第14話:終幕の閃光
ガァァァァァァッ─!!
ダークミストの身体から、黒い霧が爆発のように四方へ広がった。
それは炎でも雷でもない。
ただの霧でもない。
闇そのものが衝撃波になった──
そんな異質な破壊だった。
床が揺れ、壁が軋み、空気が悲鳴を上げる。
「やべぇ……!!」
優斗は反射的に走り出した。
だが、爆発の速度が速すぎた。
「マジかよ……っ!」
朔弥は腕で顔を庇い、防御姿勢を取るしかない。
美咲の震える声が響く。
「危ない──《聖護》!!」
だが──間に合わない。
レオンが美咲の前に飛び込み、全身で彼女を庇った。
「美咲、伏せろ!!」
ドォォォォォォォン!!
爆発が四人を襲った。
「ぐはっ……!」
「うわぁぁぁっ!」
「……っ……!」
「きゃあああああ!!」
黒い衝撃波が身体を叩きつけ、視界が白く染まる。
優斗と朔弥は床を転がり、動けなくなった。
レオンは美咲を抱きかかえたまま膝をつき、肩で息をしている。
美咲は震える声で呟いた。
「あっ……あ……み、みんな……!」
レオンは苦しげに息を吐きながらも、美咲の肩に手を置いた。
「……落ち着け……美咲……」
その声に、美咲の胸の奥で何かが弾けた。
(……私……守らなきゃ……みんなを……今……私が……!)
美咲は杖を強く握りしめ、涙をこぼしながら叫んだ。
「《範囲治癒》!!」
パァァァァァァァァ──ッ。
柔らかな光が玉座の間に広がり、優斗と朔弥の身体を包む。
二人はゆっくりと身体を起こした。
優斗は胸を押さえ、苦笑しながら息を吐く。
「……いてぇ……けど……助かったぜ、美咲……」
朔弥は痺れる腕をさすりながら、息を整えた。
「死ぬかと思った……マジで……サンキューな、美咲……」
美咲は涙を拭い、震えながらも微笑んだ。
「……よかった……ほんとに……」
レオンは美咲の肩に手を置き、静かに頷く。
「よくやった、美咲。お前のおかげで立て直せた」
そして、レオンはゆっくりと立ち上がり、聖剣を構え直した。
爆発を受けたとは思えないほど、その姿は揺るぎなかった。
「さぁ──反撃といくぞ」
その声に、三人の表情が一気に引き締まる。
「「「おぉぉーーー!!」」」
ダークミストは、濁影爆の直後で一瞬だけ弱体化していた。
霧の密度が薄れ、身体の輪郭が揺らいでいる。
優斗が刀を構え、朔弥が魔力を練り、美咲が杖を握りしめる。
三人の呼吸が、自然とひとつに揃った。
朔弥が声を張る。
「合わせるぞ、美咲!」
「うん!」
朔弥の右手に炎が集まり、美咲の杖先には柔らかな光が宿る。
二つの魔力が、まるで呼応するように脈打った。
「《聖なる矢》!」
「いっけぇぇ! 《火槍》!」
光と炎が一直線に走り、霧の身体を焼き、浄化し、抉り取る。
ダークミストの目が揺れた。
怒りか、焦りか──
それとも、初めて味わう恐怖か。
レオンの声が鋭く響く。
「ナイスだ、二人とも! 優斗、行くぞ!」
「任せろ!」
優斗は刀を握り直し、前へ踏み込んだ。
美咲は二人の背中に向けて、祈りを込めるように杖を胸元へ抱き寄せた。
(……お願い……二人とも……! 私の光が……届きますように……!)
光が、彼女の指先で静かに揺れた。
「その輝きは仲間を包み、力を満たし、心を守る盾となる。闇を退け、希望を灯し──ここを聖なる領域へと変えよ……!」
「《光祝福陣》!」
光の陣が展開され、優斗とレオンの身体を包む。
空気が変わった。
霧の圧が、わずかに後退する。
優斗はその変化を肌で感じた。
(……いける……!)
レオンは聖剣を構え、霧の中へ踏み込む。
「飛べ、光刃──《光刃飛翔》!」
光刃が霧を裂き、玉座の間の中央に光の筋が生まれた。
黒い霧が左右へ弾け飛び、空気が一瞬だけ澄む。
その瞬間──
世界が静止した。
霧が止まった。
音が消えた。
空気が凍りついた。
優斗だけが、その静寂の中で動いていた。
レオンが振り返らずに叫ぶ。
「今だ──優斗!!」
優斗は刀を鞘に納めた。
カチリ──。
その小さな音が、玉座の間全体に響いたように感じた。
胸の奥で、何かが噛み合うように光る。
(……いまなら──出来る)
美咲の光が優斗を包む。
その光は、優斗の背中をそっと押すように温かい。
朔弥の炎が霧を裂く。
その熱は、優斗の足元を照らすように力強い。
レオンが作った光の道が、優斗の前へまっすぐ伸びている。
三人の力が、優斗の背中を押していた。
優斗は、ゆっくりと前へ踏み出した。
一歩。
また一歩。
霧が、優斗の足元で逃げるように揺れる。
ダークミストの目が、赤く大きく揺れた。
怒りでも、焦りでもない。
──恐怖。
優斗は静かに息を吸い、刀の柄に手を添えた。
「……行くぞ……これで終わりだ……」
踏み込み。
世界が、一瞬だけ白になった。
優斗の身体が霞のように揺れ、次の瞬間には──
ダークミストの懐にいた。
霧が反応するより早く、優斗の右手が動いた。
抜刀。
光。
閃光。
「《閃光抜刀》──ッ!!」
音が遅れて届いた。
霧が裂け、空気が震え、玉座の間に光の線が走る。
ダークミストの身体は、左右にゆっくりと割れたまま静止していた。
赤い目が、最後にひとつだけ揺れた。
ゆらり──。
それは怒りでも、憎しみでもなかった。
ただ、終わりを悟った生き物の静かな揺らぎだった。
次の瞬間──
パリン。
小さな音が響いた。
霧の影核が砕けた音だった。
それを合図に、ダークミストの身体は霧となり、ゆっくりと、本当にゆっくりと崩れ落ちていく。
黒い霧が床に触れる前に、光に溶けるように消えていった。
まるで、最初から存在しなかったかのように。
霧が消えると同時に──
玉座の間に光が戻った。
天井の魔石灯が、ようやく本来の輝きを取り戻す。
優斗は刀を下ろし、大きく息を吐いた。
「……はぁ……終わった……」
その声は、戦いの緊張が一気に抜けた声だった。
朔弥はその場にへたり込み、両手をついて肩で息をした。
「はぁ……はぁ……マジで……死ぬかと思った……」
美咲は胸に手を当て、涙をこぼしながら笑った。
「……よかった……みんな……無事で……」
レオンは聖剣をゆっくりと下ろし、深く息を吐いた。
「……よし。20階層──突破だ」
その声は、静かで、重くて、どこか誇らしげだった。
優斗は天井を見上げた。
光が眩しい。
さっきまでの暗闇が嘘のようだ。
「……ふぅ……やっと……終わったな……」
朔弥は笑いながら、優斗の肩を軽く叩いた。
「お前の最後の一撃……マジでやべぇって……!」
美咲は涙を拭いながら、優斗の隣に立った。
「優斗くん……すごかった……ほんとに……」
レオンは三人を見渡し、静かに頷いた。
「よくやった。全員で勝ち取った勝利だ」
四人の影が、晴れた光の中で揺れた。
その影は、どこか誇らしく、どこか温かかった。
そして──
新しい階層へ続く扉が、静かに光を放ち始めた。




