第14話:映像に映った影と、選ぶべき道
「……さて」
風間大臣は資料を閉じ、秘書が差し出したタブレットを受け取った。
画面には、昨夜の現場映像の一部。
炎の揺らめき、黒い影、逃げ惑う人々――
そして、その中に。
「君たちの話には、ひとつ……抜けている点がある」
三人の心臓が同時に跳ねた。
風間はタブレットを軽く指で叩く。
「映像には、君たち以外にもう一人映っている」
朔弥の喉がひゅっと鳴る。
優斗は拳を握り、美咲は息を止めた。
画面には、黒い影に向かって飛び込む少年の後ろ姿。
顔は映っていない。
だが――
三人には分かる。
レオンだ。
風間は静かに言った。
「彼は……誰だ?」
校長が驚いたように三人を見る。
三人は視線を合わせられない。
沈黙が落ちる。
その沈黙すら、風間は否定しなかった。
「言いたくないなら、それでもいい」
意外なほど柔らかい声だった。
「だが――彼が君たちを助けたのは事実だ。そして、彼の存在は国家として無視できない。」
三人の胸が締めつけられる。
風間は続ける。
「私は、彼を敵だとは思っていない。むしろ……彼がいなければ、昨夜はもっと多くの死者が出ていた」
その言葉に、三人の肩がわずかに揺れた。
「だからこそ、知りたい。彼は――味方なのか?」
朔弥は唇を噛む。
優斗は視線を落とし、美咲は震える手を握りしめた。
レオンの正体を言うわけにはいかない。
だが、嘘もつけない。
その葛藤が、三人の胸を締めつける。
風間は、そんな三人の様子を静かに見つめていた。
「……答えられないか」
責める色はない。
ただ、現実を受け止める声だった。
「ならば、こちらで調べる。だが――彼を危険人物として扱うつもりはない。君たちが怯える必要もない」
三人は、ほんの少しだけ息を吐いた。
風間はタブレットを秘書へ返し、三人の前に両手を組んで置いた。
「……さて」
声は低く、しかし先ほどより柔らかかった。
「君たちにひとつの提案がある」
三人は息を呑む。
校長もわずかに身を乗り出した。
風間は続ける。
「昨夜の件は、すでに政府内で共有されている。だが、まだ公にはしていない。混乱を避けるためだ」
その言葉に、三人の胸がざわつく。
「そこで――君たちを保護対象として扱いたい」
美咲が小さく肩を震わせる。
優斗は眉をひそめ、朔弥は息を止めた。
風間は、彼らの反応を静かに受け止めながら続ける。
「誤解しないでほしい。これは、君たちを隔離したり監視したりするためではない」
秘書がタブレットを操作し保護プログラムの概要を表示する。
「再び危険に巻き込まれないよう、避難場所を確保する。連絡が取れなくなる事態を防ぐための端末も渡す。そして――」
風間は三人をまっすぐ見た。
「君たちが望むなら、昨夜のような事態に備える訓練を受けることもできる」
三人の表情が揺れる。
訓練――
それはレオンの修行とは違う。
国家が用意する正規の対策。
「もちろん、強制はしない。君たちはまだ中学生だ。学校生活を優先していい」
校長がほっと息を吐く。
だが風間は、そこで声を低くした。
「ただし――昨夜のような存在が、再び現れない保証はない」
三人の胸が締めつけられる。
「君たちが望むなら、我々は守る側として全力を尽くす。だが……君たち自身にも、選んでほしい」
朔弥は唇を噛む。
優斗は拳を握り、美咲は不安そうに俯いた。
風間は最後に静かに言った。
「これは国のためではない。君たちの命を守るための提案だ」
校長室に、重く、しかしどこか温かい沈黙が落ちた。
風間の提案が終わると、校長室には静かな緊張が満ちた。
三人は互いに視線を合わせられないまま、それぞれ胸の奥で別の理由を抱えていた。
レオンの修行の方が、国の訓練よりずっと実戦的で、ずっと強くなれる。
だが――
それを言うわけにはいかない。
「……あの、俺……」
声は震えていた。
それは嘘をつく緊張ではなく本音を隠す苦しさだった。
「訓練は……ちょっと、無理だと思います。昨日のことも、まだ怖くて……」
風間は責めない。
ただ静かに聞いている。
「それに……学校のこともあるし……俺、そんなに強くないから……」
本当はレオンの修行ならついていける、もっと強くなれる、そう思っている。
だが、それは胸の奥にしまった。
優斗は深く息を吸い、大臣をまっすぐ見た。
「……俺も、訓練は受けません」
風間の眉がわずかに動く。
「理由は……現実的な話です。俺たちが国の訓練を受けたら、周りの目も変わるし、学校生活も普通じゃなくなる」
それは表向きの理由。
だが、嘘ではない。
