第86話「王都防衛戦 王立学術院編」前編
## 第86話「王都防衛戦 王立学術院編」前編
### 【あらすじ】
時は少し遡り、リネアの采配によってルノアが大聖堂へ、ユージが中央広場へと分かれた後……。(78話周辺参照)
王立学術院の様子はまさに混沌を極めていた……!
### 【本文】
王立学術院――グラシオン王国が誇る最高学府。
通常であれば、王国が誇る最高の教育が与えられる王国民憧れの学舎。
しかし今、この場所を支配しているのは混乱、興奮、不安と少しの――恐怖。
リネアは石造りの回廊に立ち、ゆっくりとあたりを見回した。
中庭では、学術院の生徒たちが即席の防衛線を築いている。魔術式が刻まれた石畳が淡く発光し、一定の範囲に侵入したグールを焼き払う。杖を構えた上級生が詠唱を重ね、空中に展開された魔法陣から雷撃が落ちるたび、スケルトン兵士の群れがまとめて崩れ落ちた。
骨が砕け小さな魔水晶へと変わる、腐った肉が裂け、黒ずんだ血が飛び散る。
――戦況は安定している。
(この程度なら……問題ないわね)
グールもスケルトンも、数こそ多いが個体としての脅威は低い。戦闘に参加している者たちも優秀だ。王立学術院という看板に偽りはないようである。
グールの死骸を踏み越え、新たな敵が押し寄せる。だが、そのたびに迎撃は機能していた。防衛線が破られる気配は、少なくとも今はない。
――それでも。
「……これは、まずいわね」
回廊の奥、講堂へと続く広間。そこには避難してきた人や戦闘に参加できない生徒たちが雑多に集められていた。
……いや、“集められている”というより、“勝手に溜まっている”ような状態だ。
指示系統は機能しているはず。多くの避難民は講堂にいる。見た目も年齢も、おそらくこの学術院の教員と思しき人たちが避難民を守るように陣形を組んでいる。
だが……誘導は不十分だ。人々は不安げに立ち尽くす者もいれば、落ち着きなく歩き回る者もいる。
そして――
広間の端、柱の陰から中庭を覗き込んでいるのが数人。彼らは明らかに恐怖よりも好奇心を優先していた。戦闘の様子を、まるで劇でも観るかのように眺めている。
魔術の閃光に歓声すら漏れる。
(正気とは思えないわね)
だが、それ自体は問題の核心ではない。
問題は――“統制が取れていない人間の集団”が、戦場のすぐ隣に存在していること。
避難経路は生徒に一任されているのか曖昧。誰がどこへ誘導するのかも決まっていない。結果として、人の流れは淀み、溜まり、そして滞留する。
ぞくり、と。
理屈ではない寒気が、背筋を撫でた。
視線を戦場へ戻す。
グールの一体が炎魔術に焼かれながら倒れ込む。問題ない。何も不自然なところは……。
「あ……!」
――おかしい……グールが、“死んだままだ”。
スケルトン兵士はすぐに魔水晶に変わっている。それなのに……。
確信に近い直感。
リネアは再び広間へと視線を向けた。
無秩序に集まった人々。逃げ場の曖昧な空間。密集した“非戦闘員”。
そして、そのすぐ隣で繰り広げられる戦闘。
「……なんとかしないと」
そう思った直後。
「これはこれは新たな勇者、リネア様!」
呼びかけられ振り返ると、なかなかに強者のオーラを放つ50代くらいの男性が立っていた。
「私はこの王立学術院が学長、アルドレウス・レイ=クローヴェルでございます」
男はそう自信満々に言って見せた。
「ねぇ、悪いんだけど、何人か避難誘導に回してくれないかしら。あの辺でうろうろしてる人とか……さっさと講堂にでも押し込んだほうがいいわよ」
そう言うと、男は怪訝そうな顔をする。
「おや、勇者様は我が生徒の戦いぶりにご満足いただけないと」
「いや……そう言うわけじゃないけど、あれ、おかしいのわかっててわざとやらせてんの?」
私は中庭に転がっている大量のグールの死体の山を見る。
「……これも学び。王都にモンスターが出たのです……またとない学びの機会っ……!勇者様ならお分かりかと」
(全く……あの教皇といいこの男といい、人の命をなんだと思っているのかしら)
