた。


「最初は弱い影が数体……だが、湧き方が不自然だった。同じ方向からばかり現れ、倒してもすぐに新手が来る」


 朔弥が眉をひそめる。


「……湧き元があるってこと?」


「ああ。自然発生ではありえない」


 レオンは静かに頷いた。


「魔力の濁りが線のように続いていた。それを辿っていくと……空気の密度が変わった」


 美咲が息を呑む。


「密度……?」


「魔力が一点に集まり、渦を巻いている状態だ。ダンジョンが生まれる前兆によく似ている」


 雫が不安そうに美咲の袖をぎゅっと握る。

 美咲は妹の頭をそっと撫で、落ち着かせた。


 レオンの表情がわずかに引き締まる。


「そして……森の奥で見つけた。内部から黒い霧が漏れ出す洞窟のような裂け目を」


 優斗が思わず身を乗り出す。


「マジかよ……本当にダンジョンが……」


「ああ。間違いない。まだ初期段階で、深さは五層ほどだろう」


 朔弥が息を呑む。


「五層……初級ダンジョンってことか」


「そうだ。危険度は高くない。だが、実戦経験を積むには十分だ」


 レオンは三人を見つめる。


「――お前たちの訓練に、ちょうどいい」


 その言葉に、三人の表情が一気に引き締まった。


 雫だけが、姉の袖を握りながら不安そうに見上げている。

 美咲は妹を抱き寄せながら、それでも真剣な目でレオンを見つめた。


 雫の震えは、レオンの説明が終わるにつれてさらに強くなっていた。


「……雫?」


 美咲が声をかけると、雫は唇を噛みしめて姉を見上げた。


「……お姉ちゃん、また危ないところ行くの……?」


 その小さな声には、確かな不安が滲んでいた。


 美咲は一瞬だけ言葉に詰まった。

 雫の前では、いつも普通のお姉ちゃんでいたい。

 でも――

 もう隠せる段階ではない。


 美咲は雫の肩を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。


「……うん。行くよ」


 雫の肩がびくりと震える。


「でもね、雫。怖いところに行くんじゃないよ、守るために行くの」


 美咲の声は柔らかいのに、その奥には強い芯があった。


「……でも、お姉ちゃんがいなくなったら……やだ……」


 美咲は雫の頬に手を添え、まっすぐ目を合わせた。


「大丈夫。絶対に帰ってくるよ。だって――」


 美咲は少し照れたように笑い、雫の額にそっと指を当てた。


「雫のお姉ちゃんだもん」


 雫の瞳が揺れ、ぽろりと涙がこぼれた。


「……約束、して」


「うん。約束する」


 美咲は雫を抱きしめた。

 雫も小さな腕で必死に抱き返す。


 その光景を、レオンは静かに見守っていた。


「……美咲は強いな」


 美咲は雫を抱いたまま、少しだけ照れたように笑った。


「強くならなきゃいけないの。雫の前では、特にね」


 雫は涙を拭いながら、姉の胸に顔を埋めた。


「……お姉ちゃん、がんばってね」


「うん。ありがとう、雫」


 朔弥も優斗も、そのやり取りに胸が熱くなるのを感じていた。


 家庭の温度と、これから向かう非日常の緊張が交差する――

 そんな静かな、でも確かな決意の瞬間だった。


 雫が落ち着きを取り戻すと、レオンは静かに姿勢を正した。


「……では、明日の行動について話すぞ」


 その声が、場の空気を再び引き締める。

 三人は自然と背筋を伸ばした。


「ダンジョンは初級だ。だが、油断すれば怪我をする。だから――」


 レオンは指を一本立てた。


「明日はまず俺が先頭だ。お前たちは後ろからついてこい」


 優斗が頷く。


「まあ、そりゃそうだよな。いきなり先頭は無理だし」


「うん……私たち、まだ実戦経験ほとんどないし」


 美咲も同意する。

 朔弥は真剣な表情でレオンを見る。


「俺たちは……何をすればいい?」


「まずは見ることだ。魔物の動き、俺の動き、魔力の流れ……全部、目に焼き付けろ」


 三人は同時に頷いた。


「次に、役割を決める」


 優斗が首を傾げる。


「役割?」


「ああ。優斗は前衛寄り。朔弥は中衛で攻撃とサポート。美咲は後衛で回復と支援だ」


 三人はそれぞれ自分の立ち位置を確認するように頷く。


「……やっぱり私は後ろなんだね」


 美咲が少しだけ寂しそうに言う。


 レオンは首を横に振った。


「後衛は弱いから後ろではない。守るべきものを守るための後ろだ。美咲、お前の力は仲間を生かす力だ」


 美咲は驚いたように目を瞬かせ、そして小さく微笑んだ。


「……うん。わかった」


 雫がその横で、姉の手をぎゅっと握る。


「明日は朝九時に出発する。ダンジョンの入口までは歩いて三十分ほどだ」


「三十分……近いな」


 朔弥が呟く。


「だからこそ、早めに対処する必要がある。放置すれば、魔物が街に溢れる可能性もある」


 優斗が真剣な表情になる。


「……そうなる前に、俺たちが動くってことか」


「ああ。だが、明日は攻略ではなく調査と経験だ。無理はしない」


 三人はしっかりと頷いた。


 その時、雫が小さな声で言った。


「……みんな、気をつけてね」


 その言葉は、緊張していた空気を少しだけ柔らかくした。

 優斗が笑う。


「任せろ。俺ら、帰ってくるから」


 朔弥も微笑む。


「うん。絶対に」


 美咲は雫の頭を撫でながら言った。


「大丈夫。レオンくんも一緒だから」


 レオンは静かに頷いた。


「必ず守る。……お前たちも、そしてこの街も」


 その言葉に、三人の表情が決意に変わった。


 台所から「そろそろご飯できるわよー」という母の声が聞こえ、

 張り詰めていた空気がふっと緩む。

 優斗が肩を回しながら言う。


「よし、腹ごしらえして明日に備えるか」


「うん。いっぱい食べて、ちゃんと寝よ」


 美咲が笑う。

 朔弥も頷いた。


「明日、頑張ろう」


 レオンは静かに立ち上がり、鎧の金属音が小さく響いた。


「……ああ。明日は大事な一日になる」


 四人の視線が交わり、その中心に小さな雫の不安と、それを包む姉の強さがあった。


 こうして、明日の初めてのダンジョンに向けた準備が整った。

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