「今は……普通の生活を続けたいです。それが一番、落ち着いて考えられると思うので」
本当はレオンの修行の方が効率がいい、国の訓練では追いつけない、そう理解している。
だが、それは言わない。
美咲は膝の上で手を握りしめ、小さく震える声で言った。
「……私も、訓練は……できません」
風間は優しく頷く。
「昨日のこと、まだ怖くて……知らない人たちの中で訓練するのは……ちょっと……」
それは本音でもあり、レオンのそばの方が安心できる、という気持ちでもあった。
「でも……守ってくれるって言ってくれたのは……すごく、嬉しいです」
美咲の言葉は、風間の誠実さに触れた感謝だった。
三人の返答を聞き終えると、風間大臣はしばらく黙っていた。
怒りでも失望でもない。
ただ、言葉を慎重に選ぶ沈黙。
やがて、大臣は静かに口を開いた。
「……正直に言おう」
その声は、政治家のものではなく現場を知る大人の声だった。
「私は、昨夜の出来事が……怖い」
三人は息を呑む。
校長も目を伏せた。
「黒い影の正体も、君たちの身に起きた現象も、そして――」
大臣はタブレットを受け取り、少年の後ろ姿を見つめた。
「このもう一人の少年の存在もだ」
三人の胸が跳ねる。
「彼が誰なのか、どうやって影と戦ったのか、なぜ君たちを助けたのか……」
風間は首を振った。
「何ひとつ、国家として説明がつかない」
秘書も静かに視線を落とす。
「未知は恐ろしい。それが人の命を奪う力を持っているなら、なおさらだ」
風間は三人をまっすぐ見た。
「だが……もっと恐ろしいのは、君たちがまた危険に巻き込まれることだ」
その言葉には、政治家の計算ではなく子どもを守りたい大人の本気が宿っていた。
「私は、君たちを利用するつもりはない。兵器にするつもりもない。ただ――守りたいんだ」
朔弥の胸が熱くなる。
優斗は視線をそらし、美咲は唇を噛んだ。
風間は少しだけ言葉を選ぶように息を整えた。
「……ただし、これは大臣としての本音でもある。君たちの力は、我が国にとって重要だ。 だからこそ、軽々しく扱うわけにはいかない」
三人は顔を上げる。
「訓練を受けないという選択も理解できる。だが……その代わりに、ひとつだけ約束してほしい」
風間は静かに続けた。
「危険を感じたら、必ず連絡すること。どんな些細なことでもいい。私は――君たちを失いたくない」
そして、ほんの一瞬だけ視線を伏せた後、再び三人を見つめる。
「……そして、これはもしもの話だが―― これから先、もしかしたら協力をお願いすることになるかもしれない。その時は、君たちの意思を最優先にする。強制はしない」
その言葉は、国家の防衛大臣ではなく、子どもたちの命を守ろうとする大人の声だった。
校長は静かに目を伏せ、三人は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
風間大臣は立ち上がり、スーツの裾を軽く整えた。
「……今日は、ありがとう。君たちの言葉は、必ず役に立つ」
秘書が静かに会釈し、タブレットを抱えたままドアへ向かう。
風間は最後に三人へ向き直り、ひとりずつ目を合わせた。
「無茶なことは絶対しないように」
その言葉は、三人の胸に深く沈んだ。
朔弥は息を呑み、優斗は視線をそらし、美咲は小さく頷いた。
風間は微笑み、校長に軽く頭を下げた。
「先生、彼らを頼みます」
「もちろんです」
校長の声は、いつになく強かった。
大臣と秘書が校長室を出ていく。
扉が静かに閉まると――
校長室には、さっきまでとは違う静けさが落ちた。
重く、しかしどこか温かい静けさ。
三人はしばらく言葉を失ったまま、それぞれ胸の奥に残る余韻を抱えていた。
大臣の言葉。
校長の覚悟。
そして――
自分たちが選んだ普通でいる道。
だが同時に、胸の奥でひっそりと疼くものがあった。
(……レオンに、話さなきゃ)
(昨日のことも、今日のことも)
(そして――これからのことも)
三人の視線が自然と重なる。
その目には、恐怖と不安と、そしてほんの少しの覚悟が宿っていた。
校長が静かに言う。
「……今日は、よく頑張りました。もう教室に戻らなくていいわ。少し休みなさい」
三人は小さく頷き、立ち上がる。
校長室のドアを開けた瞬間――
外の空気が、やけに冷たく感じた。
まるで日常と非日常の境界線をまたいだように。
三人は歩き出す。
これから何が起きるのか、
まだ誰も知らない。
ただひとつだけ確かなのは――
昨日の夜から、もう元の世界には戻れない。
その事実だけが、静かに三人の背中にのしかかっていた。