(こうなったら……私がやるしかないわね)
リネアは軽くあしらうように学長に挨拶すると、戦闘が続く中庭へと進んでいった。
◇◇◇◇◇◇
リネアはすでにアタリをつけていた。
雑魚相手とはいえ、しばらく戦闘の様子を眺めていたらわかる。この現場で、一番動けそうな存在。この状況を打破するために、部外者のリネアだけでは統率が取れないと判断した彼女はある男子生徒を見ている。
そして、ゆっくりと近づいていく。
リネアはその男子生徒が対峙していたグールをよこからまとめて斬り伏せた。
「あっ……!おい!何しやがんだ!そいつは俺の獲物――」
男子生徒はそこまで言って口を噤んだ。
その男子生徒の目に映ったのは、闇夜に輝く美しい女剣士の一撃。
彼はこの学術院で長く色々な剣士を見てきた。そのどの剣筋にも当てはまらないリネアの剣に、彼は釘付けになっていた。
そして、雨に濡れた彼女の躍動する赤い髪、獲物を正確に捉える金色の力強い目。
全てが、彼の脳に焼き付くように強烈な印象を与えていた。
「……何よ?私の顔に何かついてる?」
リネアを凝視してフリーズするその男子生徒にリネアはそう言った。
「い、いや……なんでもねェよ!」
歳はリネアとそこまで変わらないだろう。その男子生徒も剣士……剣の長さや戦い方のスタイルは違うが、間違いなく優秀であることはすぐにわかった。
「そう、悪いんだけど、色々手伝ってもらえないかしら」
「え……?な、何をだ?」
「ほら、私が斬ったコイツ。学術院では倒したモンスターはどうなるか教わらないわけ?」
「……あ!」
男子生徒の顔がみるみる青くなる。
そう。リネアが感じた違和感は、“グールが魔水晶にならない”ということ。モンスターは倒せば魔水晶に変わる。例外はない。
では、魔水晶にならないモンスターはどういう状態か。
――そう。まだ死んでいないのだ。
◇◇◇◇◇◇
「……アンタ、勇者、だろ?」
「ええ、そうみたいね」
「――なんか、あんまり俺たちと変わんねェんだな」
アルクスというその男子生徒は、リネアの予想通り学術院の主席だった。
生徒に顔がきく彼の主導で施設内の非戦闘避難民たちをどんどん講堂へと押し込んでいく。中には不満を漏らすものたちもいたが、問答無用だ。
「全く……俺たちもバカだよな。モンスター相手の実践なんてめったにできねェからって舞い上がって」
「このグール……死んでねェってこと……だよな?」
「さあ?そこまではわからないわ。でももし、コイツら全員一気に復活でもされたら――」
「考えたくもねェな」
アルクスはその後もテキパキと学生たちに指示を出し避難民を講堂に集めた。リネアはその様子をまるで採点するかのように見ている教員たちの姿が不愉快だったが、今はそこに突っかかっている余裕はない。
「おい!魔術師連中はこっちきてくれ!グールの死体を遠くにやるぞ!」
次の指示をする間もなくアルクスはリネアが彼に声をかけた意図を汲んでグールの死骸を移動させる。
(これなら……万が一最悪の事態になっても……)
リネアがそう思った瞬間。
「キャァァァァァァ!!!!」
女子生徒の悲鳴が響き渡った。
余裕すら感じられた戦場にあってはならない、悲痛な叫び声。
すぐに声の方向へ駆け寄る。
そこには――
「すぐに回復魔術ができる人を集めなさい!!」
リネアが叫ぶ。何人かの生徒が大慌てで走って行った。
火に巻かれたグール。そして、腹部を噛まれた女子生徒。
グールはのたうちまわりながら動き続けている。
「な、なんで死なねェんだよ!」
アルクスが叫びながらそのグールの頭を切り落とす。
「……嘘でしょ」
リネアは思わずそう呟くように言う。
グールはしばらくもがくように動き続けると、頭部を失ったまま立ち上がる。
炎魔術に焼かれ、頭を落とされても尚、立ち上がるグール。
振り返ると、地獄のような光景が広がっていた。
倒したはずの何十、いや、何百か。
グールの死体が、一斉に立ち上がっていた。
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