第16話:深影の前触れ
階段を降りるたび、空気がひんやりと肌にまとわりついてくる。
湿った風が頬を撫で、足音が洞窟の奥へ吸い込まれるように響いた。
朔弥は暗がりの先を見つめながら小さく息を吐き、優斗が肩を回しながらいつもの調子で返す。
「今度の階層はどんなだろうな……」
「まぁ、ロクなもんじゃない事だけは確かだな」
「……見えたよ、みんな」
美咲が前方を指さした。
階段を降り切り、四人は41階層へと踏み入った。
―第41階層:洞窟―
優斗が辺り光景を見て目を丸くした。
「うぉ、なんだーこれ? なんか急に普通じゃね?」
朔弥は周囲を見回す。
岩壁、湿気、反響する水滴──
どう見てもただの洞窟だ。
「洞窟だな……」
「洞窟だね……」
美咲も朔弥の言葉に呟いて答える。
レオンは洞窟の壁に手を触れ、静かに息を吐いた。
「幻覚……ではなさそうだ」
優斗がそんなみんなを見て笑いかけ、美咲が少し肩の力を抜いて話した。
「まぁ、普通なら普通でいいじゃん。探索が楽になるよな」
「わたしもちょっと気持ちが楽かも」
だが、朔弥は眉を寄せたまま、洞窟の奥を見つめる。
それに対して優斗は軽く首を傾げた。
「でも……なんか変じゃね?」
「んー? そうか?」
レオンは聖剣の柄に手を添えたまま、短く話しかけた。
「いずれにせよ、警戒するに越したことない。気を付けて進もう」
そうして四人は歩き出す。
洞窟は静かで、普通で、けれど──
何かが確かに違う。
通路は分岐もなく一本道の様だ。
4人はひたすらその通路を前へと進んだ。
辺りは相変わらずの洞窟で、景色は変わらない。
暫く進み長い通路を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
天井は10メートルはあるだろうか。
洞窟とは思えないほど広い空間が、ぽっかりと口を開けている。
それを見た優斗が思わず声を漏らす。
「急に広い所に出たな」
朔弥は周囲を見回しながら肩をすくめ、朔弥の言葉に美咲は苦笑する。
「魔物がうじゃうじゃいたりしないよね……?」
「それは嫌だなー……」
そんな3人の言葉を遮るように、レオンが一歩前に出た。
その視線が、広間の中央で揺れる影に吸い寄せられる。
「……待て。何かいるぞ」
広間の中央では、影が盛り上がり岩壁を押し割るように巨体が立ち上がった。
ゴゴゴ……ッ。
――影喰いオーガ。
灰黒色の皮膚。
濁った紫の片目。
本体より太い影が、地面にべったりと張り付いている。
朔弥がその巨体を目にし、言葉を漏らした。
「……でけぇ……」
レオンは注意深く観察をしながら、低く呟いた。
「オーガか……いや、少し違う。影を喰っている……」
優斗が口角を上げ刀を構えると、美咲が両手を胸の前で組み気合を入れた。
「よし、サクッとやるか」
「支援入れるね!」
レオンが3人の顔を見て短く言葉を伝える。
「用心しろよ」
グォォォォォッ!!
その時、影喰いオーガがこちらに気が付いて咆哮をあげた。
そして、四人は同時に動く。
先行したのは美咲。
白杖を掲げ、詠唱を始める。
「《聖励》!」
聖なる光がみんなの身体を包み込み、力を底上げしていく。
光を受け取った直後、優斗が影喰いオーガ目掛けて一直線に飛び込む。
「《武威解放》!」
床石を蹴った瞬間残像が走り、吹き上がるオーラに空気が裂ける。
その動きに合わせるように、朔弥が詠唱を重ねる。
「《雷光》!」
青白い雷がオーガの肩口を撃ち抜き、巨体がわずかに揺れた。
同時に優斗の斬撃が、影喰いオーガの腕を切り裂く。
レオンが最後尾から静かに踏み込むと、その一歩だけで空気が震えた。
「……終わりだ」
レオンは一瞬でオーガの懐に入り、聖剣の一撃が胸奥を貫いた。
ズバァァァァァッ!!
