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第3話:レオン、初めてのショッピングモールで大混乱

 翌日。


 カーテンの隙間から差し込む朝の光が、朔弥の部屋をゆっくりと照らしていく。

 しかし、その柔らかな光に反して――

 布団の中の朔弥は、まるで生気を吸い取られたかのように動かなかった。


 布団にくるまり、顔だけ出した朔弥は、干からびた魚のような目で呟く。


「……俺は寝る……」


 その声は、魂の底からの本音だった。

 昨日の激闘の疲労が、まだ身体の奥に重く沈んでいる。

 だが、その静かな抵抗は三方向から即座に叩き潰された。


「レオンくんに日本を案内するって言ったでしょ!」


 美咲が容赦なく布団をめくり上げる。

 冷たい空気が一気に入り込み、朔弥は悲鳴のような声を漏らした。


「ショッピングモール行くぞ、朔弥!」


 優斗が腕を掴み、ずるずると引っ張る。

 その力は、昨日の戦いで見せた勇敢さとは別方向の容赦なさだった。


「おにいちゃんもいっしょに行くの!」


 雫が袖をぎゅっと掴んで離さない。

 その小さな手は温かいのに、逃げられない鎖のように強い。


「……俺は寝る……」


 朔弥は最後の抵抗として布団に戻ろうとするが――

 レオンが真剣な顔で追い打ちをかけた。


「朔弥、昨日の君は勇者だった」


 その言葉は、妙に重く、妙に説得力があった。

 だが同時に、あまりにも便利に使われすぎている。


「そのセリフ便利に使うな!!」


 朔弥の叫びは虚しく響き、結局、三方向から引きずられるように外へ連行された。

 玄関の扉が閉まる瞬間、朔弥の声がかすかに漏れた。


「……俺は寝るって言ったのに……」


 その呟きは、朝の空気に溶けて消えていった。


 ―ショッピングモール前―


 ショッピングモールに到着した瞬間、レオンは足を止めた。

 巨大な建物が視界いっぱいにそびえ立ち、ガラスの壁面が朝の光を反射してきらめく。


 その光景は、彼にとって城というより――

 未知の文明が築いた巨大要塞に見えた。


 レオンはゆっくりと顔を上げ、目を見開く。

 その表情は、魔王城を初めて見た時の戦士のそれに近かった。


「……な、なんだこの要塞は……!? 窓が……無数に……! 人が……吸い込まれていく……!」


 自動ドアから次々と人が出入りする様子が、レオンには要塞に飲み込まれていく民衆に見えたらしい。

 聖剣に手を伸ばしかける動きが、完全に戦士の反応だった。


「いや、ただのショッピングモール」


 優斗が淡々とツッコむ。その落ち着きが逆にレオンの混乱を際立たせる。


「レオンくん、ここでなんでも買えるんだよ」


 美咲が胸を張って説明する。

 その声は、まるでこの世界の誇りを紹介するガイドのようだった。


「なんでも……? 武器も……防具も……?」


「いや、武器は売ってない」


 朔弥が即答する。

 昨日の戦いの疲労がまだ残っているのに、ツッコミだけは鋭い。


「では……魔法書は?」


「売ってないよ」


 美咲が笑う。

 レオンは震えた。

 その震えは恐怖ではなく、理解不能な文明への畏怖だった。


「……では何を買う場所なんだ……?」


「服とか、靴とか、ゲームとか、食べ物とか」


 優斗が指を折りながら説明する。

 レオンは息を呑んだ。

 その目は、未知の世界に足を踏み入れた冒険者そのもの。


「文明……恐るべし……!」


 その呟きは、魔王軍の幹部を前にした時よりも真剣だった。


 ―エントランスー


 レオンが入口へ近づいた瞬間だった。

 何の前触れもなく、巨大なガラスの扉が左右に割れるように開いた。


 ウィーン。


 その機械的な音が、レオンの神経を一瞬で戦場へ引き戻す。

 彼は反射的に足を止め、肩を震わせた。

 まるで見えない敵の奇襲を受けたかのように、瞳が鋭く細まる。


「ッ!? 扉が……勝手に……開いた……!」


 レオンの手がこし背中の剣へ伸びる。

 その動きは完全に戦士のそれで、あと一秒遅ければ本当に抜いていた。


「抜くな抜くな抜くな!!」


 朔弥が慌てて腕を押さえ込む。

 その勢いは、昨日の戦いよりも必死だった。

 レオンは困惑したまま扉を見つめる。


 ガラスの向こうでは、何事もなかったかのように人々が出入りしている。

