第5話:レオン、学校で大混乱
魔物事件から一週間が過ぎた朝。
ようやく学校が再開され、家の中には久しぶりの登校前の慌ただしさが戻っていた。
朔弥、美咲、優斗の三人は制服に着替え、靴箱の前で準備を整えている。
その少し後ろで――
レオンがぽつんと立ち、三人をじっと見つめていた。
「……どこへ行く……?」
問いかけは真剣そのもの。まるで仲間が危険な任務に向かうのではないかと疑っているような目だった。
「学校だよ」
朔弥が靴ひもを結びながら答える。
「学校……王立学園か?」
レオンの声は完全に戦士のそれ。
「違うよ。私たちが初めて会った場所」
美咲が笑う。
「勝手に入ったら怒られるからね」
朔弥が立ち上がる。
「そうそう。先生に見つかったら即アウト」
優斗が肩をすくめる。
レオンは腕を組み、深刻な顔で唸った。
「……ふむ……」
三人が歩き出すと、レオンは玄関に取り残された。だが、その瞳には妙な光が宿っていた。
(……怪しい……優斗や美咲ならまだしも……あの、いつもだらけている朔弥が朝に起きて出かける……? これは……何かの任務……? 確かめねば……!)
レオンは影のようにこっそり後をつけ始めた。
学校に近づくと、あちこちから「おはよー」の声が響く。
三人は校門をくぐり、いつもの日常へと戻っていく。
「……ここは……俺が最初に降り立った場所か……!」
レオンは校門の影からひょっこり顔を出した。
その姿は完全に潜入中のスパイだった。
「レオンくん、ついてきてないよね……?」
美咲が不安そうに振り返る。
「いや、どうかな……」
優斗が苦笑する。
「マジかよ。頼むからくるな……!」
朔弥は頭を抱えた。
しかし――
レオンはすでに校門の影に潜んでいた。
「……ふむ……制服を着ていないと入れないのか……だが……美咲に選んでもらった服なら……問題ない……!」
問題しかなかった。
イケメン外国人が普通の服で校門に立っている。
目立たないわけがない。
「え……誰あれ……?」
「モデル……?かっこいい……」
「ちょっとー、凄いイケメン……」
女子生徒たちの視線が集中する。
レオンは困惑し、そっと視線をそらした。
「……なぜ見られている……? 俺は……何か失礼をしたのか……?」
レオンは校門を離れ、人気のない場所へ移動し、隙を見て素早く敷地内へ潜入した。
今日は全校集会の日。
生徒たちは体育館へ移動し、普段はざわついている校舎が、嘘のように静まり返っていた。
廊下には誰の足音もなく、教室の扉はすべて開け放たれ、風がカーテンを揺らす音だけが響いている。
その静けさの中――
レオンは堂々と歩き回っていた。
足取りは慎重でありながら、どこか楽しげでもある。
まるで新たなダンジョンに挑む冒険者そのものだった。
「……無人の学園……これは……探索の好機……!」
レオンは一つの扉を開け、中を覗き込む。
白い机、薬品棚、ガラス器具。どれも彼の世界には存在しない形状だ。
「……ここは……魔術師の研究室か……?」
理科室のビーカーを手に取り、光に透かして眺める。
その真剣な表情は、完全に未知の魔道具を調査する勇者だった。
次に中庭へ出ると、広い空間が目に飛び込んだ。
風が芝生を揺らし、陽光が差し込む。
「……ここは……学園生たちの訓練場……?」
レオンは地面を踏みしめ、剣を振るう素振りをしてみる。
その姿は妙に様になっていた。
さらに技術室の扉を開け、中に入る。
「……ここは……ドワーフの工房……?」
なぜ学園に工房があるのか本気で考えている顔だった。
保健室に入ると、整然と並んだベッドや薬品棚が目に入る。
「……ここは……薬師の部屋……?」