ドズゥゥゥン……ッ。
影喰いオーガの巨体が崩れ落ち、砂煙が舞い広間が静寂に包まれた。
朔弥が息を吐き振り返って話し出すと、優斗は刀を肩に担ぎ、笑いかけた。
「……俺ら、強くなってるよな」
「だな。前なら絶対もっと苦戦してた」
美咲は胸に手を当てほっと息をつく。
「よかった……無事で……」
レオンは何も言わず、ただわずかに頷いた。
その頷きだけで、十分だった。
探索は順調に進み、下層へ向かう階段を見つけた。
階段を降りると、空気がさらに冷たくなる。
湿気が肌にまとわりつき、洞窟の匂いが濃くなる。
新たな階層、42階層に足を踏み入れた瞬間朔弥は思わず立ち止まった。
―第42階層:洞窟―
(……なんだ……?)
通路は41階層と変わらない。
だが──
音が、少しだけズレていた。
ポタ……ポタ……
水滴の音が、半拍遅れて返ってくる。
その状況に朔弥は眉を寄せ、美咲も小さく頷いた。
「……やっぱりなんか変な感じするんだよな」
「……うん、私もそんな気がしてきた……」
優斗は2人の会話を聞いて肩をすくめる。
「気のせい……じゃねぇ気がしてきたな……」
レオンも違和感は感じているが、前を見据えたまま3人に告げた。
「空気が歪んでいる? ……それでも進むしかない。行くぞ」
敵は出るが、どれも軽く処理できた。
だが──
倒した魔物の影が、一瞬だけ濃く揺れたみたいだった。
朔弥の違和感は段々と確信に変わりつつあった。
(……気のせい……じゃないよな……)
戦闘、休憩、戦闘、休憩。
そんな単調な繰り返し。
あっさりと階段を見つけた四人は、迷わず下層へ降りていく。
―第43階層:洞窟―
相も変わらず洞窟の景色が続いていた。
その時――
通路を抜けた瞬間広間が広がり、影が濃くなった。
広間の奥に沈む闇が、まるで呼吸しているように揺れている。
優斗がうんざりした顔で言葉を呟くと、朔弥も同意とばかりに小さく息をを吐いて答える。
「またこのパターンかよ……」
「あれが……またいるのか……」
美咲が光を指先に集めると、レオンは3人の前に一歩でる。
「がんばろうね……」
「嘆いても始まらない。居るなら倒さなければ先に行けないからな」
広間の中央で、影が三つ盛り上がった。
影喰いオーガが3体現れた。
優斗が刀を抜きながら笑うと、朔弥も魔力を練りながら苦笑する。
「おいおい……3体かよ……まぁ、1体ずつなら悪くねぇな」
「……やるしかねぇか」
レオンは状況を見て3人に短く指示を出した。
「1体ずつ受け持て。美咲は全員を見て支援だ」
「うん……任せて!」
美咲が白杖を握りしめ頷くと、3体の咆哮が広間を揺らした。
グォォォォォッ!!
グォォォォォッ!!
グォォォォォッ!!
その瞬間、四人は散開した。
優斗が真っ先に影喰いオーガに飛び込んでいく。
「お先ぃー!」
影喰いオーガの影が揺れ、影喰いで周囲の影を吸い込み始めた。
筋肉が膨張し、皮膚が硬化する。
それを見た優斗が目を見開く。
「おいおい、こいつ影食ってるのか!?」
影喰いオーガは優斗と向かい合い、拳を叩きつけてくる。
それは、通常の速度を軽く上回っていた。
「速さまで上がるのかよ!」
ドオォォンッ!!
オーガの拳が迫るが、優斗は拳の軌道を見切り紙一重でかわす。
「甘いぜ!」
それを見ていた美咲から声が飛ぶ。
「優斗くん、《聖励》!」
「サンキュ、美咲!」
聖なる光が優斗の身体を包み込んだ。
優斗は地を蹴り、影喰いオーガの側面に回り込む。
「これならどうだ! 《一閃斬》!」
ガキィィィンッ!!
「硬すぎだろ、こいつ」
硬化した皮膚は鋼の様に硬くなっており、優斗の手が軽く痺れを感じていた。
だが、優斗は影喰いオーガに向かい、笑みをこぼす。
「なら……これで終わりだ! 《嵐舞斬》!!」
風を纏って舞うように動く優斗。
白い斬撃が連続して走り、体中を切り裂いた。
ズババババッ!!
致命傷を貰った影喰いオーガは動かなくなり、巨体が崩れ落ちる。
「よっし!」
その頃、朔弥の前の影喰いオーガは、洞窟の壁や天井を殴りつけていた。
ドガガガガッ!!
