第75話「リネアと交渉」
## 第75話「リネアと交渉」
### 【あらすじ】
孤児院でレクトの呪いの治療を試みるユージだったが、それが難しいとわかると大聖堂に向かう。
タイミング悪く王都に現れた複数のゴーレムに足止めされるも、リネアが合流し彼女にレクトを託す。
大聖堂で相対した教皇は否定的な様子で……
### 【本文】
「その者が苦しんでおる原因はこの地に土着しとる子供にだけかかる呪いでの。発症するとあらゆる魔術を拒み、徐々に生命力を奪っていく。これが厄介で女神教が奇跡を持ってしても一時的な治療しかできぬのだ」
教皇は聞いてもいないのに呪いについて語り始めた。
「……なに、心配せんでもその状態ならあと半日そこらはもつであろう。親しき者のところにでも連れて行ってやれ」
「……アンタ自分が何言ってるのかわかってる?」
「うぅむ、理解を求めるのは難しいようであるな。吾輩が高額なお布施の見返りとして提供している"奇跡の治療"は今や貴族たちのステータスになっておるのだ」
「……どういう意味?答えによっては――」
「そのままの意味であるぞ。この王都で運悪く呪いにかかれば高いお布施を払ってでも治療を求める。それに、その治療を受けた子供は"奇跡の子"として優遇するようにしておるからの。多少高めの設定でもしっかり回収できてお得というわけだな」
「……孤児院の子達は、お布施が払えないから見捨てるってわけ?」
握った拳に力が入る。どうか、お願いだから"そうだ"なんて言わないで。
「端的に言えばそうであるな。逆に、お布施さえ払えば身分関係なく治療、見事"奇跡の子"の仲間入りであるぞ」
――だめ。落ち着いて。ユージがいない今、この子を助けてあげられるのはこいつだけ。怒らせてはいけない。落ち着くのよ……!
「その者も含めて、孤児院にいる連中は本来生きてはおれぬはずなのだ。それを何やらガチャガチャと、ザハリエルが許可も取らず奇跡の力を行使しとるようでな……色々裏で役立っとるようだから見逃しておったが――」
やめて……その先の言葉を言ったら、きっと私は我慢できない。
「ザハリエルが消えた今、やっと奇跡の名を汚す厄介者どもとおさらばできそうであるな」
……あぁ、この男はダメだ。何を言ってもレクトを助けない。
「クラリス、少しだけ、この子をお願い」
私はクラリスにレクトを抱えてもらいながら考える。
この子は孤児で、お金がなくて、身寄りもないから、本当は助けられるのに、まだ生きる事ができるのに、それも叶わず――
そんな、そんな事があって――
……全身が白く燃えるような感覚に包まれる。これは、怒っているから。そう。私は怒っている。
「勇者様っ!」
そう叫ばれ我に帰る。
「あっ……」
私は、剣に手をかけていた。
「お主……」
教皇は目を見開いて私を見ている。
「今のは、見過ごせぬぞ」
教皇から今まで感じたことのない圧を感じる。
まずい。我を忘れて……こんなことでは交渉など夢のまた夢だ。
ユージに託されたレクトを救うのが私の役目のはず。
それなのに……!
「ふーっ!」
教皇は急に大きく息を吐くと一度立ち上がり、また踏ん反り返るようにして腰掛ける。
「まぁ、まあまあまあ!落ち着こうではないか勇者リネアよ!」
そう言うが、明らかにこちらを威嚇する意図のある発言。
しばしの沈黙が部屋に広がる。
「お主は、その子供を救いたい。そうであるな?」
これは質問ではなく、ただの確認だ。
「はい」
「うむ、しかしお主の伴侶である賢者では呪いに対抗できる契約魔術……すなわち“神聖契約魔術”が使えないと」
「え……?」
「ほう、それを知らずにここに来たのであるか?呪いはそこんじょそこらの魔術などは無効化してしまうからの。神聖属性の契約が必須であるのだ」
まずいわね……そうなるといよいよユージじゃ孤児院の子達を救えない。アイツ、魔力がないからそういう契約魔術とは相性が……。
「ザハリエルが見つからぬ今、吾輩しか頼れる者がおらぬとそういうことであるな」
「……はい」
「う〜む……難しい判断であるな。ここでお主らを突き返したら賢者、勇者両方の信用を損なう。そんなことはあってはならぬ」
いつの間にか交渉の主導権が教皇に渡っていることに気づく。なるほどこの男が一代でここまでの宗教を作り上げたのも納得かもしれない。
「……では、そうであるな。明確なメリットが享受できれば問題ないとしようではないか」
「メリット……?」
「お布施もなしに教皇が直々に奇跡の治療を施すのだ。それ相応の見返りが必要とは思わぬか?孤児に無償で奇跡を施したとあれば貴族からの反発も少なからずあろうて」
私は何もいう事ができない。理解が、理解ができない。目の前に苦しんでいる子どもがいるというのに、この男は見返りだなんだと……!
「ああもう良い。同意などもはや求めておらぬ」
教皇は気だるそうに言う。
「ザハリエルがおらぬ今、次に教会を支えるのは娘のクラリスである」
教皇がクラリスを見る。彼女は伏せ目がちなままだ。
「そこでだ、その子供の治療、娘に任せる」
「……えっ?」
クラリスは驚いた様子で顔を上げる。
「修行中とはいえ"悟り"に準ずるスキルは使えるであろう。それに、神聖契約魔術はそろそろ使えるようになって貰わなくては困るのもあるでな」
「そんな……!お父様、私はまだ一度も"呪い"に対する神聖契約に成功したことが――」
「だからこそ、ではないか?ここで子供の命をかけた特訓で目覚めてみせよ。"悟り"習得にも近づけるやもしれぬ」
クラリスの目には迷いが浮かんでいる。しかし、もうこうなっては選択の余地はなさそうだ。
「……言質はとったわ。後でごちゃごちゃ言うんじゃないわよ」
「無論である」
そう言う教皇を尻目に私はクラリスに目線を送る。
「ゆ、勇者様?」
「……行くわよ」
幸い、今すぐにでもこの子が危なくなることは無いらしい。
一刻も早くザハリエルを見つけ出して引っ張ってくるか、クラリスによる治療を完成させなくては。
私とクラリスは、足早に大聖堂を後にした。
◇◇◇
「ふぅ……まぁ、上々ではないかの?」
一人になった部屋。教皇の独り言。
「賢者と勇者、どちらも教会に必要な人材ではあるが……あくまで吾輩と対等かそれ以下……。そうでなくては教会ごと飲み込まれかねん」
「おいそれと"奇跡の治療"を行使して貴族からの反感を買えばたちまち、吾輩の立場が悪く――」
再び大きなため息をつく教皇。
「今のは、吾輩の人生で一、二を争う重要な交渉であったな。それこそ、女神教をグラシオンの国教に据えるときの……」
教皇はトントンと机を叩く。
「――それをあの小童どもは理解しておらぬように見えたが……それが幸いしたとも言えるのぉ」
「せっかく剣にかけた手をあの程度で引いては吾輩を交渉の机から降ろすことはできぬぞ、勇者よ」
ゆっくりと立ち上がると、教皇は大聖堂を後にするリネアとクラリスを、じっと眺めた。
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