第13話:霧が爆ぜる前に
「……まぁ、みんな見てろ!!」
その声は震えていた。
だが──
その震えの奥に、確かな覚悟があった。
(とは言ったけど……いや、弱気になるな……俺なら出来る……! 火と雷……両方を……同時に……!)
朔弥は両手を広げる。
左手に火の魔力。
右手に雷の魔力。
二つの属性が腕の中で反発し合い、空気が震えた。
バチッ──!
火と雷がぶつかり、朔弥の身体が一瞬のけぞる。
「っ……くそ……暴走すんなよ……!」
美咲が息を呑む。
「朔弥くん……」
レオンは目を細め、朔弥の魔力の流れを読む。
(……あれは……複合魔法……? まさか、自力で……)
優斗は拳を握りしめ、朔弥の背中を見つめた。
「……やれ、朔弥……!」
朔弥は歯を食いしばり、魔力を均等に練り上げていく。
火の熱。
雷の鋭さ。
二つの魔力が胸の奥でひとつに重なった。
(……均等になった……!)
「行けぇぇぇ!! 《炎雷衝》!!」
バチチチッ──!
ゴオォォッ──!
炎をまとった雷撃が一直線に走り、霧の柱へ突き刺さる。
次の瞬間──
ドォォォォン!!
霧の柱が大きく揺れ、暗闇が一気に薄れた。
黒い霧が後退し、玉座の間に光が戻る。
朔弥は肩で息をしながら、震える声で笑った。
「……やった……成功した……!」
その声には、安堵と興奮と、信じられない気持ちが混じっていた。
優斗が目を見開き、美咲は胸に手を当て瞳を潤ませながら微笑む。
「おぉ……見える……!」
「朔弥くん、すごい……!」
レオンはわずかに目を細め、心の中で静かに評価した。
(……自力で複合魔法に辿り着くとは……やるな、朔弥)
霧の柱は、まだ完全には壊れていない。
だが──
確実にひびが入った。
そのひびは、霧の奥に潜む心臓の鼓動を乱すように、淡く脈打っている。
その瞬間、ダークミストの目が赤く大きく揺らいだ。
怒りか。
焦りか。
それとも──
自分の心臓を傷つけられた痛みか。
霧がざわりと波打ち、玉座の間の空気が再び重く沈む。
優斗が息を呑む。
「……なんだ……空気が……変わった……」
朔弥は膝に手をつき、肩で息をしていた。
「はぁ……はぁ……くそ……魔力……まだ回復してねぇ……」
美咲が駆け寄ろうとした瞬間、レオンが手で制した。
「来るぞ──構えろ!」
その一言と同時に──
霧が刃になった。
音もなく、形もなく、ただ黒い霧が凝固し、鋭い斬撃となって空間を裂く。
最初の一撃は、美咲の胸元を正確に狙っていた。
「──っ!」
美咲が息を呑むより早く、レオンの声が鋭く飛ぶ。
「下がれ!」
ガギィィィィン!!
レオンが美咲の前へ飛び込み、聖剣で霧の刃を受け止めた。
衝撃が床に響く。
霧の刃は金属ではないはずなのに、確かな重さを持っていた。
レオンの腕がわずかに沈む。
「……っ、重い……!」
美咲は震える手でレオンの背中にしがみつく。
「レオンくん……!」
「大丈夫だ、美咲。離れるな」
レオンの声は低く、しかし揺るがない。
だが──
攻撃は一撃では終わらなかった。
黒い霧が再び凝固し、今度は連撃となって襲いかかる。
ガンッ!
ギィン!
ガギィィィン!
