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第12話:国家が動く日

 ―防衛省・危機対策本部―


(※時は少し前)

 薄暗い会議室には、プロジェクターの光だけが淡く揺れていた。

 壁に映し出されているのは、昨夜の狭山市駅前の映像。


 影の怪物。

 光の爆発。

 そして――

 4つの小さな人影。


 無音で再生されるその映像は、現実味が薄いはずなのに、なぜか逃れられない事実として胸に迫ってくる。


 風間防衛大臣は腕を組み、スクリーンをじっと見つめていた。

 その眼差しは鋭いが、冷たさではない。

 状況を見極めようとする、長年の経験に裏打ちされた判断の光だった。


「……中学生、か」


 低く漏れた声は、驚きというより確認に近い響きを持っていた。

 周囲の職員たちは緊張した面持ちで立ち並び、一人が控えめに口を開く。


「……照合の結果、ほぼ間違いありません。狭山市内の中学生と思われます」


 風間は返事をしない。

 映像を巻き戻し、光が弾ける瞬間を何度も確認する。


 その横顔には信じがたいものを見ているという色はない。

 ただ、淡々と事実を受け止め、次の手を考えているだけだった。


「……訓練された動きではないな」


「はい。素人です。ですが、あの怪物を相手に……」


「勝っている」


 風間の声は静かだった。

 だが、その一言が会議室の空気を震わせた。


 部下が息を呑む。


「現場に残された生体反応は、国内のどの生物にも一致しません。未知の……」


「魔物、だろう」


 風間は短く言い切った。


 その瞬間、部屋の空気がわずかに凍りつく。


 誰もが心のどこかで思っていた言葉。

 だが、口に出すことを恐れていた言葉。

 それを大臣自らが断言した。


 風間はスクリーンに映る4人の影を見つめたまま、静かに言葉を続けた。


「――まず確認すべきは、彼らが危険かどうかではない」


 部下が戸惑いの表情を浮かべる。


「……では、何を?」


 風間は迷いなく答えた。


「守るべき子どもたちかどうか、だ」


 その言葉は、会議室の空気を一変させた。


 ただの異常事態ではない。

 ただの脅威でもない。


 ――これは、子どもたちの問題だ。


 風間は資料を閉じ、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


「敵対するつもりはない。ただ……放置もできん」


 部下が慌てて尋ねる。


「大臣、どうされますか?」


 風間はスーツの襟を整え、迷いなく言った。


「――私が行く。狭山市立・上所中学校へ」


 その瞬間、部下たちが一斉に動き出す。

 電話が鳴り、資料が運ばれ、会議室は一気に緊迫した空気に包まれた。


 風間は最後にもう一度、スクリーンの4人を見た。


 小さな影。

 しかし、その背後にある何かは計り知れない。


「……君たちが何者であれ、話をしよう。国を守るために――そして、君たち自身を守るために」


 静かな決意が、会議室の空気を震わせた。



   ―校長室―

(※時は現在)


 校長室の扉の前に立つと、三人は同時に息を呑んだ。


 廊下の空気が、いつもより冷たく感じる。

 まるで、ここから先が日常の外側であると告げているようだった。


 朔弥は喉を鳴らし、優斗は拳を握り、美咲は胸の前で指を絡めている。


「……入るぞ」


 優斗が小さく言い、朔弥がノックした。


「失礼します……」


 扉を開けると、窓から差し込む柔らかな光の中で、校長が静かに座っていた。


 白髪が増えた頭を軽く下げ、三人を見る目は厳しさよりも心配が勝っている。

 机の端には、古びたマグカップと、読みかけの職員会議の資料が積まれていた。


「……来てくれてありがとう。座りなさい」


 声は落ち着いているが、その奥にわずかな震えがあった。


 三人が椅子に座ると、校長はしばらく手を組んだまま黙っていた。

 言葉を選んでいる――

 そんな沈黙だった。


 やがて、ゆっくりと口を開く。


「昨日の……あの映像ですが」


 校長は視線を落とし、机の上のタブレットに触れた。

 画面には、ニュースのサムネイルが残っている。


「……あれに映っていた4人のうち、3人は……君たちよね?」


 朔弥の喉が鳴る。

 優斗は視線をそらし、美咲は小さく肩を震わせた。


 校長は深く息を吐いた。


「……無事で帰ってきてくれて、本当に良かった」


 その一言に、三人の胸が少しだけ緩んだ。


 校長は続ける。


「私はね……君たちが何を背負っているのか、全部を知っているわけじゃない。だけど――」


 言葉を区切り、三人をまっすぐ見た。


「――守りたいと思っている。それだけは、分かってほしい」


 その目は、長年生徒を見守ってきた人間の目だった。

 だが、次の言葉は重かった。


「……先ほど、防衛省から連絡がありました。風間防衛大臣が、こちらに向かっているそうです」


 三人の表情が凍りつく。

 胸の奥が一気に冷え、呼吸が浅くなる。

 朔弥は思わずつぶやいた。


「……大臣って……国の……?」


 自分で言いながら、現実味のなさに足がすくむ。

 優斗は眉をひそめ、スマホを握る手に力が入った。


「マジかよ……」


 美咲は制服の袖をぎゅっと握りしめ、視線が揺れる。


「ど、どうしよう……」


 三人の間に、言葉にできない不安だけが静かに広がっていった。

 校長は机の上の書類をそっと押しのけ、震えを悟られないように両手を組み直す。


「私は……できる限りのことをするつもりです。君たちを守るために」


 その言葉は、説明ではなく覚悟だった。

 その時、廊下から重い革靴の足音が近づいてきた。


 コツ、コツ、コツ――


 規則正しく、しかしどこか圧を伴う足音。

 まるで、その音だけで空気が張り詰めていくようだった。


 校長室の前で止まる。

 ノックの音。


「失礼する」


 扉が開いた。


 そこに立っていたのは――

 風間防衛大臣。


 スーツの襟を整え、鋭い眼光で三人を見つめる。

 ただ、その目に宿っていたのは敵意ではなく状況を正しく見極めようとする意志だった。


「君たちが……昨夜の謎の四人組だな」


 三人の喉が同時に鳴った。

 逃げ場のない現実が、静かに目の前に立っている。

 校長は立ち上がり、深く頭を下げた。


「風間大臣。お待ちしておりました」


 風間は一歩、部屋に入ると、その場の空気を確かめるように視線を巡らせ、静かに三人へ向き直った。


「まずは……君たちの話を聞かせてくれ。昨夜、何があったのかを」


 その声は低く落ち着いていたが、そこには子どもを守る覚悟と国家としての責任が同時に宿っていた。


 三人の運命が、静かに動き始めた。

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