第91話「筋肉と大動乱の終わりに」
## 第91話「筋肉と大動乱の終わりに」
### 【あらすじ】
大動乱は幕を閉じた。
子供たちを救い、今後の安全を約束させたユージたちは安息の時間を過ごす。
程なくして、ザハリエルの処刑の時が訪れた。
### 【本文】
それから数日が経ち、王都の広場には大勢が詰めかけていた。
王都を混乱と恐怖に陥れたモンスター襲撃事件。その首謀者である老人が今まさにその最期を迎えようとしている。
私はといえば……王都防衛、その最大の功労者としての褒賞の授与が待っているらしい。しかし今はそのことはどうでもいい。
「……別にアンタが見届ける必要はないと思うけど」
私の傍には、王都を襲った最大の脅威、SSランクモンスター《捕食獣バロメギア》を倒すために共に戦った勇者、リネアの姿が。
その目には、子どもたちのために決死の行動をとった老人の姿はどう映っているのだろうか。
広場中央には、職務に務める騎士団長リディアの姿もあった。
そして教会関係者と思しき集団の中には、処刑台に上げられた老人を見つめるシスター・クラリスの姿が。普段見慣れている教会の修道服ではなく、冒険者の僧侶ジョブのような服装だ。
この二人は避難民が大勢いた騎士団本部を、Sランクモンスター“タイタン・ゴーレム”から守り切った。
「責任感じる必要はねえぞ?あの老人は、こうなることも承知だったはずだ」
警備の仕事の間を縫って話しかけてきたのは副団長のカイル。
「ご主人様、おうとまもった。みんな、かんしゃ」
きっと私は……励ましの言葉をかけたくなるような顔をしているのだろう。ルノアはそんな私に寄り添うように言葉をかけた。
この二人は、大聖堂と、そこに避難した人々を救うために“アビス・セラフィム”と戦い勝利した。
その後も、王都中のモンスターたちを駆逐するために奔走。蒼炎のカイルと夜葬姫ルノアのコンビは王都で密かな人気を博しているらしい。
再び広場中央に目をやると、リディアの横に控えているマルティナと目があった……気がした。相変わらずその表情は読めないが、きっと彼女も複雑な心境かもしれない。
「ユージさん。大丈夫です。王都の皆さんはユージさんに感謝しています。私だって……ユージさんが来てくれなかったら――」
ノエラはそう言って口をつぐんだ。この二人はここ、王都中央広場に集められた逃げ遅れた人々を守るために戦った。
“スケルトン・ジェネラル”の猛攻から人々を守りきり、騎士団本部への移動作戦を完遂した二人の功績は、王都でのちょっとした逸話として語られているようだ。
――みんな、自分の意思で、各々の未来のために戦った。
あの老人でさえ、多くの命を脅かし、奪い。それでも――
子どもたちのために戦っていたのだ。
それに引き換え私は――
ただぼんやりと、なんとなく。
目の前にある何かを、拾える何かを取りこぼさないようにしている……だけのように思えた。
筋トレがしたいなどという自分本位な考えばかり。
もし、もっと私が自分の力を理解していれば。
その力のせいで勢力図が大きく書き換わり、それに反発が起きることを予期できていれば――
「これより!この王都を脅かした大逆人、その刑罰を執行する!」
勇ましい男の声が広場に響き渡る。いつの間にか、レグラディス王が姿を現していた。その存在が、この事件の大きさを物語っている。
処刑台に繋がれた老人の姿を見る。ふと、目が合った気がした。
老人はその場にいる私の姿を見て、安堵した表情を見せる。孤児院の子供たちはここにはいない。今日のことも伝えていない。
だが、私がここにいるその姿が、子どもたちの無事を彼に伝えたのだろう。
――思い残すことはない。そうとでも言いたげに、老人は静かに目を閉じた。
その最期を、多くの民が静かに見届けた。
◇◇◇◇◇◇
幾日か過ぎた。
◇◇◇◇◇◇
ある日の昼。
筋トレ器具を運び込んだ旧迎賓館、我々の拠点の大広間。
「……何してんのよ、今日、王様から呼び出されてるんでしょ?アンタのことだから筋トレしながら時間潰してるかと思ったけど」
ぼーっとしていた私を見るやいなや、リネアは呆れた様子で言った。
「あ、ああ。まだ指定の時間まで余裕あるから大丈夫だ」
そんな私の様子をリネアは心配そうに見ている。
「アンタ……あれっきり筋トレしてないなんて言うんじゃないわよね」
……図星だ。
あの一件以来、呑気に筋トレをする気が起きなくなってしまった。
――こんなことは、この世界に来る前から数えても数十年の間で一度もない。それでも……。
私がもっとちゃんとしていれば、もっと強ければ、ノエラを危険に晒すこともなかったし、クラリスにあんな思いをさせることもなかった。
リネアだって、あのモンスターとの戦いで傷ついた。
それもこれも、私次第でなんとでもなったかもしれないのだ。
「はぁ……アンタ、意外とナイーブなのね」
リネアはそう言うと、三キロのダンベルをおもむろに拾った。
「ほら、じゃあ私のトレーニング見なさいよ。アンタの好きな“合トレ”よ」
腕のトレーニングをはじめたリネア。
――素晴らしいフォームだった。
それは私が……この世界に来て彼女に初めて会った時から教えていた、シンプルなダンベルカール。
ここが我々の拠点になってからも、ずっと私たちは一緒に……ここまで生きてきた。
私と命を共有している彼女のその姿は……。
――そうだ。
彼女が、仲間が、この場所が。
この世界で出会った人たちとの繋がりが……。
私の力が、それを守ることができるなら……!
いや、違う。
できる。できるはずだ。
一体今までなんのために筋トレしてきたんだ。
――こんな時、守りたいものを守れない筋肉など、ついているだけ無駄ではないか!
「……ねぇ、何か言いなさいよ」
「え?ああ。そうだな、いいフォームだ!」
「……そう」
リネアは黙々とトレーニングを続ける。
「あっ……」
その様子を見て、あることが気になった。
「何よ」
「もう一回」
「……は?」
「いや、だから……もう一レップ」
「いや……もうだいぶ疲れたから、次の種目に――」
「もう一回」
筋トレは、ボリュームが命だ。
リネアのやり方は、追い込みが足りていないように思えた。
「じゃ、じゃああんたが手本見せなさいよ」
そんな彼女のトレーニングを見ていたら、体が疼いてきた。
そう。今私がするべきはクヨクヨすることではなく、筋トレをして、強くなり、どんなことが起きてもみんなを守れる力を手に入れることだ。
「よし、俺がしっかり追い込む方法を見せてやる」
二十キロダンベルを取り、セットポジションに入る。
「アンタその重さでやるの?」
リネアはドン引きしている。
そんな彼女の様子をよそに、久しぶりのトレーニングが始まった。
「……全く世話が焼けるわね」
「ん?なんか言ったか?」
「何でもないわよ!ほら、止まってるわよ!」
――何を落ち込んでいる暇があると言うのだ。
この世界に生きて、ただ自分の中で完結していたトレーニングが、“強くなって大切なものを守るため”のトレーニングに変わったのだ。
後悔していても、先には進めない。
筋トレも一緒だ。
続けること、前に進むことが大事。
一瞬でもそのことを忘れていた自分が恥ずかしい。
それを思い出させてくれたのは――
◇◇◇◇◇◇
その後、私たち二人は気の済むまでトレーニングに没頭した。
……王の呼び出しに遅刻していることに気づくまで。
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