第87話「王都防衛戦 王立学術院編」後編
## 第87話「王都防衛戦 王立学術院編」後編
### 【あらすじ】
騎士団本部にタイタン・ゴーレムが、大聖堂にアビス・セラフィム、中央広場にスケルトン・ジェネラルが現れたのとほぼ同時刻。ここ王立学術院にも不穏な影が……。
斬っても焼いても死なないグールの大群。大量の異常個体が学術院を襲う!
### 【本文】
「アルクス!」
リネアは叫ぶ。その一言でアルクスは何かを察し、すぐに行動を起こした。
「自信がない奴は退くんだ!!!先生たちと講堂の防衛に回れっ!」
アルクスの一声で、生徒たちもすぐに行動を開始する。幸い立ち上がった不死身グールたちは通常個体と戦闘能力には大差ないようで、虚を突かれなければ逃げるのは容易いようだ。
「とは言ってもよ、コレどうすりゃ良いんだ?」
アルクス、リネア、そして戦場となった中庭に残った生徒たちは、必死の応戦を続けるが、切り伏せても、焼いても何をしても立ちどころに復活するグールの数は増えるばかりだ。
ジリジリと戦線を後退させざるを得ない状況。グールたちの波は徐々に講堂へ向かっている。
(……おかしいわね。グールって確か感覚器官が退化しているから……人を狙ってるにしても講堂に一直線に向かっているのは……)
そして、リネアにある気づき。
「アルクス、あんた、ここの建物には詳しいわよね」
「え?ああ、主席は行事ごとの運営もするからな」
「良いわね。じゃぁ、講堂に行きなさい。この異常なグールの親玉は、多分そこにいる」
「は……?どういうことだよ?」
「グールが一直線に講堂に向かってるのよ?どう考えても――」
そこまで言って、アルクスは察したようだ。
「ど、どうやったら学術院の講堂にそんなモンスターが紛れ込めるんだよ……!」
「今更じゃない?王都にこんだけモンスターが入り込んでること自体あり得ないんだから」
アルクスは「確かに」と言った表情でリネアを見る。そして、すぐに顔を逸らした。
「……頼んだわよ。あんたがその腕と知識で親玉を探して、倒しなさい」
リネアにそう言われて、アルクスは意を決してリネアの顔を見る。リネアは真っ直ぐとアルクスの目を見ていた。
「な……何でそんなに俺を信頼するんだよ?」
アルクスの顔は少し赤くなっている。
「なんでって……アンタの剣、見たらわかるわよ。信頼できるって」
アルクスの心臓がドクンと脈打つ。
これまで散々、この剣を評価されてきた。王国の最高学府で主席。騎士団への内定も決まっている。それでも……この美しい勇者からのまっすぐな賞賛は、アルクスの心に響いたようだ。
「なぁ……俺、しっかり役割を果たすからよ、この騒ぎが片付いたら……その後――」
アルクスはすぅと息を吸う。
「俺と……!しょ、食事でも一緒に……!行ってくれ!」
「……考えとくわ」
リネアがそう答えると、アルクスはキッと講堂の方に向き、勇ましく駆けて行った。
「さて……私はこっちをやりますか」
リネアは剣を構える。アルクスがこの異常個体発生の元凶を潰すまで、しばらく無限グール退治だ。とそう思った瞬間。
――ウォォォォォォォォン!!!!!
サイレンのような音が響き渡る。その轟音に周辺の人間は皆、思わず耳を塞ぐ。
「な、何――」
リネアがその声の主を目視する前に、彼女には確信があった。
(これは、まずいわね)
――まず思い浮かんだのは“死”。
なにか、それをもたらす脅威的な存在が現れた。
直後、講堂からパニックになった人たちが大勢飛び出してくる。
「な、何やってんのよ!」
リネアの制止も虚しく、学術院は完全なパニック状態となった。
しかし、逃げ惑う人々に襲い掛かるグールは、すんでのところで何者かの魔術で吹き飛ばされていく。危害を加えさせないようにするにはああして物理的に引き剥がしてしまうのは有効だが……一体何者が……?
(考えてる暇はないわね、今はとにかくさっきの声のやつを探さないと……!ここがバレたら守りきれない!)
リネアはその声がした方向へと向かう。距離はさほど離れていないはずだ。
背後ではグールたちと不毛な戦いを続ける生徒たち。とうとう教員たちも戦闘に加わり始めた。
(それなら、最初っからそうしなさいよ……!)
そう毒づきながらも、リネアは自分の相手に集中する。こうしている間も、その“何か”は、確実に獲物を探してこちらに近づいている感覚が、確かにあった。
◇◇◇◇◇◇
(……いるわね)
学術院を出てしばらく走ると住宅街へ。
その建物の影、異常なまでに大きな獣の目が、リネアを捉えていた。
《捕食獣バロメギア》
家一軒にも及ぶサイズのその巨大な四足歩行の獣型モンスターは、冒険者の中でも伝説的なSSランクモンスターだ。このモンスターがダンジョンで発生すると、ダンジョン内の生態系が一変する。
往々にしてこの怪物に住処を奪われたモンスターたちがスタンピード(ダンジョンからモンスターが溢れ出てくること)を起こす原因となっており、撃破には騎士団精鋭やSランク冒険者パーティを連帯させて挑むのが定石だ。
(ユージがいたら、もしかしたら一発でぶっ飛ばしちゃうかもしれないわね)
リネアはそう言いながらも、剣を構える。勇者のオーラが彼女を包み、類稀なる威圧がモンスターを彼女に引き付ける。
(ま、アイツを中央広場に行かせたのは私の采配だし、言っててもしょうがないわね)
(…………それでも、アイツが来てくれたら――)
リネアがそう考えた瞬間。目の前にいたはずの巨体が――消えた。
「ッ!?」
リネアは即座に身を翻し、返す刀で強烈な一撃を繰り出す。
――ガキィィィィィンッ!!!
