―幕間― 秩父ダンジョン駐屯地
夜明け前の山間は深い霧に沈んでいた。
その静寂を破るように、秩父ダンジョン駐屯所だけが異様な熱を帯びていた。
魔力探知機が短く鳴り、モニターの波形が不規則に揺れる。
それはノイズではない。
地中のどこかで何かが脈打っているような周期を持っていた。
兵士たちはまだ状況を掴めず、ただ走り、ただ報告し、ただ異常を処理しようとしていた。
そのとき、黒塗りの車が霧を割って到着した。
風間防衛大臣が降り立つと、駐屯所の空気が一段引き締まった。
「状況を」
部下が即座に報告する。
「夜明け前に魔力反応を観測しました。深層由来の魔力に近い揺らぎがありますが……比較できるデータはありません」
風間は短く頷き、自ら現場の奥へと歩き出した。
テントの脇では、若い兵士が探知機を調整していた。
「揺らぎが収まらないんです。深層の魔力らしきものはありますが……断定はできません」
「断定は求めていない。続けろ」
地図を囲む隊員たちの声が耳に入る。
「反応位置が……ズレてる」
「移動してる……のか?」
風間はモニターを見つめた。
波形は規則的に膨らみ、縮む。
まるで──
(……呼吸だ)
レオン達の顔が脳裏に浮かぶ。
(状況が悪い方向に重なりすぎている。あの子たちを巻き込むわけにはいかない)
「監視班を増やせ。反応が続く限り、全員に警戒態勢を維持させろ」
風間の命令が伝わった瞬間、駐屯所の空気が変わった。
「……反応、また増えてる」
「揺らぎの幅が広がってるぞ」
「こんな波形、訓練でも見たことねぇ……」
監視班が追加の探知機を並べる。
金属ケースが開く音が霧に響く。
「予備の探知機、全部展開しろ! 反応が弱くても拾えるように調整しろ!」
「了解!」
「隊長! 反応位置がまたズレました!」
「どれくらいだ!」
「二十……いや、三十メートル! 移動してます!」
風間は無線を取り、駐屯所全体に通達した。
「秩父ダンジョン周辺の警戒レベルを第二段階に引き上げる。一般人の立ち入りは全面禁止だ」
「了解!!」
霧の中で、兵士たちの影が揺れた。
霧が薄れ始め、ようやく朝日が山の端を照らし始めた。
その光の中で、探索班が整列している。
装備の金属音だけが、静かに響く。
胸当ての固定。
通信機の起動確認。
弾倉の装填。
刃の角度の最終チェック。
それぞれが自分の生存を確かめるように、淡々と、しかし確実に動いていた。
風間が前に立つと、全員の視線が一斉に向けられた。
「……状況は不明だ。だが、反応は地中を移動している。自然現象ではない」
風間の声は低く、しかし揺るぎなかった。
「第一陣は一階層へ突入し、反応の源を特定する。危険を感じたら即座に撤退しろ。命を最優先とする」
隊員たちの背筋が伸びる。
「……頼んだぞ」
その一言に、全員が深く頷いた。
「第一陣──前へ!」
号令とともに、第一陣がダンジョンの闇へ消えていく。
その直後──
地中の呼吸のような揺らぎが、わずかに強く脈打った。




