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第13話:夜明けの帰還

 ウウウウウウ……!


 遠くからサイレンとエンジン音が重なり合い、夜の静寂を震わせた。

 その音は、恐怖の夜を切り裂くように近づいてくる。


 朔弥は顔を上げた。


「……この音……?」


 体育館の外に出ると、校庭に自衛隊車両が次々と滑り込んでくる。

 ヘッドライトが闇を裂き、迷彩服の隊員たちが素早く展開した。


「生存者確認!」

「負傷者はいるか!」

「安全確保班、前へ!」


 その声は力強く、暗闇に差し込む光のようにもう大丈夫だと告げていた。

 張り詰めていた空気が、わずかに緩む。

 子どもたちの肩がふるりと震え、佐伯先生の胸の奥にも、ようやく温かいものが流れ込んだ。


「……自衛隊が来てくれた……!」


 震える声の奥に、確かな安堵が滲んでいた。

 守り続けた緊張が、少しずつほどけていく。


 隊員の一人が朔弥たちに駆け寄る。

 重いブーツが地面を叩く音が助けが来たという実感を強く刻みつけた。


「君たち! 怪我はないか!? 避難者はどこにいる!」


 隊員は朔弥たちの顔を順に確認し――

 レオンの姿に目を見開いた。


「……そっちの君……その血……大丈夫か……?」


 血に濡れた鎧、深い傷、異様な剣。

 ようやく個別の状態に目が向き、隊員の表情に緊張が走る。


 レオンは静かに首を振った。


「俺は……大丈夫だ。まずは子どもたちを」


 弱々しいのに、どこか揺るぎない声だった。


「了解! 救護班、体育館へ急げ!」


 隊員たちが一斉に動き出す。

 その動きは迷いがなく、訓練された者だけが持つ確信に満ちていた。


(……よかった……レオンが捕まったりしなくて……)


 朔弥の胸に、ようやく温かい息が落ちていった。

 張り詰めていた鼓動が、少しずつ落ち着きを取り戻していく。

 冷たい夜風が頬を撫で生きているという実感がじわりと広がった。


 しばらくすると、別の隊員がこちらへ歩いてきた。

 足音は重いのに、不思議と安心感を与える規則正しさがあった。


「君たちだけで帰れるなら、もう帰っていいぞ。ここから先は我々が引き継ぐ」


 隊員の声は、命令の鋭さではなくもう怖がらなくていいと背中を支えるような柔らかさを帯びていた。


「……お願いします」


 朔弥が深く頭を下げる。

 その動きには、恐怖から解放された安堵と、ここまで守ってくれた大人たちへの感謝が自然と滲んでいた。


 レオンも静かに続いた。

 血に濡れた鎧のまま、礼儀正しく頭を下げる姿は、どこか神聖なものすら感じさせた。


「子どもたちを……頼みます」


 隊員は一瞬だけレオンを見つめ、その瞳に宿る覚悟を読み取り、小さく頷いた。


「……任せろ」


 その短い言葉に、確かな信頼が宿っていた。



 ―帰り道―


「……よかった……本当に……終わったんだ……」


 朔弥の呟きは、夜風に溶けていった。

 胸の奥に広がる温かさが、ようやく“恐怖の夜”に終止符を打つ。


 雫が朔弥の手をぎゅっと握る。

 その小さな手はまだ冷たく震えていたが、握り返す力には確かな安心が宿っていた。


「おにいちゃん……帰ろ……?」

「うん……帰ろう」


 夜の街は静かだった。

 魔物の気配は、もうどこにもない。


 雫は朔弥の手を離さず、レオンは少し後ろを歩きながら周囲を警戒していた。

 戦いが終わっても、彼の背中には守る者の緊張が残っている。


「レオン……本当にありがとう。俺……レオンがいなかったら……」


 朔弥の声は震えていた。

 あの光景が脳裏に蘇る――

 血を流しながら立ち上がり、闇を断ち切った金色の光。


 レオンは首を静かに振った。

 否定というよりも、自分の胸の奥にある何かをそっと押し戻すような動きだった。


「君たちがいたから……俺は戦えたんだ」


 その声は優しく、どこか遠くを見つめるような響きを帯びていた。

 まるで、誰も知らない場所に置き去りにされた記憶を撫でるように。


 朔弥はその微かな揺らぎを確かに感じ取った。

 レオンの横顔は穏やかで微笑んでいるのに、その瞳の奥には言葉にできない影が潜んでいた。


(……レオン……何か抱えてる……でも、今は……)


 胸の奥がきゅっと締めつけられる。

 聞きたいことは山ほどある。

 けれど、今この瞬間にそれを口にするのは違う――

 朔弥は直感でそう思った。


 夜風が三人の間をそっと通り抜ける。

 戦いの熱気を冷ますように、静かで優しい風だった。


 家の前に着いた瞬間、玄関が勢いよく開いた。


「朔弥!!」


 母が飛び出してきて、朔弥を強く抱きしめた。

 その腕は震えていて、どれほど心配していたかが痛いほど伝わる。


「よかった……! 本当に……よかった……!」


 父も目を潤ませながら言った。


「……無事で……何よりだ」


 普段は強い父の声が、こんなにも優しく響くのを朔弥は初めて聞いた。

 その後ろには、優斗、美咲、そして家族たち。

 皆、泣きそうな顔でこちらを見つめていた。


 雫の母が駆け寄る。


「雫!!」


 雫は母の胸に飛び込み、堰を切ったように泣きながらしがみついた。


「おかあさん……! こわかったよ……!」

「雫……! 無事で……よかった……!」


 母は雫の髪を撫でながら、震える背中を包み込む。

 美咲も雫を抱きしめた。


「雫……! 本当に……よかった……!」


 その声は涙で震えていたが、その奥には確かな優しさが宿っていた。

 美咲の父は朔弥に深く頭を下げた。


「朔弥くん……本当に……ありがとう……!」

「い、いえ……俺は……レオンがいなかったら……」


 朔弥が言いかけたところで、レオンが静かに微笑んだ。


「朔弥が……雫を守ったんだ。胸を張れ」


 その言葉は優しく、朔弥の胸の奥にまっすぐ届いた。


 朔弥の父がレオンに向き直り、深く頭を下げた。

 その動きには、父親としての感謝と安堵、そして言葉では言い尽くせない重みが宿っていた。


「レオンくん……息子を、雫ちゃんたちを……守ってくれて……本当にありがとう」


 レオンは一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。

 感謝されるという行為に、まだ慣れていないような表情。

 その反応は、彼がどれほど孤独な戦いを続けてきたのかを静かに物語っていた。


 だがすぐに、柔らかな微笑みが浮かぶ。


「俺は……勇者です。人を守るのは……当然のことです」


 その言葉は誇りに満ちているのに、どこか寂しさが滲んでいた。


「レオン……ありがとう。俺……絶対に忘れない」

「……こちらこそ。君たちに……救われた」


 朔弥のまっすぐな言葉に、レオンはそっと手を伸ばし、朔弥の頭に置いた。


 家族たちが家に入り、街に静けさが戻る。

 夜風だけが優しく吹き抜けた。


 レオンは夜空を見上げた。

 星が瞬き、雲の切れ間から月が顔を出す。

 その光は、戦いの終わりを祝福するように柔らかかった。


(……この世界を……守らなければ……俺は……まだ終われない……)


 胸の奥で、黄金の鼓動が静かに鳴る。

 その音は、誰にも聞こえないはずなのに、まるで夜空にまで響いているかのようだった。


 レオンの瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


 その横顔は、少年ではなく――

 勇者そのものだった。

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