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第4話:勇者、文明に三度敗北

 ―洋服店―


 エスカレーターという文明の罠(※レオン視点)をなんとか乗り越えた一行は、モールの一角にある洋服店へと足を踏み入れた。


 店内は柔らかな照明に包まれ、マネキンが整然と並び、季節の服が色鮮やかに陳列されている。


 その中に――

 鎧姿のレオンだけが、どう見ても異世界から迷い込んだ存在だった。


「レオンくん、まず服買おうよ。鎧で歩くの危ないし」


 美咲が軽く腕を引く。


「鎧を脱いだら……戦えない……!」


 レオンは胸当てを押さえ、真剣そのものの表情。


「今日は戦わないって」


 優斗が呆れた声で肩をすくめる。


 そのとき、店員が笑顔で近づいてきた。

 しかしレオンの鎧姿を見た瞬間、目が一瞬だけ丸くなる。


「いらっしゃいませ〜! あら、コスプレですか?」


「コス……プレ……?」


 レオンが首を傾げる。

 その仕草が妙に丁寧で、逆に本物感が増してしまう。


「違います!!」


 朔弥が全力で否定した。

 声が店内に響き、近くの客がちらりとこちらを見る。


 美咲が白いシャツと黒いパンツを手に取り、レオンに差し出す。


「レオンくん、これ似合うよ!」


 レオンは布を指先でつまみ、真剣に観察した。

 鎧の重さに慣れた手には、布の軽さが逆に不安を呼ぶ。


「……軽い……! 布……? これで戦えるのか……?」


「戦わないって」


 優斗が再びツッコむ。


 レオンは渋々試着室へ入り、カーテンが閉まる。

 中からは鎧を外す金属音がカチャカチャと響き、店員が「本物……?」と小声で呟くのが聞こえた。


 数分後――


「……どうだ?」


 カーテンが開いた瞬間、空気が変わった。

 そこに立っていたのは、異世界の勇者ではなく、普通のイケメン外国人だった。


 白いシャツが肩幅を際立たせ、黒いパンツが長い脚をすらりと見せる。

 鎧を脱いだことで、レオン本来の整った顔立ちが露わになった。


 美咲は思わず息を呑む。


「……かっこいい……」


「……イケメン補正すげぇ……」


 優斗が感心したように呟く。


「……なんかムカつく……」


 朔弥が眉をひそめる。


「レオンおにいちゃん、かっこいい!」


 雫が目を輝かせた。


 レオンは照れくさそうに視線をそらす。


「そ、そうか……?」


 その瞬間――

 周囲の客たちがざわ……と振り向いた。


「え、誰あの人……モデルさん?」

「外国の俳優みたい……」

「ちょっと見て、あの顔……」


 声をかけてくるわけではない。

 ただ、距離を保ちながらひそひそと視線が集まっていく。

 その静かなざわめきが、逆にレオンを不安にさせた。


 レオンは困惑したように眉を寄せ、ゆっくりと後ずさる。


「……なぜ……皆がこちらを見ている……俺は……何か失礼をしたのか……?」


 その声には、戦士としての警戒ではなく場違いな場所に放り込まれた少年の戸惑いが滲んでいた。


 美咲が慌ててレオンの横に立ち、周囲の視線を遮るように一歩前へ出る。


「レオンくん、大丈夫。ただ……ちょっと目立つだけだから」


 雫も小さな体でレオンの手をぎゅっと握り、心配そうに見上げる。


「レオンおにいちゃん、こわくないよ……」


 レオンは二人の姿を見て、ようやく少しだけ肩の力を抜いた。


「……そうか……この世界の民は……敵意ではなく……ただ、好奇心で見ているだけなのだな……?」


「そういうこと」


 朔弥が苦笑しながら頷く。


 優斗は肩を揺らして笑った。


「イケメンはつらいな、レオン」


 レオンは意味が分からず首を傾げた。


「……俺は……ただ服を着替えただけなのだが……?」


 その無自覚さが、また周囲の視線を集めていた。


 ―ゲームコーナーー


 レオンは筐体の前に立ち、しばらく無言でそれを見つめていた。

 画面の下には、金属のレバーと大きな丸いボタンがずらりと並んでいる。


 まるで戦士の操作盤のような威圧感があり、家庭用の小さな板とはまったく違う存在感だった。


 優斗がレバーを軽く倒して見せる。


「これで動かすんだよ。レオン、やってみろ」


 レオンはゆっくりと手を伸ばし、レバーを握った。

 その瞬間、彼の表情が固まる。


「……この金属の柄で……戦うのか……?」


 レバーは剣の柄より太く、重みがあり、押し込むと内部でカチリと音が鳴る。

 レオンにはそれが魔導兵器の起動音にしか聞こえなかった。


