第4話:光と雷の反撃
影狼が飛び出した瞬間──
空気が裂けた。
音は生まれない。
ただ、空気が圧で歪み、胸の奥が押し潰されるような感覚だけが走る。
レオンは聖剣を構え、真正面から受け止めた。
衝撃は確かにあった。
だが、衝突音はどこにもない。
影が音そのものを呑み込んでいる。
レオンの足元の影が、わずかに沈む。
影が重さを持っているようだった。
「……速い」
低く呟いた声には揺らぎがない。
影狼は一度弾かれると、影の霧へ沈むように姿を消し──
次の瞬間、優斗の背後に現れた。
空気が揺れたわけでも、足音がしたわけでもない。
ただ、そこに出現した。
優斗の見切りが反応する。
だが、追いつかない。
――影走り
影から影へ、痕跡すら残さず移動する異質な動き。
優斗が横へ跳ぶ。
だが、影狼の爪が影を裂き、優斗の影を踏みつけた。
影が影を掴む。
優斗の身体が止まる。
足が、影に縫い付けられたように動かない。
「くそっ……!」
朔弥が叫ぶ。
「優斗、動くな! 《雷光》!」
青白い雷が走り、影狼の影を照らす。
だが──
雷は影に溶けた。
朔弥の目が見開かれる。
「……消えた……!? 雷が……影に吸われた……!」
美咲が息を呑む。
「影の毛皮が……魔法を飲み込んでる……!」
影狼は雷を吸い込みながら、ゆっくりと朔弥へ顔を向けた。
空洞の目が、朔弥を見据える。
その瞬間──
影狼が咆哮した。
音はない。
だが、空気が震え、影が波打ち、胸の奥に冷たい手を差し込まれたような圧が走る。
最初に崩れたのは、美咲だった。
聖女である彼女でさえ、影の咆哮は精神を揺らす。
聖域の光が一瞬だけ揺らぎ、その揺れが胸の奥へ響く。
優斗は刀を握ったまま膝をついた。
手が震え、柄が汗で滑りそうになる。
視界の端が暗く染まり、影がじわりと広がって見える。
朔弥は魔力の流れが乱れ、頭の奥が締め付けられるような痛みに顔を歪めた。
影の咆哮は、魔力そのものを濁らせる。
影狼は、ただの魔物ではない。
精神と魔力を同時に侵す影の獣。
そんな中、レオンだけが踏みとどまっていた。
だが、足元の影が沈み、レオンの足首を掴む。
影が、レオンを引きずり込もうとしていた。
レオンは歯を食いしばり、影を力で引き剥がす。
「……下がれ……!」
だが、影狼は止まらない。
影が伸びる。
黒い触手のように、三人へ迫る。
美咲の聖域が揺らぎ、光が削られる。
「……持たない……っ……光が……削られてる……!」
影が迫る。
影が飲み込む。
影が心を侵す。
優斗の影に触れた瞬間──
優斗の身体がびくりと震えた。
朔弥の影にも触れようとする。
影が伸び、絡みつき、心を削る。
美咲は震える指先で杖を握りしめ、必死に光を強めた。
「……みんなを……守る……っ……!」
だが、影の圧は強すぎる。
聖女の光でさえ、押し返すのがやっとだ。
影狼が影を広げ三人を飲み込もうとした瞬間、レオンの声が響いた。
「美咲──光を強めろ!!」
その声に美咲の瞳が揺れる。
次の瞬間――
光が爆ぜた。
「《聖励》!!」
聖女の光がみんなを包み、影の圧が一瞬だけ後退する。
優斗の震えが止まり、朔弥の魔力が整い、胸のざわつきが薄れていく。
美咲は息を荒げながらも、強い声で言った。
「……まだ……終わってないよ! 影の咆哮……次が来る……!」
影狼の咆哮が止んだあとも、胸の奥に残った影の手は消えなかった。
美咲の聖励で精神は持ち直したが、影の圧は依然として重い。
影狼は影の霧へ沈み──
優斗の真横に現れた。
あまりに一瞬の事過ぎて、優斗の反応が遅れた。
「優斗ーー!」
レオンが割って入ろうとしたが、影狼の爪が先に届いた。
黒い閃光が走り、優斗の身体が吹き飛んだ。
地面を転がり、紅鱗甲が軋む音が響く。
慌てて美咲が駆け寄り、杖を掲げる。
「《上位治癒》!」
白木の癒杖から強い光が溢れ、優斗の身体を包みこむ。
骨の軋みが静かに戻り、裂けた皮膚が閉じ、影の干渉が光に溶けていく。
優斗は荒い息を吐きながら立ち上がった。
「……助かったぜ……美咲……」
美咲は震える声で言う。
「まだ来るよ……! 影の気配が消えてない……!」
その直後──
影狼が再び影へ沈む。
朔弥が手を突き出し構える。
「……来いよ……!」
影が揺れた。
次の瞬間、影狼が朔弥の背後に現れた。
朔弥は振り返りざまに雷を放つ。
「《雷光》!!」
青白い雷が走り、影狼の影を照らす。
だが──
影が雷を飲み込む。
「くそっ、また消えた……!」
影狼が影を広げ、朔弥へ飛びかかる。
だがその瞬間、優斗が間に割って入った。
「させるかよ──ッ!」
影狼の爪が振り下ろされる。
優斗は一歩踏み込み、身体をわずかに傾けた。
その動きは、避けたのではない。
攻撃が起こる前に、すでに避け終わっていた。
朔弥が息を呑む。
「……優斗……今の……!」
優斗の瞳が鋭く光る。
「……見える……影狼の影の動きが……!」
サムライ中級スキル──
《見切りの極意》開眼。
影狼の爪が空を裂く。
優斗はその軌道を読み切り、逆に踏み込んだ。
「《風切り》──ッ!」
風を纏った斬撃が影狼の影脚を切り裂き、動きが一瞬止まる。
優斗が叫ぶ。
「今だーー!!」
朔弥の魔力が爆ぜ、雷が槍の形を成す。
「《雷槍》!!」
雷の槍が影狼を貫く。
影の毛皮が裂け、その奥で──
影の核が、かすかに光った。
レオンが即座に動く。
「核が見えた!」
美咲は光を強め、影の干渉を押し返す。
「《聖護》!」
光の盾がレオンの前に展開する。
優斗は影狼のヘイトを集め、朔弥は雷で影を暴き、美咲は光で影を弱める。
レオンが聖剣を構えた。
「みんな! 行くぞーー!」
影狼の核へ向けて、四人の反撃が始まった。




