第79話「孤児院にて」
## 第79話「孤児院にて」
### 【あらすじ】
王都防衛にリネア、ルノア、そしてユージが去った後、孤児院に残ったノエラはクラリスと孤児院周辺の防衛を行う。
王都の端にある孤児院はモンスターの襲撃とは縁がなさそうだったが……。
### 【本文】
「ノエラ様は、賢者様とどのように?」
「えっ……?あ、そうですね……ユージさんが騎士団からの呼び出しを受けた時にたまたま乗合馬車で王都に向かっていて……」
私とクラリスさんは孤児院の入り口で雨を避けながら周囲を警戒している。今の所、警戒用の結界に反応はない。時折、遠くから王都らしからぬモンスターの叫び声が聞こえるだけだ。
「私、グラシオン王国の南にある村に両親を残してこっちに来てるんです。お父さんは怪我で働けなくて……お母さんも病気がちだから私が働いて仕送りをしてるんです」
「そうだったのですね……」
その話を聞いて、クラリスさんは祈りを捧げてくれた。きっと、故郷のお父さん、お母さんに。
スッと顔を上げたクラリスさん。その赤く染まった瞳を見ると、吸い込まれてしまいそうな――
「ふふっ。そんなに見つめられてしまうと少し恥ずかしいです」
そう言いながら微笑むクラリスさん。
「あっ……!すみません!」
私はすぐに視線を外したが、気になってしまってしばらくの間クラリスさんの姿を視界に入れずにはいられなくなってしまう。
孤児院の入り口にあるちょっとした屋根はそこまで広くない。吹き込んできた雨がクラリスさんにも少しずつかかっていて、その……ちょっとだけ、透けてっ……!
その時――
「クラリスさん……!」
私は警戒用の結界に異変を感じ、気持ちを切り替えてクラリスさんに呼びかける。
この反応は……モンスターじゃない?これは……。
――人だ。
◇◇◇◇◇◇
「おやおや……誰かと思いましたが。教皇様の愛娘、シスター・クラリスではございませんか」
その老人は……見覚えがある。王都で私たちを襲ったザハリエルという老人。リューネ村の事件も、ドラゴンの事も、今回のモンスター事件ですらこの人に容疑が……。
「ザハリエル様……今まで一体どこに――」
「子供たちは、元気かね?」
クラリスの言葉を遮って、その老人は尋ねる。
――明らかに、こちらを害する意図のある気配を感じる。
ここにユージさんはいない。リネアさんも、ルノアちゃんも。
「ザハリエル様。まずお聞きしたいことが」
クラリスは毅然として聞き返す。老人は何も答えない。
「リューネ村の襲撃事件、そしてドラゴンに付けられた魔装具。騎士団はザハリエル様を疑っております」
やはり、老人は黙ってこちらを見ている。
「その容疑を、まずは晴らしてくださいませんでしょうか?子供たちは皆無事です。私が"聖なる祈り"のスキルで――」
「容疑、か」
ドキリとするような威圧感を放ち、老人は杖を握り直した。
「晴らす必要など……ここには子供達を迎えにきたのだ」
迎えにきた……?王都は今モンスターが――
「ノエラさん」
クラリスさんが私に声を掛ける。
クラリスさんは、モンスターが来た時に備えて武器を持っている。私の手にも……杖が。
「ノエラさん。ザハリエル様はこの王都でも随一の魔術師です」
クラリスさん……?一体何を……!
「私が時間を稼ぎますから、子供達を連れて逃げてください」
「……神託にない手荒な真似は好まぬがな」
老人は杖を掲げている。あれは……!
「行ってください!ノエラさん!」
考えている時間はない!今は子供達を……!
◇◇◇
私は子供達を避難させていた地下に走る。
直後、地下に続く階段にまで届く甲高い音が耳に飛び込む。
――何かの攻撃魔術だ。続いて木の粉砕されるような音が轟く。
足が、震えて上手く走れない。
あの老人は……私たちを殺す気だ。もしクラリスさんが……。
また、何かの攻撃魔術が放たれたような音が響く。
……怖い。いつもだったら、ユージさんがいたら……!
「だめ……!ダメだよね……!そんなことを考えてたら、マルティナさんにまた怒られちゃう!」
私は自分に言い聞かせる。ユージさんと訓練した日々。その後も、ユージさんを見習って毎日訓練してきたんだ。絶対に、みんなを守って……!
その時、絶望的な声が、背後から聞こえた
「誤算でしたね。あのシスターが私の魔術をいなせるほど成長していたとは」
振り向くと、そこにいたのは――
「無力化するには……ああするしかなかった、ということにしておきましょう。呪いとは違いますが……教皇にも私が味わっている苦しみを理解していただけるかもしれませんね」
「――それで、あなたはどうしますか」
老人は杖を構えながら聞いてくる。
「ク、クラリスさんは――」
老人は何も答えない。
血の気が引いた。クラリスさん……!
「どうして……!クラリスさんはあなたの代わりにレクト君を治療したんですよ!?」
「……ほう、それは興味深いですね……“紛い物のスキル”で本当に呪いが抑制できたとでも?」
「……え?」
「我が子を救うには私が治療するしかない。そのためには――」
老人は杖を構える。
それに反応して私も杖を掲げた。一瞬で全神経を杖に集中する。
(ごめんなさい!でも今はこうするしか――!)
直後、眩い光が一帯を包んだ。
◇◇◇
孤児院の地下に続く階段。老人と相対した少女は一瞬でその姿を消してみせた。
「……あの一瞬で、孤児院の外に“転移門”を置いていたのですか。簡易なレベルの短距離転移ですが……見事な使い方だ」
老人は呟く。少し考えて、階段を降りて行った。もはや彼の興味は子供達と、筋肉の賢者との決着だけに注がれている。
「あ、ザハじぃ帰ってきた!!」
地下室に入ると老人にとっては懐かしい声が響く。
子供たちは元気に老人を取り囲み口々にいろんなことを話す。
「賢者様とね!勇者様がね!いっぱい遊んでくれた!」
「シスターさんがザハじぃの代わりに頑張ってくれたよ!」
「ザハじぃどこ行ってたの〜!」「なんかすごい音した!」
「お土産ある〜?」
そんな様子を見ながら、老人は優しい笑顔を見せる。
「ヴェルカ……君が、レクトのために頑張ってくれたんだね?」
老人は一人の少女に語りかける。少女は絞り出すような小さな声で答える。
「うん……ねぇ、ザハじぃ。今、王都で何が起こってるの?」
老人は一瞬答えあぐねた様子を見せたが、少女の頭を撫でながら答える。
「大丈夫だ……何も怖がる必要はない。すぐにいつも通り、みんなで静かに暮らせるようになる」
「だが……ここは少しだけ危険なんだ。今から私が安全な場所にみんなを転移させる」
「……えっ?」
地下室全体が不思議な光に包まれる。
「わ〜!何これ?」「転移って何〜?」「すごーい!キレ〜!」
子供たちは思い思いのリアクションだ。
「ザハじぃも一緒に行くよね?ザハじぃは……悪い人なんかじゃないよね?」
少女は悲痛な表情で老人を見つめる。
「……すまない」
その声は、少女に届くことはなかった。
孤児院には老人が一人。
しばらく虚空を睨む。
その後、何かを決意したように孤児院を後にする。
(これでいい。これで……王都がどうなろうとも、子供たちは安全だ)
夜も深く、王都の雨は止む気配を見せない。
孤児院の入り口に倒れているはずのシスターと、逃げた魔術師の少女の姿は、どこにもなかった。
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