 その光景が逆に異様に見えた。


「レオンくん、これは自動ドアだよ。人が近づくと開くの」


 美咲が優しく説明する。


「……魔法か?」


 レオンは真剣に問い返す。

 彼の世界では、物が勝手に動くのは魔術か呪いの類だ。


「文明だよ」


 優斗が肩をすくめる。


 レオンはしばらく扉を凝視した。

 まるで敵の正体を見極めようとする戦士のように、じっと、慎重に。


 そして――

 震える声で呟いた。


「文明……恐るべし……!」


 その言葉には、魔王と対峙した時よりも深い畏怖が滲んでいた。


 ―スーパーー


 モール内のスーパーに足を踏み入れた瞬間、レオンは再び固まった。

 冷房のひんやりした空気と、食材の匂いが混ざり合う独特の空間。


 そして――

 目の前に広がるのは、山のように積み上げられた食料の数々だった。


 肉の赤、魚の銀、果物の鮮やかな色彩。

 棚という棚がぎっしりと埋まり、どこを見ても豊かさが溢れている。


 レオンはその光景に息を呑んだ。

 戦場を渡り歩いてきた彼にとって、これは異常な光景だった。


「……食料が……山のように……!? 肉……魚……果物……これは……王国の倉庫か……?」


 その声は震えていた。

 彼の世界では、これほどの食料を一度に見るのは戦勝の宴か、王都の備蓄庫くらいだ。


「ただのスーパーだよ」


 朔弥が肩をすくめる。

 その気の抜けた返事が、逆にレオンの混乱を深めた。


「この世界の民は……これほどの食料を……常に……?」


「うん、普通だよ」


 美咲が笑う。

 その笑顔は、レオンにとって豊かさの象徴に見えた。


 レオンは震えた。

 戦場で飢えを経験した者の目に、これはあまりにも眩しい。


「……この世界……豊かすぎる……!」


 そのとき、雫が小さな紙皿を差し出した。

 そこには一口サイズのウインナーが乗っている。


「レオンおにいちゃん、これおいしいよ!」


 レオンは慎重に受け取った。

 まるで未知の薬草を試すように、匂いを嗅ぎ、角度を変えて観察し――

 そして、恐る恐る口に運ぶ。


 パクッ。


 その瞬間、レオンの目が大きく見開かれた。


「……うまい……!! なんだこれは……!? 魔王を倒した後の宴か……!?」


 その大げさな反応に、試食のおばちゃんが笑顔で声をかける。


「お兄さん、買っていく?」


「買う!!」


 即答だった。

 レオンの中では、これは戦利品に匹敵する価値だった。


「レオン、お金持ってないだろ!!」


 朔弥が即座に止める。


「金ならある。王国金貨で買えるか?」


「むりだ」


 優斗が即答した。

 レオンは悔しそうに唸った。

 その表情は、強敵に一太刀届かなかった戦士のようだった。


「むぅ……」


 ―エスカレータ――


 動く階段――

 エスカレーターの前に立ったレオンは、まるで巨大な魔物を前にしたかのように身を固くした。

 金属の段が一定のリズムでせり上がり、人々を静かに、しかし確実に上階へ運んでいく。


「……床が……動いている……!? これは……罠か……!?」


 レオンは段の動きを凝視し、飲み込まれたら最後、戻れないとでも言いたげに眉をひそめた。


「乗るだけだよ!!」


 朔弥が背中を押す。


 レオンは半ば強制的に段へ足を乗せられた。

 次の瞬間、身体がふわりと引っ張られるように上へ運ばれ始める。


「なっ……!? 足が……地面に置いたままなのに……身体が勝手に……上へ……!?」


 足は動いていない。

 だが、段が勝手に上昇することで、レオンには自分の意思とは無関係に運ばれているように感じられた。


「俺は……歩いていないのに……進んでいる……!? これは……重力操作の魔法か……!?」


「違う!!」


 朔弥が全力でツッコむ。

 優斗は腹を抱えて笑った。


「勇者、文明に敗北」


 レオンは手すりを掴み、必死に体勢を保ちながら、上階へと運ばれていく自分の身体を見下ろした。


「……この世界の民は……こんな危険な装置を……日常で使っているのか……?」


「危険じゃないってば!!」


 朔弥が叫ぶ。


 エスカレーターは淡々とレオンを運び続け、その姿はまるで文明に流される勇者そのものだった。

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