↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
122/128

第10話:境界の部屋

 城の奥へ進むほど、霧の色が濃くなっていく。

 壁に沿って流れていた霧は、いつの間にか天井から降り注ぐように落ちていた。


 優斗が足を止め天井を見上げると、朔弥は肩をすくめ霧を手で払った。


「……なんだよ、これ……雨みたいに降ってきてるじゃねぇか……」

「霧って上から降るもんだっけ……? 気持ち悪ぃ……」


 美咲は胸元で杖を握りしめ、震える声で言う。


「……濁りが……すごく濃い……ここ……源が近い……」


 レオンは静かに頷き、前方を見据えた。


「この階層の中心に向かっている。気を抜くな」


 その時、通路の先が急に開けた。


 天井は高く、闇の奥から霧が絶え間なく落ちてくる。

 床には朽ちた赤い絨毯、壁には壊れた燭台と倒れた甲冑。

 かつて城だった名残が、霧の中にぼんやりと浮かんでいた。


 優斗がその光景に息を呑む。


「……広いな……ここ……」


 その瞬間──


 ガシャッ……ガシャッ……ガシャッ……


 金属を引きずるような音が霧の奥から響き、朔弥が顔をしかめる。


「……嫌な音だな……」


 霧の中から、鎧の影がゆっくりと立ち上がった。

 輪郭が揺らぎ、剣を引きずりながら四人へ向かってくる。

 美咲は震える声で呟いた。


「……騎士……みたい……でも……人じゃない……」


 レオンが聖剣を構えると、優斗も前へ踏み込み、刀を構えた。


「警戒しろ! 来るぞ!」

「おう! 行くぞ──!」


 騎士の影が一斉に襲いかかってくる。


 ガキィィン!!


 優斗が騎士の剣を受け止めると火花が散った。


「っ……重っ……!」


 優斗の横に回り込んだ朔弥が魔法を放つ。


「《火弾ファイアバレット》! 連射──!!」


 バンッ! バンバンバンッ!!


 火弾が霧を裂き、騎士の影を吹き飛ばした。

 次の瞬間、美咲は震える息を整え杖を構え、


「……っ、いくよ……! 《聖なる矢(ホーリーアロー)》──!!」


 純白の光が矢となり、霧を貫いて騎士の胸部へ突き刺さる。

 濁影の鎧が大きく揺らぎ、黒い濁りが一気に剥がれ落ちた。

 レオンはその隙を逃さず斬り込む。


「──はっ!」


 ザシュ!


 影が霧となって崩れ落ちた。

 だが──

 霧が床に触れた瞬間、亡霊のような影が複数体ゆらりと立ち上がった。


 朔弥が叫び、美咲が震えた声で言う。


「おいおいおい……連戦かよ……!」

「……気配が……まだ消えてない……!」


 レオンが辺りを見渡し冷静に告げると、優斗が剣を構え直す。


「落ち着け。数は多いが、質は先ほどより低い」

「だったらまとめて倒すだけだ!」


 そして、影が一斉に襲いかかってきた。

 それを優斗が斬り伏せ、朔弥の火弾が霧を裂き、美咲が杖を掲げて応戦する。


「……っ、もう一度……! 《聖なる矢(ホーリーアロー)》──!!」


 シュバッ! シュバッ!


