―幕間― 美咲視点:日常が崩れた日、勇者を見た
放課後の家庭科室。
エプロンを畳みながら、友達と他愛ない話をしていた。
ミシンの音、柔らかい布の手触り、夕焼けの光――
いつも通りの、静かで温かい日常。
――その日常は、突然終わった。
ドォンッ!!
校舎が揺れ、悲鳴が響いた。
扉が乱暴に開き、緑色の化け物が飛び込んでくる。
(なに……あれ……?)
名前なんて知らなくてもいい。
恐怖だけは、一瞬で理解できた。
足がすくんで動けない。
短剣が振り上がる。
喉が凍りついて声も出ない。
「美咲!!」
飛び込んできたのは――
朔弥くんだった。
息を切らし、震えているのに、私の前に立ってくれた。
「やめろおおお!!」
その手から、突然“火”が生まれた。
ボッ!!
火の球がゴブリンを吹き飛ばす。
焦げた匂い。
焼けた床。
現実とは思えない光景なのに、確かにそこにあった。
「さ、朔弥くん……今の……魔法……?」
震える声でそう言うしかなかった。
怖いのに、朔弥くんは逃げなかった。
優斗くんと三人で校舎を飛び出すと、夕焼けの空に黒い穴が開いていた。
地面の亀裂。
空気の重さ。
胸の奥がざわつく。
その時――
空から光が落ちてきた。
眩しい白光が収まると、そこに立っていたのは金髪の少年。
銀の鎧。
白いマント。
血に染まった剣。
「……ここは……どこだ……?」
その瞳は、悲しみと強さを宿していた。
(……綺麗……でも、それだけじゃない……)
彼は名乗った。
「レオン・ウル・アラリウス。アルティリアの勇者だ」
勇者――
その言葉が胸に刺さった。
黒い穴から魔物が溢れ出す。
レオンくんはふらつきながらも剣を構えた。
「逃げられない……あれは魔王の眷属だ……」
その横顔は、覚悟を決めた人の顔だった。
魔物が襲いかかる。
レオンくんの剣が光を放つ。
「《光刃連撃》!!」
光の斬撃が魔物を倒していく。
でも――
彼の動きは重かった。
(怪我してる……このままじゃ……)
その時、朔弥くんが叫んだ。
「レオン!!」
魔物が背後から迫る。朔弥くんの手が動く。
「《火球》!!」
火球がレオンくんを守った。
(……二人とも……すごい……)
怖いのに。
震えているのに。
それでも前に出て、誰かを守ろうとしている。
私はただ、朔弥くんの腕を掴むことしかできなかった。
黒い穴が脈打ち、巨大なアーマーオークが落ちてきた。
レオンくんは押し負け、朔弥くんは魔力切れで倒れ込む。
(どうすれば……私には……何も……)
涙がにじむ。
その時――
レオンくんの瞳に強い光が宿った。
「うおおおおお!!」
「《光刃》!!」
光の斬撃がアーマーオークを貫き、黒い穴は音を立てて消えた。
戦いが終わった。
私は朔弥くんの背中をさすりながら、震える声で言った。
「よかった……本当に……」
レオンくんは剣を地面に突き立て、肩で息をしていた。
(……この人が勇者……でも、朔弥くんも……優斗くんも……怖かったはずなのに、逃げなかった……)
胸が少しだけ痛くなった。
でも同時に、小さな火が灯るような感覚もあった。
(いつか……私も……誰かを守れる人になりたい……)
あの日、私は勇者を見た。
そして、勇気を見た。
その光景は、今も胸の奥で静かに輝いている。