強烈な交錯音。バロメギアの鋭利な爪とリネアの剣がぶつかり合い、火花が散る。
(なんてスピードとパワー……模擬戦の時ユージと訓練したのを思い出すわね――)
直後も一撃、二撃とバロメギアの攻撃は続く、それを見事な体重移動と剣捌きでいなすリネア。その姿はまさに“勇者”。
観客のいない孤独な戦いが続く。依然雨が降り続ける王都。無人の住宅街に散る火花と舞うリネアの姿は、あまりにも美しく、そして危険な戦場がまた彼女を引き立てていた。
(しかし……厄介ね。こっちが一撃入れようとすると察知したように絶妙な間合いで止まる。野生の勘ってやつかしら)
何度となく行われる命のやり取り。
リネアは肩で息をし始めている。対照的にバロメギアは獲物を物色するかのようにその巨体を揺らしている。
「……舐めんじゃないわよ!」
リネアはここに来て初めて“仕掛ける”。
先手を取るように踏み込み剣を一閃。バロメギアもそれに反応してその残酷な爪でリネアを狙う。
(さすが、反応してくるわね……でも、甘いわ)
バロメギアの爪がリネアの頬を掠める。鮮血が散った。
――だが、リネアは止まらない。
リネアの剣はついにその獣の左目を捉えた。
――グゥォォォォォォォォ!!!!
悲鳴、いや、怒りの咆哮か。
バロメギアのこの世の終わりのような威嚇がリネアに向けられる。
その時だった。
「冗談――よね」
リネアは信じられない光景を目にする。
確かに捉えたはずのバロメギアの左目から、魔力のようなものがどくどくと漏れ出してくる。まるで“外傷をトリガーとした何か”が発動したように。
その魔力は次第にバロメギアを覆っていき……。
「か、完全回復ってわけ!?」
完全に左目を回復して見せた。それだけではない。明らかにバロメギアから感じられる脅威が段違いに上がっている。
「おやおや、この状況でこの個体に外傷を与えられるのは筋肉の賢者だけかと思いましたが……存外、奮闘しているようですね」
リネアがさらなる脅威となったバロメギアに対して剣を構えた瞬間、不気味な声が響いた。
「アンタは……!」
バロメギアの背後、建物の上からこちらを見下ろしているのは――
ザハリエルだ。
――グゥォォォォォォォォ!!!!
直後、バロメギアがリネアに飛びかかる。
「グッ!?」
剣で受けるリネア。しかし、その速度もパワーも、先ほどまでのそれとは数段格が上がっていた。
いなしきれず、豪快に吹き飛ばされるリネア。地面を転がり、背後の建物の壁に叩きつけられる。
「ガハッ……!!」
一瞬意識が飛び、視界がちらつく、意識がもどり視界に飛び込んだのはトドメの一撃を今か今かと待つバロメギアとそれを使役するかのように後に控えるザハリエルの姿。
「……筋肉の賢者と戦わせ油断させたのちに強化状態を誘発して殺す段取りだったのですが……まぁ良いでしょう。まずはその伴侶を殺して動揺を誘えば――強化状態のSSランクモンスターが一個人に遅れをとることはないでしょう。」
ザハリエルはそう言いながら杖を振り上げる。
「申し訳ありませんね、これも子供達のため。その未来のために死んでください」
――グゥォォォォォォォォ!!!!
ザハリエルの合図を待っていたかのようにバロメギアが咆哮する。
リネアはまだ諦めていない。よろよろと立ちあがろうとしたその時――
「待てぇぇぇぇぇぇ!!!!」
聞き覚えのある声。リネアが今、もっとも聞きたかった男の声がバロメギアの咆哮に負けじと王都に響いた。
――ドゴォォォォォォン!!!!
ものすごい衝撃。その男の拳がバロメギアの顔面を捉えていた。モンスターは抵抗するように踏ん張る。地面が抉れる。しかし――
そのモンスターの巨体はまるで質量を失ったかのようにぶっ飛んでいく。建物に叩きつけられ――いや、建物を貫通してまた奥の建物にぶつかり……ど、どこまで飛んでいくんだ――!?
吹き飛んでいくモンスターを呆然と見つめることしかできないリネアとザハリエル。
「お。おい!?大丈夫かよ!」
その男、ユージ・タカハラはリネアに駆け寄り、手を差し伸べた。
「……遅いわよ、バカ」
その手を取り、立ち上がるリネア。
勇者と賢者。
王都を混乱に巻き込んだ元凶と対峙した二人。
動乱の幕切れは近い――
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