 光の矢が連続で放たれ、亡霊の影を貫くたびに濁りが弾け飛ぶ。

 最後の一体の胸部に光矢が突き刺さり、影が悲鳴もなく霧へと溶けていった。


 レオンが聖剣を下ろし静かに告げると、美咲は胸元を押さえほっと息を吐いた。


「……見事だ、美咲。今のが決め手になったな」

「……よかった……ちゃんと……届いた……」


 最後の亡霊が霧へと溶け落ちた瞬間、大広間の空気が変わった。

 さっきまで天井から降り注いでいた霧が、まるで糸が切れたように動きを止める。

 ふわり、と。

 霧が宙に浮いたまま、静止したように見えた。


 優斗が息を吐き、刀を下ろす。


「……終わった……のか……?」


 朔弥は肩で息をしながら、周囲を見回して眉をひそめる。


「……なんだよ、この静けさ……さっきまであんなに騒がしかったのに……」


 美咲は胸元を押さえ、震えるように小さく息を吸った。


「……霧の……気配が……消えてる……でも……それが逆に……怖い……」


 霧は薄い。

 薄いのに、重い。

 重いのに、動かない。


 まるで大広間そのものが息を潜め、四人を観察しているような静けさだった。

 レオンは聖剣を軽く払ってから、静かに言葉を落とす。


「……気を抜くな。静寂というのは……時に、騒音より不気味だ」


 その声すら、大広間の闇に吸い込まれていく。


「……なんか……変だよな。戦いが終わったって感じじゃねぇ……次が来る気配もねぇ……」


 優斗の言葉に朔弥が苦笑しながらも、どこか怯えたように言う。


「いや、むしろ……来ないってのが一番怖ぇんだよ……ダンジョンって、普通こういう静けさ作らねぇだろ……?」


 美咲は杖を握りしめたまま、大広間の奥を見つめる。


「……濁りが……一度……引いてる……でも……完全に消えたわけじゃない……奥に……まだ……何かが……」


 レオンはその言葉に頷き、静かに歩き出した。


「……行こう。この静寂は……次の段階への合図だ」


 四人はゆっくりと歩き出す。

 足音が、やけに響く。

 霧のない空間を歩いているような錯覚すらあった。

 大広間の奥へ進むほど、静寂は深く、濃く、重くなっていく。

 まるで──

 世界そのものが、四人の侵入を待っている。


 静寂の大広間を抜け、四人は奥へと進んだ。


 暫く進むと、崩れた柱の影にひっそりと宝箱が置かれていた。

 古びた木箱。

 金属の縁は錆び、鍵穴は黒く歪んでいる。


 優斗がその箱に目を輝かせると、朔弥は肩をすくめ霧を払いながら近づいていく。


「……お、宝箱じゃん。やっと運が向いてきたか……?」

「こんな場所にポツンとあるとか……逆に怪しいけどな……」


 美咲は胸元を押さえ、宝箱をじっと見つめた。


「気配は……ある……でも、魔物の気配じゃない?……ちょっとよく分からないかな……」


 優斗が手を伸ばそうとした瞬間、レオンがその腕を掴んだ。


「やめておけ」

「え、なんで──」


 レオンは宝箱を見据えたまま言った。


「それは……ミミックだ」


 その言葉と同時に──


 ガバァッ!!


 宝箱の蓋が跳ね上がり、歯がむき出しになった。

 朔弥が悲鳴を上げる。


「うわああああああああ!! やっぱりかよ!!」


 ミミックが跳ね上がり、優斗へ噛みつこうと迫る。

 優斗が咄嗟に刀を振り下ろし、朔弥の火弾が横から飛び、美咲の聖なる矢が霧を貫いて突き刺さる。

 レオンが最後に一閃を加え、ミミックは霧のように崩れ落ちた。


 優斗が胸を押さえ、大きく息を吐き、朔弥が肩を落とす。


「……心臓に悪ぃ……宝箱見るたび疑うようになるわ……」

「俺もう……宝箱恐怖症になる……」


 美咲は胸元を押さえ、ほっと息をついた。


「……でも……無事でよかった……」


 レオンは静かに聖剣を収めた。


「不用意に触れるな。ダンジョンでは……宝箱にも用心が必要だ」


 霧が静かに流れ、ミミックの残滓を飲み込んでいく。

 そして四人は更に奥へと進んだ。

 通路はどれも霧で満ちている。

 壁の隙間からも、床の割れ目からも、絶えず霧が滲み出ていた。


 だが──

 その中に、ひとつだけ異質な扉があった。


 朔弥が眉をひそめる。


「……なんだ、この部屋……霧が……流れ込んでねぇ……?」


 優斗が扉に手をかけ、ゆっくりと押し開ける。


 ギィ……ッ


 扉の向こうは──

 霧が一切ない空間だった。

 美咲が驚いたように息を呑む。


「……空気が……軽い……ここだけ……普通の世界みたい……」


 部屋は広く、家具は朽ちているが形は残っている。

 古いベッド、壊れた机、壁には色褪せた絵画。

 暖炉があり、薪を入れれば火がつきそうだった。


 優斗が部屋の中央に立ち、深く息を吸う。


「……ほんとだ……霧の匂いがしねぇ……ここだけ別世界みたいだ……」


 朔弥が天井を見上げる。


「魔物の気配もねぇ……なんだよここ……安全地帯か……?」


 レオンは部屋の空気を確かめるように歩き、静かに言った。


「……セーフエリアだな。魔物同士の縄張り争いの結果、こういう緩衝地帯が出来るという説もある。まぁ、本当の理由は誰にも分からないが……」


 美咲は胸元を押さえ、ほっとしたように微笑んだ。


「……ここなら……休める……ちゃんと……息ができる……」


 優斗が床に大の字に寝転がって言うと、朔弥も床に座り込み天井を見上げて笑った。


「はぁー助かる……ほんとに……ここで一回、体勢立て直そうぜ」

「俺もう……ここに住みてぇ……」


 レオンは暖炉にストレージから出した薪を入れ、着火イグナイトで火を灯しながら静かに言った。


「休める時に休め」


 霧のない静かな部屋に、暖炉の火が柔らかく揺れた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。