第3話:二つの世界
俺の伸ばした手を掴むように、セラは震える手を伸ばすが、指先は空を掴んだ。
まるで、もう俺に触れる資格すら奪われたかのように。
「レオン……ごめ、ん、ね。わたし……あなたの……」
魔王の力が声を奪う。
喉が押し潰されるように震え、言葉が途切れ途切れになっている。
それでもセラは続けた。
最後に残った自分を、俺に届けようとするように。
「……すき……だった…… ずっと……いっしょに……いたかった……」
その言葉に胸が締め付けられる。
心臓を掴まれたような痛みが走る。
言葉が喉でつかえ、呼吸すら苦しくなる。
「やめろ……そんな顔で……そんな声で……言うなよ……!」
溢れる涙が止まらない。
視界が滲み、セラの表情が揺れる。
だが、セラは微笑んでいた。
その笑みは、魔王の闇に染まりながらも、確かに俺の恋人だった頃の優しさを宿していた。
「レ、オン……あなたと……旅できて……しあわせ……だった……」
黒い紋様が一気に広がり、セラの瞳が闇に染まった。
その瞬間、セラの魂の光が完全に飲み込まれたようだった。
『フハハッ……別れは済んだか……
貴様の仲間は全て我が処分した……終わりだな、勇者よ……』
魔王の声が響く。
セラの口から発せられるその声は、俺の心を切り裂く刃のようだった。
「魔王------!!」
俺は、涙で滲む視界の中で聖剣を構えた。
頭が真っ白になる。
目の前の存在が全てを奪った。
だが、体はセラの物だ。
セラを斬るのか? そんな事は出来ない。
聖剣を持つ手が震える。
心が悲鳴を上げる。
だけど、もうこれしか手がない。
魔王は倒さなければいけない存在だ。
俺は……勇者だから……
「ごめん……ごめんな……セラ……
……っ! セラァァァァァァ!!」
セラの瞳から最後の涙が光っていた。
俺は泣き叫びながら聖剣を振り下ろしていた。
光が走り、セラの身体が崩れ落ちる。
セラが最後に俺に見せてくれた表情は、救われたように微笑んでいた。
ライアン。
ミーナ。
セラ……
そうして俺の仲間は――
全滅した。
世界から音が消える。
どうして、なぜ? そんな事ばかりが頭に浮かんでくる。
心に闇が広がっていく。
胸の奥が裂けるように痛み、呼吸が乱れる。
俺はセラの亡骸を抱きしめ、声を上げて泣いていた。
流れる涙は止まらない。
抱きしめる腕に力が入る。
その絶望の中、天から白い光が降り注ぐ。
それは炎でも雷でもなく、ただ存在そのものを照らし出すような光だった。
闇に沈んだ世界に、ひと欠片の救済だけが落ちてくる。
『……レオン。あなたはまだ終わってはいけません』
聞こえてきた声は音ではなかった。
大気を震わせるのではなく、魂そのものに直接触れる響きだった。
俺の目の前に、運命の女神レティシアが顕現していた。
白金の髪が風もないのに揺れ、衣は光の粒子となって空間に溶けていく。
彼女が歩むたび、砕けた床石が静かに浮かび上がり、まるで世界そのものが女神を迎え入れているかのようだった。
レオンの頬に触れた指先は、温かくも冷たくもない。
感情という概念を超えた、純粋な存在の温度だった。
『あなたの心は、このままでは壊れてしまう。
だから――貴方の記憶を封印します』
女神の言葉は続いていたが、レオンにはもう届いていなかった。
そして、視界が白く染まる。
光は優しいのにあまりにも強く、レオンの意識はその輝きに包まれていく。
『仲間の死の痛みは、今は背負わせません。
あなたには、まだ果たすべき使命がある』
レティシアはレオンの魂に触れた。
その手つきは慈母のように優しく、しかし同時に、運命を司る者の冷徹さも宿していた。
記憶の頁がそっと閉じられる。
その瞬間、勇者としての力もまた深い霧の中へ沈んでいった。
レオンの心は軽くなり、同時に――
何か大切なものが遠ざかっていく。
『あなたは私を恨むでしょうね……
でも、それでも――あなたに託すしかないのです』
女神の瞳は悲しみを湛えていた。
それは神でありながら、人の痛みを理解してしまう者だけが持つ光だった。
光が弾け、レオンの身体はアルティリアから消えた。
世界が彼を送り出すように、静かに、穏やかに。
光の渦を抜け、レオンが向かう先は――
魔王が追い落とされた世界、現代日本。
ここから、二つの世界を繋ぐ物語が始まる。




