第15話:魔王、異界で目覚める
―魔王視点:異界での目覚め―
時は少し前――
レオンが魔王を追い詰め、世界が揺らいだあの瞬間へと遡る。
深い闇。
底の見えない虚無の中で、魔王はゆっくりと意識を取り戻した。
「……ここは……どこだ……?」
視界に映ったのは、コンクリートの壁、錆びた鉄骨、湿った空気が漂う地下空間。
アルティリアの魔力に満ちた大地とは、あまりにも違いすぎた。
「……アルティリアではない……魔力の流れが……薄すぎる……ここは……異界か……?」
立ち上がろうとした瞬間、膝が崩れ落ちる。
「……ぐっ……転移の反動が……これほどとは……!」
胸に手を当てる。
魔力核は確かに存在する。
だが――
中身はほとんど空だった。
異界転移に膨大な魔力を消費し、さらに転移の際に“欠片”が世界中へと散った。
そのせいで魔王の力は、もはや 存在が霧散しかけるほどにまで衰えていた。
魔王は自分の輪郭が揺らぐのを感じ、歯を食いしばる。
「……勇者レオン……奴が……私を追い詰めたせいで……このような無理を……!」
怒りが胸を焼く。
だがその怒りすら、今の魔王には重すぎた。
「我は逃げたのではない……生き残ったのだ……再び力を蓄え、必ず貴様を殺すためにな……!」
ふらつく足で立ち上がる。
その時――
魔王の体の奥で、かすかな脈動が響いた。
ドクン……
ドクン……。
「……これは……地脈の気配……?」
魔王は目を細める。
「この世界にも……地脈が存在するのか……しかも……複数……いや……無数に……!」
魔王は気づいた。
――世界中に散らばるダンジョンが、地脈の上に形成されていることを。
「……なるほど……我の欠片が……この世界のダンジョンは……地脈の芽か……」
魔王の口元が歪む。
「ならば……話は早い。地脈は我の魔力と相性が良い……ダンジョンを通して……魔力が送られてくる……!」
魔王は周囲を見渡す。
ここは地脈の流れが交差する集束点だった。
魔王の残滓が滞留し、黒い霧がゆらゆらと揺れている。
「……ここは……地脈の集束点に出来そうだ……力を取り戻せる……!」
魔王は歩き出す。
足取りは重く、魔力は弱い。
だが――
その瞳には、確かな殺意が宿っていた。
「レオン……貴様を殺すためなら……どれほどの時間がかかろうとも……!」
魔王は知らない。
レオンがすでに地球の日本にいることを。
レオンが新たな仲間を得ていることを。
かつて自分の器として選んだ少年――
勇者因子と魔王因子を併せ持つ光野朔弥が、この世界に存在することを。
そして――
女神レティシアが、すでに盤面を整えていることを。
「女神の企てなど……私の前では無力……この世界も……アルティリアも……すべて私が支配する……!」
魔王は闇の中へと消えていった。
その背後で――
黒い霧がわずかに揺れ、地脈へと吸い込まれていく。
それは、世界に迫る第二の災厄の始まりだった。
―女神視点:静かなる観測者―
世界の境界――
光と闇の狭間にある静寂の領域。
その中心に、ひとりの女神が佇んでいた。
女神レティシア。
アルティリアを創り、世界の均衡を司る存在。
彼女は静かに目を開く。
「……落ちましたか、魔王よ」
周囲に浮かぶ光の粒が揺れ、ひとつだけ黒く濁って魔王の影を映し出す。
レティシアはその影を見つめ、しかし何も語らない。
ただ、淡く微笑むだけだった。
レティシアは視線を盤面へと移す。
そこには三つの光点が揺れていた。
ひとつは、柔らかく澄んだ白。
ひとつは、細く鋭い線のような光。
そして――揺らぎながらも消えない、二色の微かな光。
レティシアは静かに呟く。
「……まだ幼い光たち。けれど、いずれ――」
言葉はそこで途切れた。
続きは語られない。
白い光がふわりと揺れる。
鋭い光がかすかに震える。
二色の光が、白と黒の境界で揺らめく。
レティシアはその全てを見つめながら、ただ静かに微笑んだ。
レティシアは盤面に手をかざす。
光が集まり、世界中の地脈が淡く震える。
「……流れは動き始めました」
それだけを告げると、レティシアの姿は光に溶けていった。
残されたのは、淡く揺れる光の粒だけ。
それはまるで、世界の行く末を見守る星のようだった。