――洞窟破砕
朔弥に向って落石が雨のように降る。
「ひー、なんて力だ……!」
朔弥は走りながら詠唱を試みるが──
「これでもくらえ! ライト……!」
ドガガガッ
「アブねっ! くそー詠唱できねぇ!」
ドガガガッ
ドガガガッ
「わ、わ、ヤバいって……!」
朔弥の隙をつき、影喰いオーガの腕が横から迫った。
(まずい、避けれない──!)
その瞬間、美咲の声が朔弥に届く。
「朔弥くん! 《聖護》!」
バキィィィンッ!!
聖なる光盾が朔弥の横に展開し、影喰いオーガの腕を弾き飛ばした。
「助かった、美咲!」
朔弥が怒りのまま詠唱を叩き込む。
「頭来た……! 《火弾》5連!!」
ボッ、ボッ、ボッ、ボッ、ボッ!!
火弾が連続で影喰いオーガの顔に炸裂し、動きが止まった。
「続けていくぞ……!」
「《炎雷衝》!!」
バリバリィィィッ!!
ドッカァァァンッ!!
炎をまとった雷撃が一直線に飛ぶ。
まともにくらった影喰いオーガが、壁に叩きつけられて動かなくなった。
朔弥は立ち止まり、静かに息を吐く。
「俺の勝ちだ!」
そしてレオンもまた、朔弥たちと同様に影喰いオーガと対峙していた。
影喰いオーガは、影腕を三方向から伸ばしてきた。
ガァァンッ!!
ガンッ!!
ガキィィンッ!!
だかレオンは聖剣を振るい、すべてを跳ね返す。
「実体のある影の攻撃か……」
間髪入れずに影喰いオーガの右腕がレオン目掛けて振り下ろされ、それと同時に影腕が逆の左側から迫ってきた。
ドゴドゴォォンッ!!
レオンは左右から同時に来た攻撃を、軽々とかわす。
「そんな攻撃は効かない」
レオンは半歩下がり、聖剣を構えなおした。
「《聖剣解放》」
聖剣がレオンに応えるように光を帯びると、迸る光がレオンの身体を包み込んだ。
空気が震える。
「《光刃連撃》!」
ズバババババッ!!
光の如く早い斬撃が連続して走り、影腕ごと斬り裂いていく。
影喰いオーガは全ての斬撃をくらい、後ろに倒れ動かなくなった。
レオンは聖剣を鞘に納め、静かに息を吐く。
「……ふぅ」
3体の巨体が倒れ、広間に静寂が戻った。
レオンが周囲を確認しながら3人に声をかける。
「みんな、大丈夫か?」
朔弥が荒い息を整えながら答えると、優斗は刀を担ぎながら笑って答えた。
「……はぁ……なんとか……なんか走ってばっかりだ……」
「いや、俺らマジで強くなってるわ」
美咲が安堵するように、胸に手を当てながら返事をした。
「みんな……怪我なくてよかった……」
レオンは三人の無事を確認すると、満足そうに頷いた。
そして、下層へ向かう階段があるだろう方向を見据える。
「……さぁ、階段を探すぞ」
暫く探索を続け、下層への階段を見つけた。
階段を降りている途中から、辺りの空気が変わった感じがした。
冷たい──ではない。
重い。
―第44階層:洞窟―
44階層に足を踏み入れた瞬間、四人は立ち止まった。
そこは、音が消えていた。
足音も響かない。
呼吸の音すら洞窟に吸い込まれていく。
優斗が小声で呟くと、美咲が何かを感じ取っているのか、腕を抱え小刻みに震えていた。
「……敵いねぇのは助かるけどよ……なんか嫌な感じだな」
「……ここ、怖い……音が……全部、沈んでいくみたい……」
辺りに漂う影が、濁った紫を帯びて揺れている。
朔弥が苦しそうに喉を押さえると、レオンが気配感知を使い辺りを調べ、静かに言った。
「……空気が……重い……なんか……ここだけ違う……」
「……妙だな。魔物の気配がまったくない。あまりにも不自然だ」
それでも、進むしかない四人は奥へ、奥へと足を進めていく。
洞窟の奥へ進むと、急に視界が開けた。
そこは広間──
その中央に、ぽっかりと階段が口を開けている。
朔弥がいち早く見つけて呟くと、美咲が不安を顔に出さないよう、小さく頷いた。
「……あった……階段……」
「次は……45階層……」
レオンは階段の前に立ち、闇を見つめた。
「……行くぞ」
誰も反論しない。
ただ、息を整え、覚悟を決める。
四人は下層への階段を進み始めた。
無音の空間が、背後でゆっくりと閉じていくような感じがした。




