第2話:慟哭の時
「……やった……のか?」
後ろでライアンが呟き、大剣を担ぎ豪快に笑い出す。
ミーナは肩の力を抜き、セラは涙を浮かべながら俺に抱きついてきた。
「魔王討伐――成功だ!」
みんな笑顔だ、よかった。
一人もかけることなく討伐を成功できた。
だけど――
俺が聖剣を掲げた、その瞬間。
「あれ……? なんだろう……身体が……熱い……」
俺の横に居たセラが胸元を押さえ、苦しげに息を吸い込んでいる。
白い肌に黒い紋様が浮かび上がり、まるで生き物のように蠢きながら全身へ広がっていった。
その様は、祝福の光を浴びていた少女が、ゆっくりと呪いへと塗り替えられていくようだった。
「セラ!? なんだ? 何が起きてるんだ?」
俺が駆け寄ろうとした瞬間、セラの瞳が黒く染まり、口元が歪んだ。
その変化はあまりにも急で、あまりにも異質で、思わず後ろに飛びのいていた。
『……愚かだな、勇者よ……』
思考が追い付かない。
セラの口から発した声は、地の底から響くような倒したはずの魔王の声だった。
その声は、セラの喉を通っているはずなのに、まるで別の存在がそこに立っているかのように感じられたな。
「お前は……魔王なのか……!?」
震える手で聖剣を構えるが、手に力が入らない。
ライアンは剣を構え直し、ミーナが魔力を練っている。
一体なんなんだ、この状況は……。
とても嫌な考えがよぎる。
そんなはずはない、ある訳がない。
だけど……。
誰もが理解していた。
何かが決定的に間に合わないと。
そんな事をぐるぐると考えていたら、目の前のセラが突然消えた。
――ズブッ
肉を裂く湿った音が、この世界で最も聞きたくない形で響いた。
音がした方を恐る恐る見ると、セラの手刀がライアンの胸を貫いていた。
「ぐふっ!? セラ……お前……」
ライアンは剣を落とし、胸を貫いているセラを睨みつけながら崩れ落ちた。
その巨体が倒れる音が、やけに遠く聞こえた。
――どうしたライアン?
――なんで寝ている?
――セラ? 君は何をした?
俺の思考は混乱していた。
目の前でおきている事がどこか遠い事のように感じていた。
はは、なんだよ、これ……。
セラがこんな事するはずがないだろ……。
俺が呆然としていると、セラはこっちをチラっと見た後、ミーナを見ていた
「ライアン!? 嘘……でしょ……?」
ゆっくりとした動きでセラがミーナに歩み寄っている。
ミーナは怯え、足が震え、後ずさっていた。
待って、セラ。
何をする気だ……やめてくれ。
その刹那、セラは一瞬でミーナの前に移動し、その指先が躊躇なく胸を貫いていた。
「え……」
あ、あああ、ああああああああ……
俺の見ている前で、ミーナは信じられないという表情のまま崩れ落ちた。
その瞳には、最後まで理解が追いついていなかった。
思考が止まる。
音が消えていく。
目の前にライアンとミーナが横たわっている。
どうして?
なんで?
胸の奥が冷たく凍りつく。
心臓が動いているのかすら分からない。
ただ、目の前で仲間が倒れていく光景だけが、残酷なほど鮮明に焼き付いていた。
「ライアン!! ミーナ!!」
俺は悲鳴にも似た叫び声をあげていた。
喉が裂けるほどの声なのに、誰にも届かない。
仲間の血の匂いが、現実を容赦なく突きつけてくる。
「返せ……ライアンを……ミーナを……
セラを返せーーーー!!」
俺の叫び声にセラの身体がかすかに震えた。
瞳の奥で、わずかな光――
涙が揺れている。
その一滴を見た時、セラがまだ元に戻るのではないかと感じた。
「……セラ……?」
震える声で愛するセラを呼ぶ。
恐怖でも怒りでもない。
セラを失いたくないという、ただ一つの願い。
「……レ……オン……」
震える手をセラに伸ばしかけたその時、確かに聞こえた。
それは、セラ自身の声だった。
魔王の闇に沈みかけた魂が、必死に浮かび上がろうとしている声。
ドクン、と心臓が跳ねる。
まだセラを取り戻せるかもと、胸に小さな希望が灯った。
その光は、絶望の闇をほんのわずかに押し返す。
「セラ! 戻ってきたんだな……!
助ける……今助けるから……!」
俺はセラの温もりを求めて、震える手を伸ばす。
しかしセラは、苦しげに首を横に振っていた。
「……ちが……うの…… わたし……もう……」
セラの体に黒い紋様が更に走り、手や足が痙攣している。
その度に、セラの中の彼女自身が削られていくようだった。