レオンは真剣に呟き、ベッドのシーツをそっと触る。
柔らかさに驚き、眉をひそめた。
音楽室では、床に描かれた円形の模様に目を奪われる。
「……ここは……魔法陣……?」
レオンは床に膝をつき、指で模様をなぞる。
その姿は完全に魔術の痕跡を調査する勇者だった。
そして――
どの部屋を見ても、どの設備を触っても、レオンの口から出てくるのは同じ言葉。
「……文明……恐るべし……!」
その声は、魔王と対峙した時よりも深い畏怖を帯びていた。
全校集会が終わり、生徒たちが体育館からぞろぞろと校舎へ戻ってくる。
その流れはまるで川のようで、階段や廊下に人の波が広がっていく。
その中に――
レオンが紛れ込んでしまった。
異世界の勇者が、何の警戒もなく人の群れに混ざってしまったのだ。
「えっ……私服……?」
「チョーイケメンなんですけど……!」
「ちょっと話しかけてみようよ!!」
女子生徒たちの視線が一斉にレオンへ向く。
その瞬間、空気がわずかにざわついた。
レオンはその気配を敏感に察知し、反射的に後ずさる。
戦場で敵の気配を感じたときと同じ動きだった。
「……な、なんだ……!? なぜ……近づいてくる……!? 敵意は……ない……よな……?」
しかし女子たちは止まらない。
むしろ勢いを増して距離を詰めてくる。
「名前は!?」
「彼女いるの!?」
「どこの国の人!?」
質問が矢のように飛んでくる。
女子生徒の圧の強さにレオンは完全に混乱し、目を泳がせた。
「ひ、ひぃ……!?」
次の瞬間、レオンは踵を返して走り出した。
その動きは、魔物の奇襲から逃れる時と同じ速度だった。
「待ってよーーー!!」
「止まってーー!!」
女子生徒たちが追いかける。
廊下に響く足音が、レオンには追撃部隊のように聞こえた。
「止まったら……捕まる……!!」
レオンは必死に走りながら、廊下の角を曲がり、階段を駆け上がり、完全に逃走ルートを探す戦士の目になっていた。
その時――
聞き慣れた声が廊下の先から飛んできた。
「レオン!! こっち!!」
朔弥が手を大きく振っている。
その横で優斗が教室の扉を開け放ち、美咲が必死にレオンへ手を伸ばしていた。
「早く隠れろ!!」
優斗が叫ぶ。
「こっちの教室!!」
美咲がレオンの腕を引く。
レオンは勢いのまま三人の方へ飛び込み、三人はそのままレオンを空き教室へ引きずり込んだ。
扉が閉まると同時に、女子生徒たちの足音が近づき――
教室の前を通り過ぎていく。
やがて、足音は遠ざかり、廊下は静けさを取り戻した。
レオンは壁にもたれ、肩で息をしながら呟いた。
「……助かった……あの女子たち……魔物より怖い……!」
朔弥は頭を抱えながら叫ぶ。
「お前が目立ちすぎなんだよ!!」
優斗は肩をすくめる。
「イケメンは罪だな……」
美咲は胸を撫で下ろしながら微笑んだ。
「レオンくん、学校に来るときは言ってね? ちゃんと案内するから」
レオンは静かに頷いた。
「……すまない。こちらの学園がどういう場所なのか気になってしまって……だが……君たちが毎日ここで学んでいる理由……少しだけわかった気がする」
「そうか……?」
朔弥が首を傾げる。
「ああ。この場所は……平和を守るための力を育てる場所だ」
美咲は目を丸くした。
「レオンくん……」
「まあ……そういうとこもあるな」
優斗が照れくさそうに笑う。
レオンは柔らかく微笑んだ。
「……また来てもいいか?」
朔弥はため息をつきながらも、どこか嬉しそうだった。
「……まあ、いいけど……次は絶対に俺たちと一緒に来いよ」
「わかった」
素直に頷くレオンだった。




