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―幕間―  雫視点:おにいちゃんが来てくれた日

 体育館は暗かった。

 非常灯だけがぼんやり光っていて、床にはランドセルや椅子が散らばっていた。

 泣き声があちこちから聞こえて、先生も震えていて――

 私も、声が出なかった。


「グギャアアアア!!」


 大きな化け物が、鉄の棒を振り回していた。

 名前なんて知らない。

 でも怖いってことだけはすぐに分かった。


 佐伯先生が前に立ってくれた。


「この子たちには指一本触れさせん!!」


 でも、先生の腕には噛まれた跡があって、血がにじんでいて……その姿が、もっと怖かった。


(……だれか……助けて……)


 心の中でそう思った瞬間――

 体育館の扉が開いた。


 冷たい空気と一緒に、光が差し込んだ。

 その中に立っていたのは――


「……おにいちゃん……?」


 信じられなかった。

 こんな怖い場所に、おにいちゃんが来るなんて思っていなかったから。


 でも――本当に来てくれた。


「やめろ!!」


 震えているのに、怖いはずなのに、おにいちゃんは私たちの前に立った。

 その声を聞いた瞬間、胸がぎゅっとなった。


(……おにいちゃん……)


 その横には、金色の髪の知らないお兄ちゃんがいた。

 血に濡れた鎧を着て、剣を持っていて――

 でも、その目は優しかった。


「朔弥、下がれ!」


 レオンお兄ちゃんは、おにいちゃんを守るように前へ出た。

 化け物の鉄パイプを受け止めた瞬間、火花が散って、床が揺れた。

 怖いのに――

 レオンお兄ちゃんは一歩も下がらなかった。


(……すごい……)


 でも、すごかったのはレオンお兄ちゃんだけじゃなかった。


「《火球(ファイアボール)》!!」


 おにいちゃんの手から、火が飛んだ。

 本当に、魔法みたいに。


「……おにいちゃん……?」


 震えているのに、怖いのに、それでも私を助けようとしてくれている。

 胸の奥が熱くなった。


(……おにいちゃん……かっこいい……)


 レオンお兄ちゃん。

 佐伯先生。

 そして朔弥おにいちゃん。


 三人が一緒に戦っていた。


「うおおおお!!」

「《火球(ファイアボール)》!!」

「グギャアアア!!」


 怖い音ばかりなのに――

 その中で、おにいちゃんの声だけは不思議と安心できた。


(……大丈夫……おにいちゃんがいる……)


 化け物が光になって消えた時、私は足が震えて立てなかった。


 でも――

 見つけた。


「……おにいちゃん……?」


 おにいちゃんがこっちを見た。

 その瞬間、身体が勝手に動いた。


「おにいちゃあああああん!!」


 走って、飛びついて、泣きながらしがみついた。


「こわかった……! こわかったよ……!! おにいちゃん……!」


 おにいちゃんは震える手で抱きしめてくれた。


「ごめん……遅くなって……でも、もう大丈夫だから……!」


 その声を聞いた瞬間、胸の奥があったかくなった。


(……おにいちゃんが来てくれた……それだけで……もう大丈夫……)


 レオンお兄ちゃんは、少し離れたところで私たちを見ていた。

 優しい目で。でも、どこか寂しそうな目で。


(……レオンおにいちゃんも……誰かを守りたかったんだ……)


 そう思ったら、胸がちょっとだけ痛くなった。


 外に出ると、自衛隊の人たちが来ていた。

 ライトが眩しくて、大人たちがいっぱいで――

 でも、もう怖くなかった。


 だって、おにいちゃんの手を握っていたから。


「おにいちゃん……帰ろ……?」

「うん……帰ろう」


 その言葉が、今日いちばん嬉しかった。


 家に帰って、お母さんに抱きしめられて、泣いて、安心して――

 私は思った。


(……おにいちゃんみたいに……誰かを守れる人になりたい……)


 小さな胸の奥で、そっと火が灯った。

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