第4話:闇の底で、手を伸ばす
通路の先に残された足跡を見つけた瞬間、美咲の呼吸が一瞬止まる。
朔弥と優斗の靴跡。
その横に、明らかに人間ではない異形の足跡。
レオンは聖剣を構えたまま、低く呟く。
「……魔物の足跡だ」
その声は、ダンジョンの冷たい空気を震わせるように響いた。
美咲の喉がきゅっと締まり、胸の奥が痛む。
朔弥の名前を呼びたいのに、声が出ない。
ただ、震える唇を噛みしめることしかできなかった。
レオンは美咲の方へ視線を向ける。
その瞳は鋭いが、どこか優しさを含んでいた。
「美咲。気を強く持て。二人はまだ生きている」
その一言が、美咲の胸に小さな灯をともす。
震えは止まらない。
でも──
前へ進む足は止められなかった。
通路は徐々に幅を広げ、天井が高くなっていく。
空気は重く、湿り気を帯び、肌にまとわりつくようだった。
闇属性の魔力が濃く、呼吸をするたびに胸がざわつく。
美咲の聖紋装束が微かに光を放ち、その光が闇を押し返すように揺らめく。
「……嫌な感じ……」
美咲が呟くと、レオンは短く頷いた。
「どうやらこのダンジョンは活性化している、浅層でも魔力が濃い。気を抜くな」
その声は低く、しかし確信に満ちていた。
美咲はレオンの背中を見つめる。
その背中は、どんな闇にも揺らがない壁のように見えた。
(レオンくんがいるから大丈夫……でも……朔弥くん……)
胸の奥がきゅっと痛む。
その痛みが、美咲を前へ押し出していた。
通路の先から、低い唸り声が響いた。
「……ッ!」
美咲の肩がびくりと跳ねる。
レオンは即座に聖剣を構え、美咲の前に立った。
闇の中から、影がにじみ出るように姿を現す。
黒い毛並み、鋭い爪、赤い眼光。
影属性の魔物──
本来なら中層に出るはずの存在。
活性化の影響で、浅層にまで溢れているのだ。
レオンは一歩踏み込み、聖剣を振り抜いた。
金属音が響き、魔物の体が弾き飛ばされる。
美咲は息を呑む。
レオンの動きは速く、鋭く、迷いがない。
まるで戦場に戻った戦士のようだった。
しかし魔物は一体ではなかった。
闇の奥から、さらに二体、三体と姿を現す。
「美咲、俺の後ろへ!」
レオンの声に、美咲は反射的に後退した。
しかし、ただ逃げるだけではない。
震える手を胸元に当て、魔力を集中させる。
「……《聖護》!」
淡い光の盾がレオンの横に展開する。
その瞬間、魔物の爪がレオンの肩に迫ったが──
光の盾が衝撃を吸収し、弾き返した。
レオンは一瞬だけ振り返り、美咲を見る。
「……助かった」
その短い言葉に、美咲の胸が熱くなる。
自分の魔法が、レオンの役にたったのだと。
レオンは再び前を向き、魔物へと斬り込む。
聖剣が闇を裂き、魔物の影が霧散していく。
やがて、通路は静寂を取り戻した。
美咲は肩で息をしながら、レオンに駆け寄る。
「レオンくん……大丈夫……?」
「問題ない。美咲のおかげだ」
その言葉に、美咲の胸がじんとする。
しかし、安堵している暇はなかった。
足跡は、さらに奥へと続いている。
通路を進むと、地面に何かが落ちているのが見えた。
レオンが拾い上げ、美咲に手渡す。
「……これ」
美咲は震える手でそれを受け取った。
朔弥のスマホだった。
画面は割れ、泥がこびりついている。
「……朔弥くん……」
声が震え、涙がこぼれそうになる。
スマホを胸に抱きしめるようにして、美咲は唇を噛んだ。
レオンはそっと美咲の肩に手を置く。
「まだ間に合う。急ごう」
美咲は涙を拭い、強く頷いた。
「……うん」
通路はさらに広がり、空気が重く沈む。
闇属性の魔力が肌を刺すように濃く、美咲の聖紋装束が淡い光を放って浄化の波を広げる。
レオンは周囲を見渡しながら言った。
「中層に近い魔力の濃さだ……。朔弥たちは、魔物に追われてここまで来たんだろう」
美咲の胸が締め付けられる。
(朔弥くん……どれだけ怖かったんだろう……)
その想像だけで、涙が滲んだ。
その時だった。
「……たす……け……」
かすかな声が、闇の奥から聞こえた。
美咲は息を呑み、目を見開く。
「今の……朔弥くんの声……!」
レオンも頷く。
「間違いない。生きている」
美咲の目に涙が浮かぶ。
しかし、その声は弱く、途切れ途切れだった。
急がなければ──
間に合わない。
通路を抜けた先は、巨大な空洞だった。
闇の瘴気が渦巻き、空気が重く沈む。
その中央に──
朔弥と優斗が倒れていた。
二人は意識がなく、身体は傷だらけ。
その周囲を、複数の影の魔物が徘徊している。
美咲は息を呑み、足が止まった。
「朔弥くん……!」
レオンは聖剣を構え、低く言う。
「美咲。ここからは一瞬の判断が命取りだ。俺が前に出る。お前は後ろから支援を」
美咲は震える唇を噛みしめ、頷いた。
「……うん。絶対に……助ける」
レオンは一歩踏み出す。
聖剣が闇を裂き、魔物たちが一斉にこちらを向いた。
「行くぞ、美咲──!」
二人は闇の中心へと踏み込んだ。




