―幕間― 深層の影・蠢くもの
地上へ逃れた二人の足音が遠ざかり、ダンジョンの入口は再び静寂に沈んだ。
外の光が差し込む境界線だけが、この空間に残された生の気配だった。
その光は、闇に触れた瞬間にじりじりと焼けるように揺らぎ、まるで境界そのものが拒絶し合っているように見える。
だが──
光が届かない深層の奥底は、別の世界だった。
そこには、完全なる闇が広がっている。
光が存在しないのではなく、光そのものが拒絶されていた。
その中心に、黒い結晶のようなものが浮かんでいる。
脈動する影の核──
シャドーの欠片。
どくん……
どくん……
どくん……。
脈動のたびに、周囲の影が波紋のように揺れ、壁や床に染み込み、空間そのものを歪ませていく。
影はただの影ではなかった。
意思を持ち、感情を持ち、渇望を持つ生き物だった。
──……ミサキ……。
声が響く。
だが、それは音ではない。
空気の振動でもない。
闇そのものが発する意志だった。
影がゆっくりと形を変える。
人の形のようで、獣の形のようで、液体のようで、煙のようで──
どれにも当てはまらない。
ただひとつ確かなのは、その眼だけだった。
赤い光点が、深層の闇の中でゆっくりと開く。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ──
数えきれないほどの眼が、同時に開いた。
そのすべてが、地上へ逃げた美咲のいた方向を見つめていた。
──……ミサキ……。
──……ナゼ……コナイ……。
──……アナタハ……ワタシヲ……ミツケタ……ノニ……。
影が蠢く。
床を這い、壁を伝い、天井に広がり、まるで巨大な生き物が息をしているようだった。
シャドーの欠片がさらに強く脈動する。
どくん……
どくん……
どくん……!!
影が一斉に震え、深層全体が呼吸を始めた。
──……ミサキ……。
──……ツギハ……ニガサナイ……。
影の群れが、地上へ続く通路へと伸びていく。
だが、光の境界線に触れた瞬間──
影は焼けるように弾かれた。
ジッ……!
影は苦しむように身をよじり、再び深層へと引き戻される。
それでも眼は閉じない。
赤い光点は、ただひたすらに美咲の方向を見つめ続けていた。
闇が波打つ。
影が揺れる。
深層が息をする。
何かが、確実に動き始めていた。
そして──
シャドーの欠片が、まるで目覚めるように強く光った。
深層の闇が震え、不穏な気配だけを残して静寂が戻った。