 さらに、横に並ぶ七つの丸いボタン。

 色とりどりに光り、まるで魔法陣のスイッチのように輝いている。


「……この円盤は……魔術の発動装置か……? 押すと……爆発するのか……?」


「しないよ!!」


 朔弥が即ツッコミを入れる。


 レオンは慎重にレバーを握り直し、まるで未知の武器を扱うように身構えた。


「……この装置で……戦士を操る……?」


「そう」


 優斗が頷く。


 ゲームが起動し、派手なタイトル画面が光を放つ。

 雷鳴、爆炎、叫び声――

 レオンの脳内では完全に戦闘開始の合図だった。


「……これは……戦いではないのか……?」


「ただの遊びだよ」


 優斗が笑う。


「……遊びで戦うのか……?」


 レオンは本気で困惑していた。


「深く考えるな」


 朔弥がため息をつく。


 ゲーム開始。

 レオンがレバーを倒すと、画面の戦士が動いた。

 ボタンを押すと、拳を振るい、蹴りを放つ。


「はっ!? 俺の戦士が……勝手に動く……!? いや、動かしているのは俺か……!? だが……なぜ……!?」


 レオンはレバーをガチャガチャと動かし、ボタンを連打し、画面の戦士が暴れまわるたびに身体をのけぞらせる。


「落ち着け!!」


 朔弥が叫ぶ。


「レオンくん、ボタン押すだけだよ!」


 美咲が笑う。


「ボタン……!? この世界の戦士は……指先で戦うのか……!?」


 画面の中でレオンのキャラが吹っ飛び、KOの文字が派手に表示される。

 レオンは呆然と立ち尽くした。


「……敗北した……指先の戦いに……完敗した……」


「いや、そんな深刻なゲームじゃないから!!」


 朔弥が全力でツッコむ。


 優斗は腹を抱えて笑った。


「勇者、文明にまた敗北」


 美咲は微笑みながらレオンの肩をぽんと叩く。


「レオンくん、かわいすぎ」


 レオンは耳まで赤くしながら、レバーからそっと手を離した。


「……文明……恐るべし……!」


 ―アイスクリーム屋―


 ゲームコーナーで精神力を削られたレオンは、まだ軽く肩を震わせていた。

 そんなレオンの手を、雫がそっと引っ張る。


「レオンおにいちゃん、アイス食べよ!」


 小さな手は温かく、柔らかい。

 レオンはその感触に一瞬だけ目を瞬かせた。


「アイス……?」


 聞き慣れない単語に、レオンは首を傾げる。

 その表情は、未知の魔物に遭遇した時と同じ警戒と興味が混ざったものだった。


「冷たくて甘いお菓子だよ」


 朔弥が説明する。


「冷たい……? 甘い……? そんなものが……存在するのか……?」


 レオンは完全に混乱していた。

 彼の世界では、甘味は貴族の贅沢品で、冷たい食べ物など氷魔法でも使わない限り作れない。


 アイス売り場に着くと、ショーケースの中で色とりどりのアイスが並んでいた。

 冷気がふわりと漏れ、レオンは思わず身を引く。


「……冷気が……閉じ込められている……!? これは……魔術の封印か……?」


「冷凍庫だよ」


 優斗が淡々とツッコむ。


 雫がカップアイスを差し出す。

 スプーンには一口分のアイスが乗っていて、白い光沢が美味しそうに輝いていた。


「レオンおにいちゃん、あーん!」


 レオンは戸惑いながらも、雫の期待に押されて口を開く。


 ひとくち。


 冷たさが舌を刺し、次の瞬間、甘さがふわりと広がった。

 レオンの身体がびくりと震え、目が大きく見開かれる。


「……うまい……!! なんだこれは……!? 天界の食べ物か……!?」


 その声は本気で震えていた。

 戦場で幾度も死線を越えてきた勇者がアイスという文明の産物に完全敗北した瞬間だった。


 美咲は頬を緩め、思わず笑みをこぼす。


「レオンくん、かわいい……」


 優斗は腹を抱えて笑った。


「勇者、文明にまたもや敗北」


「レオン……お前、戦闘より日常の方が苦戦してないか……?」


 朔弥が呆れたように言う。


 レオンは真剣に頷いた。

 その表情は、魔王の弱点を分析する時と同じくらい真面目だった。


「……文明……恐るべし……!」


 雫はそんなレオンの手をぎゅっと握り、嬉しそうに笑った。


「レオンおにいちゃん、もっと食べよ!」


 レオンは一瞬だけ迷ったが――

 次の瞬間、素直に頷いた。


「……うむ。これは……もっと知るべきだ……!」


 勇者、甘味に覚醒した瞬間だった。

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