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第9話:勇者、見守る

 夕暮れの狭山市駅前。

 シャドーゴーレムの巨体が、街の影をさらに濃く染めていた。


 アスファルトに伸びる影は、まるで生き物のように揺れ、夕陽の赤と魔物の黒が混ざり合って、不気味な色を作り出している。


 レオンはその巨影を見据え、静かに息を吐いた。

 胸の奥で、勇者としての戦闘の勘が静かに目を覚ます。


(……中位から上位の影属性ゴーレム。動きは鈍いが、耐久と破壊力は高い。だが――問題ない)


 背後では三人が息を呑む気配がした。

 その緊張は、背中越しでも伝わってくるほど強い。


 無理もない。

 このゴーレムは、普通の冒険者パーティなら壊滅する。

 影属性の魔力が濃く、存在そのものが圧を放っていた。


 だが――レオンは迷わなかった。


「シャドーゴーレムは俺がやる――お前たちは、シャドーリザードを倒せ」


 その言葉を口にした瞬間、三人の心臓が跳ねる音が聞こえるようだった。

 朔弥が小さく肩を震わせ、美咲が不安に眉を寄せ、優斗が唾を飲み込む。


 三人の視線がレオンの背中に集まる。

 その視線には、恐怖と不安と、そして――

 信じたいという想いが混ざっていた。


 レオンはゆっくりと振り返り、三人の顔を一人ずつ見た。


 その瞳は揺らがない。

 迷いも、焦りも、恐怖もない。

 ただ、静かな自信だけが宿っていた。


「大丈夫だ。お前たちなら、できる。」


 その言葉は、ただの励ましではなかった。

 軽い気休めでも、勇気づけでもない。


 ――本気の信頼だった。


 三人の胸に、じんわりと熱が灯る。

 その熱は恐怖を押し返し、心の奥に小さな炎を生み出す。


 三人が頷いた瞬間、レオンはゴーレムへ向き直った。

 夕陽がレオンの背中を照らし、その影が長く伸びる。

 その姿は、勇者という言葉そのものだった。


 シャドーゴーレムが咆哮し、影の拳を振り上げる。

 その拳は、アスファルトを粉砕し、建物の壁を容易く砕くほどの質量と魔力を帯びていた。


 普通の冒険者なら、

 その一撃を見た瞬間に死を覚悟する。


 だが――レオンは微動だにしなかった。

 まるで巨大な影の拳など風が吹いた程度にしか感じていないように。


「《英雄心臓ブレイブハート》」


 心臓が脈打つ。

 その一拍ごとに光が血管を駆け巡り、レオンの身体能力が一段階――

 いや、二段階跳ね上がる。


 周囲の空気が震え、世界が一瞬、静止したように感じる。


 レオンは剣を構え、ただ一歩、踏み込む。

 その一歩は、歩くというより瞬間移動に近かった。

 地面が砕け、空気が裂け、光が尾を引く。


「《光迅裂閃ライトニングラッシュ》」


 ズバァッーー!!


 光が走った。

 次の瞬間――

 シャドーゴーレムの巨体が、音もなく真っ二つに裂けていた。


 斬撃の軌跡すら見えない。

 ただ、結果だけが残る。


 影の巨体が崩れ落ち、黒い霧となって消えていく。

 レオンは振り返りもせず、剣を軽く払って霧を落とす。


(……終わりだ)


 その表情には、勝利の喜びも、誇りも、興奮もない。

 あるのはただ――

 当然の結果を確認しただけの静けさ。


 レオンは剣を納め、ゆっくりと振り返る。

 ――そこからが、本当の戦いだった。


 三人が対峙するシャドーリザードは、尾を揺らしながら嘲笑うように睨みつけていた。


 その赤い双眸には、格下を嬲る捕食者の余裕があった。

 レオンは距離を取り、ただ見守ることを選んだ。

 剣を握る手をゆっくりと開き、深く息を吐く。


(……ここから先は、俺が手を出す戦いじゃない。これは――あいつらの戦いだ)


 優斗が踏み込み、美咲が光を送り、朔弥が雷を放つ。

 その連携は、レオンが教えたパーティ戦の基礎そのものだった。


(……いい動きだ。優斗の踏み込みが鋭くなっている。美咲の魔力制御も安定してきた。朔弥の詠唱速度も上がっている)


 だが――

 シャドーリザードは強い。


 優斗が吹き飛ばされ、美咲が泣きそうになり、朔弥が尾で弾き飛ばされる。

 その瞬間、レオンの心臓が跳ねた。


(……くっ……! 助けに入るべきか……)