レオンは美咲を背に庇いながら、次々と迫る影霧刃を弾き続けた。
その姿は、まさに盾だった。
仲間を守るために立つ、揺るぎない壁。
遠くから朔弥の声が飛ぶ。
「レオン! 美咲! 大丈夫か!」
美咲はレオンの背中にしがみついたまま、震える声で答える。
「う、うん……レオンくんが……全部……!」
「気にするな!」
レオンは刃を弾きながら叫ぶ。
「優斗、朔弥! 攻撃に回れ!」
その声に、優斗の目が鋭く光った。
「……ああ、任せろ!」
霧の刃が優斗にも迫る。
だが──
優斗の身体が、一瞬だけ霞のように揺れた。
――《見切りの極意》
暗闇が薄れたことで、優斗の感覚が完全に戻っていた。
霧の刃が頬をかすめる。
しかし優斗は、その軌道をすでに読んでいた。
「遅ぇよ……!」
すれ違いざま、紅牙が霧の身体を斬り裂く。
霧が裂ける音はなかった。
ただ、空気が震えた。
霧が散り、ダークミストの目がわずかに揺れる。
朔弥も走りながら火弾を撃ち込んだ。
「くらえ! 《火弾》!」
ボッ! ボッ! ボッ!
霧の身体に火が当たるたび、黒い霧がわずかに後退する。
美咲は震える手で杖を握りしめ、仲間の背中に光を送る。
「朔弥くん、優斗くん……! 《聖護》!」
淡い光の膜が二人を包み、霧の刃の威力をわずかに削ぐ。
レオンは美咲を背に、迫る影霧刃を弾きながら叫んだ。
「押し返せ! 今は攻め時だ!!」
霧の柱は、まだ完全には壊れていない。
だが──
確実に弱っている。
そして、ダークミストの霧がざわりと揺れた。
次の瞬間──
霧の柱が、ついに大きくひび割れた。
ピシィ……ッ。
その音は、まるでガラスが割れるような鋭さだった。
だが、割れたのはガラスではない。
霧だ。
優斗が息を呑む。
「……今の、音……霧が……割れた……?」
朔弥は肩で息をしながら、ひび割れた柱を見て目を見開く。
「はぁ……はぁ……マジかよ……霧って……割れるのかよ……」
美咲は震える声で呟いた。
「……あれ……壊れかけてる……」
霧の柱は、ひび割れた部分から黒い霧を噴き出し、まるで血を流しているように見えた。
その霧が、ダークミストの身体へと吸い込まれていく。
吸い込まれるたびに、ダークミストの目が赤く脈打つ。
ゆらり。
ゆらり。
レオンは霧の揺れを読み取りながら低く呟く。
「……効いている。確実に……」
その瞬間だった。
ダークミストの身体が、ぐにゃりと歪む。
霧が渦を巻き、形が崩れ、再び固まる。
そのたびに輪郭が濃くなり──
ついに、半実体化した。
「……っ、なんだ……これ……!」
優斗の声が震える。
視界に映るダークミストは、もはや霧だけではなかった。
「うわ……気持ち悪……!」
朔弥が顔をしかめる。
その反応は、嫌悪ではなく本能的な危険察知だった。
美咲は思わずレオンの腕を掴む。
「レオンくん……あれ……!」
レオンは目を細め、ダークミストの身体を見据えた。
霧の身体は、確かに変質していた。
輪郭が濃くなり、腕や脚の形がはっきりし、胸部には影核のような黒い渦が脈打っている。
霧の柱が弱ったことで、本体が実体を帯び始めたのだ。
「……実体化しているのか。なら──ここからが勝負だ!」
レオンの声が低く響いた瞬間、ダークミストの目が赤く大きく揺れた。
霧がざわりと逆流し、玉座の間の空気が一気に震える。
優斗は刀を握り直し、息を整える。
「……来るな……これ……」
朔弥は膝に手をつきながらも、前を見据えた。
「はぁ……はぁ……まだ……やれる……!」
美咲は震える手で杖を握りしめ、仲間の背中を見つめる。
(……みんな……絶対に……守る……!)
霧が渦を巻き、ダークミストが腕を広げた。
その動きは、先ほどまでの霧の揺れとはまったく違う。
重い。
確かな質量を持っている。
実体化したことで、攻撃が本物になる。
レオンは聖剣を構え、低く、短く告げた。
「──来るぞ」
次の瞬間──
霧が爆ぜた。




