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―幕間―  風間視点:背中の正体

 ―車中・防衛省へ向かう途中―


 黒塗りの公用車が校門を離れ、ゆっくりと住宅街へ滑り出した。

 午後の陽光がフロントガラスを淡く照らす。

 だが、車内の空気は静かで重い。


 風間防衛大臣は背もたれに身を預け、しばらく目を閉じていた。


(……子どもたち、か)


 朔弥、優斗、美咲。

 三人の顔が脳裏に浮かぶ。


 怯え、迷い、罪悪感。

 それでも逃げずに向き合おうとする目。


(あの年齢で、あれだけのものを見た……)


 普通なら心が折れてもおかしくない。

 だが三人は壊れていなかった。

 むしろ――

 何かを抱えている目をしていた。


 風間はゆっくりと目を開け、膝の上で組んだ手を見つめる。


(……隠しているな。だが責める気にはなれん)


 子どもが秘密を抱えるのは珍しくない。

 だが今回の秘密は、国家の安全保障に直結する。


 それでも――

 風間は三人を追い詰めようとは思わなかった。


(あれは……守るべき子どもたちの目だ)


 車内に静かな振動だけが響く。

 隣でタブレットを操作していた秘書が、控えめに声をかけた。


「大臣……先ほどの三名、どう判断されますか?」


 風間はすぐには答えず、流れていく街並みをしばらく眺めた。

 やがて、低く呟く。


「……危険ではない。むしろ――危険に晒されている側だ」


 秘書が小さく頷く。

 風間は続けた。


「問題は……もう一人だ」


 タブレットに映る、少年の後ろ姿。

 顔も名前も分からない。

 だが――

 あの一瞬の動きだけで分かる。


(素人ではない。あれは……戦い慣れている)


 影に向かって迷いなく飛び込む姿。

 あれは訓練では身につかない、本物の動き。


(あの踏み込み……あの間合いの詰め方……)


 風間の眉がわずかに動く。


(自衛隊の特殊部隊でも、あれほど自然に動ける者は多くない)


 少年の体格は中・高生程度。

 だが、その動きは経験者のそれだった。


(……年齢に見合わない。だが、嘘ではない動きだ)


 秘書が小さく問いかける。


「大臣、彼は……危険でしょうか?」


 風間は首を横に振った。


「危険かどうかは分からん。だが――」


 タブレットの映像を見つめる。


(あの少年がいなければ、被害は甚大だった)


 それだけは確信できた。


「……少なくとも、昨夜は味方として動いていた」


 秘書が息を呑む。

 風間は続ける。


「だが、問題はそこではないなぜあの少年だけが、あの影に対抗できたのかだ」


 影の動きは異常だった。

 人間の反応速度ではない。

 それに対し、少年は――


(恐怖がなかった。いや……恐怖より先に身体が動いていた)


 それは訓練ではなく、経験だ。


(あの少年……何者だ?)


 味方か、敵か。

 それすら判断できない。


 だが――

 風間の胸に浮かんだのは恐怖ではなかった。


(……あの背中は、誰かを守る者の背中だ)


 それは、戦場で何度も見てきた覚悟の背中だった。


 車が大通りに出る。

 霞ヶ関まで、あと十五分。


 風間は目を閉じ、静かに思考を巡らせた。


(未知は恐ろしい。だが……未知を恐れて子どもを追い詰めるのは、本末転倒だ)


 三人の震える肩。

 校長の必死の訴え。

 そして――

 少年の背中。


 すべてが、風間の中でひとつの結論に収束していく。


(……守る。どんな形であれ)


 それが国家の責任であり、大人としての務めでもある。

 風間はゆっくりと目を開けた。


「……急ごう。省内での対応を詰める必要がある」


 秘書が「はい」と短く返す。


 車は速度を上げ、防衛省のある霞ヶ関へ向かっていった。

 その胸の奥には、静かだが確かな決意が灯っていた。

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