 足が前に出そうになる。

 喉が熱くなる。

 胸の奥がざわつく。

 ――だが。


「……美咲……落ち着け……!」


 優斗の声が響いた。

 その声は、恐怖に飲まれかけた美咲の心を引き戻すように、強く、まっすぐだった。

 美咲が涙を拭い、朔弥を治癒し、三人が再び立ち上がる。


 レオンは拳を握りしめた。


(……そうだ。立て。何度でも立ち上がれ)


 胸の奥が熱くなる。

 それは焦りではなく――

 誇りだった。


 炎壁が立ち上がり、優斗の一閃が走り、美咲の光が仲間を守る。

 三人の動きが、確かにパーティとして噛み合い始めていた。


(……強くなったな)


 レオンの胸に、静かで確かな熱が灯る。


 朔弥の魔力が暴れ始めた瞬間、レオンの表情が変わった。

 空気が震え、魔力の流れが乱れ、朔弥の周囲だけ別の世界のように歪む。


(……まずい……! 魔力暴走……!?)


 レオンの足が反射的に前へ出た。

 だが――

 その瞬間、朔弥の目が変わった。


 恐怖でも混乱でもない。

 仲間を守るために魔力を受け止める覚悟の光。


(……信じる……! あいつは――もう、子どもじゃない)


 レオンは足を止めた。


「――《爆裂エクスプロージョン》ッ!!」


 世界が光に飲まれた。

 爆風が吹き荒れ、炎が渦を巻き、地面が揺れる。

 レオンは腕で顔を覆いながら、その光景を見つめた。


(……すごいな……)


 驚愕でも恐怖でもない。

 純粋な感嘆だった。


 朔弥の魔力は暴走ではなく――

 覚醒に近い。


 火属性の魔力が極限まで圧縮され、一気に解放された結果の爆裂。

 本来なら中級魔法使いが扱える代物ではない。


(……あれを撃てるのか。朔弥……お前……)


 爆風が収まり、炎が消えた時――

 シャドーリザードは跡形もなく消えていた。


 三人はアスファルトに転がり、砂埃と熱風にまみれながら、それでも笑いながら空を見上げていた。


「……勝った……?」

「……勝った……よね……?」

「……爆発しすぎ……!!」


 その声は、恐怖を乗り越えた者だけが出せる本物の笑いだった。

 レオンも思わず笑ってしまった。


(……ああ。よくやった)


 胸の奥が温かく満たされていく。

 それは勇者としての誇りではなく――

 仲間を見守る者としての、深い安堵と喜びだった。


(……強くなったな。本当に……強くなった)


 レオンはゆっくりと三人へ歩き出す。


 三人はまだ地面に寝転んだまま、夕暮れの空を見上げていた。

 その横に、レオンの影が落ちる。


「……お前たち、よくやった」


 優斗が顔を上げる。


「レオン……見てたのか」


「全部な」


 美咲が照れくさそうに笑い、朔弥はまだ息を整えながらも、どこか誇らしげだった。


「……俺、ちょっとやりすぎたかも」


「ちょっとじゃないよ!」


 美咲が笑いながら突っ込む。


「でも……ありがとう。朔弥くんのおかげで助かったよ」


 朔弥は耳まで赤くなった。


 優斗も笑う。


「まあ……結果オーライだな」


 レオンは三人を見渡し、静かに頷いた。


(……この子たちは、必ず強くなる。俺がいなくても――きっと)


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


「よし。帰るぞ」


 レオンがそう言うと、三人はゆっくりと立ち上がった。


 身体は痛む。

 疲労も限界。

 でも――

 足取りは軽かった。


 夕暮れの狭山市駅前を、四人が並んで歩く。

 戦いの焦げた匂いがまだ残っているのに、風はどこか心地よかった。


「今日の夕飯、何にしようか」


 美咲がぽつりと言う。


「肉だろ、肉!」


 朔弥が即答する。


「いや、俺は甘いものが……」


 優斗が言いかけると、


「甘いものは後だ」


 レオンが即座に切り捨てた。


 三人が笑う。


 その笑い声は、戦いの緊張を溶かし、夕暮れの街に優しく響いた。

 四人の影が並んで伸びる。


 その影は、まるでパーティという言葉そのものだった。


 こうして――

 四人は家路へと歩き出した。

 戦いを終え、恐怖を超え、少しだけ強くなった仲間たちとともに。

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