第99話「ようこそ隠鱗亭へ!その3」
## 第99話「ようこそ隠鱗亭へ!その3」
### 【あらすじ】
破壊してしまったテーブルの件は片付いたが、その分あらぬ誤解からユージとリディアの正式な結婚の話が盛り上がる。
そのどさくさに紛れてクラリスと孤児院の子供達のテーブルに移動するユージだったが……。
### 【本文】
「大変賑やかなご様子ですね」
「あ、あぁ。参ったよ」
クラリスは子供たちの面倒をよくみてくれているようだった。
「すごいな、もう全部食べちゃったのか」
先ほどレヴィンさんが運んできた料理は綺麗さっぱりなくなっている。
「はい。ユージ様のおかげで随分と孤児院の待遇は良くなったようですが、ここまで美味しい料理は出ませんからね」
「それもそうか」
クラリスと話していると、それに気づいた一人の少女がこちらに寄ってきた。
その子はヴェルカ。以前の王都モンスター事件でレクトを助けるためにいろいろ頑張ってくれた子供たちのリーダー的な存在だ。
「賢者様」
ヴェルカはそう言うと、深々と頭を下げた。
「賢者様のおかげで、みんな、大丈夫になりました。こんなに美味しいものも食べられるように……」
その姿は切実なものだった。
「ヴェルカが頑張ってくれたおかげでもあるぞ。これからもよろしくな」
私も定期的に孤児院に顔を出している。その様子は以前に比べて随分と良くなった。建物は改修され、衣服や食事も良いものに変わった。
――しかし良いことばかりではない。
「クラリス、最近はどうだ?」
「はい。修行は順調ですが……“悟り”の境地に至るにはまだ――」
女神教はハッキリ言って傾いている。
貴族からのお布施も減少傾向、信者も減っているらしい。これまでやや搾取的な構造に頼っていただけに、その衰退も顕著だ。
さらには教会のアイドル的存在だったクラリスの不在はお布施の回収へ大打撃を与えている。
そのため、“呪い”の対処に教皇を頼らなくてはならない現状を変えるべく、クラリスは“悟り”スキルの習得のために日々修行に励んでいるのだ。
「先日また一人、お父様のスキルによる治療を受けました」
「大丈夫だったか?お父さんと顔合わせるのしんどくないか?」
「いえ、むしろ今の生活を見せつけてやっております」
「お、おお……それはたくましいこと……」
クラリスは徐々に“真・断罪モード”と普段の性格を融合していっているかのような性格の変化を見せている。というより、むしろその終着点こそが本来の彼女の性格なのだろう。
「それで……先ほど“結婚式”という言葉が聞こえましたが」
「あ、ああ!別に何でもないぞ!気にしないでくれ」
「――順番は守った方がよろしいかと」
「……は?」
「ですから、結婚式をお挙げになるなら、まずはリネア様となさるべきです」
――バリン!バリン!
今度は何かが割れる音が二つ聞こえた。
「な、何を――」
「ユージ様は今や王家を後ろ盾とした貴族。その子爵が婚姻するとあればその様子は王都の注目を浴びるでしょう。まずは、最初のパートナーであるリネア様。次にリディア様。最後に私です。この順序の不貞は許されないかと」
「あ、あれ?ナチュラルに自分も入れて――」
クラリスの奴隷契約を解除してからも、彼女の様子は変わらなかった。
救世主様呼びはなんとかやめてくれたが、まるで今まで女神教に捧げられていた想いが私に向けられているように感じる。
「孤児院は今や立派な礼拝堂ともなっていますから、ぜひそちらで式をお挙げになっては?」
「あ、それは良いかも」
って良いかもじゃないわ!
「フフ……楽しみにしていますね」
……なんだか良いように話を進められてしまった気もするが……挨拶はこのくらいで大丈夫だろう。子供たちと軽く話をして、リネアたちの待つテーブルへと戻った。
◇◇◇◇◇◇
「なんかすごいことになってるな」
テーブルの上には粉々になったグラスと皿が散乱している。
「リネア、ごらんしん」
「ユージさん!リネアさん飲みすぎちゃってますよぉ!」
ルノアは相変わらずの様子だが、ノエラはあたふたしている。
飲み過ぎって、こんな短時間でそんな――
「アンタ、こっちきなさい」
そう思ってリネアの方を向くと、彼女は立ち上がりながらそう言った。
「あ、はい」
リネアはスタスタと隠鱗亭の外へと向かっていく。お、怒ってるのか……?
そういえば、この世界では別にリネアの年齢でもアルコールOKなんだな……なんて思いながらついていく。
リネアが足を止めたのは、この異世界では珍しい下足箱のある、隠鱗亭の玄関口。
今日は貸切営業のため我々二人以外は誰もいない。
空間を挟んで、奥から楽しそうな喧騒が聞こえる。おそらくまた次の料理が運ばれてきたのだろう。
「ねえ」
リネアはそう言うと、顔を上げてこちらを見た。
顔が赤い……飲みすぎたせいだろうか。
「あの団長と、本当に結婚するの?」
リネアの目に映るのは、明らかな“不安”。
……正直、これについては自分の悪いところが出ていると言う自覚はある。
前世で全く経験してこなかった人付き合い。恋愛となれば尚更だった。それがこの異世界に来てあれよあれよと色々な経験をしていくうちに、人間関係の“保留癖”がついてしまっているように思えた。
「……答えなさいよ」
リネアの眼が潤んでいるように見える。
これは……
「悪い。いろいろ不安にさせたか」
「何よそれ……」
「俺たち、出会ってからいろいろあったよな」
「…………そうね」
「リネアのおかげで俺、立ち直れたって思ってる」
「……うん」
ザハリエルの件で筋トレができなくなっていた私を救ってくれたのはリネアだ。そんな彼女が、私のことをよく思ってくれている。自分より先に誰かと結婚してしまうかもと言う不安から、こんな表情を――
気づいたら、彼女を抱き寄せていた。
「えっ」
リネアは一瞬ビクッとした反応を見せたが、すぐにリラックスした様子へと変わる。
「…………遅いのよ。いつもいつも」
「あのデカモンスターの時もそうだったか」
「そうね」
今まで感じたことのない心地よさを感じる。
二人の間にある確かな信頼関係が、触れ合う体を通して広がっていく。
「俺の人生のパートナーはリネアだ」
この言葉に偽りはない。
「だから……結婚を正式に――」
体に感じるリネアの様子に違和感を覚える。
「あれ……」
彼女の体を少し引き離してみると――
「寝てる!?」
ぐっすりすやすや、幸せそうなリネアの姿が、そこにはあった。
◇◇◇◇◇◇
リネアを抱えてテーブルに戻ると、クラリスが満足げな様子でこちらを見ていた。カイルにはからかわれ、リディアは相変わらずジト目でこちらを見ている。彼女からの告白の返事も保留してるんだよな……これも早いところ結論を出さなくては。
マルティナは潰れて寝ていた。ガドルはそんなマルティナの介抱で忙しそうだ。
また、美味しそうな料理が運ばれてくる。
この打ち上げのおかげで、保留していた人間関係が動き出した……気がする。
前世の同僚たちが飲み会を頻繁にやってた理由が……少しだけ、分かった気がした。
「ん……ユージ……」
寝ぼけたリネアが私の袖を引きながら言う。
その姿を見て……。
(そうだ。私は彼女を、この空間にいるみんなを、みんながいるこの王国を守れるように強くなると決めたんだ)
それなら、結婚だ何だとそんなことで迷っている暇などない。
そう決意するのだった。
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