第72話「筋肉と影響力」
## 第72話「筋肉と影響力」
### 【あらすじ】
伝説の勇者パーティーに関する疑惑を調査するユージ。しかし、その調査は難航していた。
そんな折、ザハリエル卿の失踪をリディアに聞かされる。恩は返すべし。ユージはザハリエルの足取りを辿るために大聖堂へと向かったが……。
### 【本文】
「お主……吾輩に言うべきことがあるのではないか?」
大聖堂。教皇は割と怒って?いる様子だった。
「え?あぁ……申し訳ない……です?」
「この一件で女神教がさらに流行ったのは確かにお主のお陰である。しかしそうあっさり王国直属となってしまっては今後好き放題お主を使えぬではないか!」
なんとまぁ……包み隠さず直球で言われると怒り返しづらいな。
「国王にしても……吾輩に一言の断りもなく持っていきおって……」
教皇は落ち着きを取り戻すとそう言った。いや、私は教会の持ち物ではないのだが……。
「んで?わざわざそのことを報告しに来たということでもあるまい。用を申せ」
私はザハリエルがドラゴン事件の容疑者になっていることを伝えた。
「ザハリエル……?あぁ。そういえば最近見てないのう。それに大聖堂にあったあやつの持ち物が綺麗さっぱりなくなっておったわ」
「ちょ、それって結構やばいんじゃないですか……?」
以前模擬戦の後に乱入してきた時もそうだったが、教皇はあまりザハリエルを気にかけていない様子だ。
この調子だと我々がザハリエルに襲われたことがあるのも知らないんじゃ……?
「あぁ、いやいや。別に大したことでもないわ」
教皇はそうあっさり言ってみせる。
「いつも裏で色々とやっているようじゃがの。いまいち役に立っている気がせん。この件にしたって、無闇矢鱈と騎士団の介入を許しておるしの……」
「先刻も騎士団がガチャガチャと大聖堂を捜索して行きおったわ。全く罰当たりな連中よの」
なるほど、騎士団は教会に対して全く無力というわけではないのか……。
今回みたいに捜索の大義名分があれば乗り込むことも可能と。この力関係は知っていて損はないな。
「ザハリエルの居場所などこっちが聞きたいくらいであるわ。ホレ、用が済んだらとっとと帰るのだな。まあ、どうしてもと言うなら以前のように泊めてやっても良いが――」
「あっ……お構いなく。国王から旧迎賓館を賜ったので……」
そう言うと教皇は驚いた様子でこちらを見ると、「ハァ……」と大きなため息をつき私に退出するよう促した。
◇◇◇
「賢者様。ご足労いただき感謝申し上げます」
大聖堂を後にしようとすると、クラリスが声をかけてきた。
「……なんか申し訳ないな。お父さん、結構荒れてたぞ」
「とんでもございません。父はあれでも賢者様に感謝しているのです」
「……と言うと?」
「あれは父なりの愛情表現といいましょうか。ドラゴン事件を見事解決した賢者様のおかげで信者は爆増。お布施もたんまり、賢者様考案の器具も大好評なのです」
「なるほど?」
「ですから父は賢者様に引き続き教会と並び立つ存在として協力してほしいと頼みたかったのでしょう」
「ちょ、ちょっと待て……!教会と並び立つって……流石に言い過ぎじゃないか?」
「王国の特務戦力になるとはそう言う事です。騎士団。教会。そして賢者様とそのお仲間……。現在の王国の戦力図はこのように書き変わりました」
まあ……なんとなく予想はしていたというか。
――いや流石に予想してないわ。それは流石にやりすぎじゃないか国王様!?
「もはや賢者様は剣術派、魔術派……その枠に収まらぬ存在です」
そう言うとクラリスは一瞬何かを考えるようなそぶりを見せ――
「差し詰め"筋肉派"と言ったところでしょうか」
そう言ってニコッと笑って見せた。
教会の中ではあまり表情を崩さない彼女だったが、その笑顔はなかなかに可愛らしいものだった。
「裏庭に例の器具、エドガルドが手配したようですので是非お立ち寄りください」
クラリスはそう言うと、礼儀正しくお辞儀をして去って行った。
「"筋肉派"……ねぇ。魅力的なワードではあるか」
そんなことを呟きながら裏庭へと向かった。懸垂バーはどう進化したのだろうか。楽しみだ。
◇◇◇
大聖堂。裏庭――
そこに広がっていたのは異様な光景。
教会の信者たちが三台ほどある懸垂バーに列をなしている。
「一セット交代制となっております。初心者の方はアシスト付きがおすすめですよ」
台にはそれぞれ教会のシスターがついており、交代制の説明やアシストの使用方法、なんとフォームのアドバイスまで行っている。
「なぁ、俺この前スキル鑑定に行ったら"頑丈“スキルが2もレベルアップしてたんだよ!」
「お前もか!?俺は“槌術“スキルが上がってたぜ!全く賢者様様だな!」
並んでる信者たちは……なんというか教会に似つかわしくない屈強な男たち。なるほど、私の活躍はこう言った層にも熱心な信者を生み出すきっかけとなってしまったのか。
しかし……私がその場にいなくてもこうまで他人のスキルレベルに貢献するとは。
いつの間にか進化していた“合トレ"のスキル。今は“賢者の合トレ"と名前を変え、私のことを信じている人間がワークアウトを行うと“マッスルメモリー“の効果が発動してしまうのだ。
「ん!?おお!賢者様!賢者様がお越しになられたぞ!」
信者の一人が私の存在に気づくと、一気に視線が私の方に集まり、すぐに人だかりができる……と思ったら……。
◇◇◇
「フンっ……!フンっ……!!」
「やっぱり賢者様の懸垂はすげぇぜ。なんであんな錘をつけて綺麗に懸垂できるんだ?」
「ああ……。俺なんかアシスト20kgつけても綺麗に上がんないぜ」
「お、俺も次、錘つけてやってみようかな……!」
「俺もやるぞ!賢者様みたいな体に早くなりたいぜ!」
私はその場にいる信者たちの期待の眼差しに応え、荷重付きの懸垂を行っている。
信者たちの羨望の眼差し。しかしこれはしっかり説明しておかないと“悪いトレーニング"が跋扈しそうだな。
「え〜っと……いいですか?みなさん。この私の懸垂は、十数年にわたるトレーニングの結果、できるようになったものです」
一セット終わり、インターバルの間にその場にいる信者の皆さんに語りかける。
「ですから、初心者の皆さんは今日明日、突然このような懸垂ができるわけでもありませんし、無理に挑戦する必要もありません。アシストをつけることを恥ずかしがる必要もありませんし、他人と比べる必要もありません」
信者たちは熱心に聞いてくれている。
……あれ?なんだか本当に説教みたいになっちゃってないか?
「まずは自分にとって適切な重量を探してください。正しいフォームで、適切な回数。そこがあなたの出発地点です」
「そこから一つ一つ……。焦らず、しかし確実に負荷を増やしていってください。それを積み重ねていけば……」
「――確実に、あなたの筋肉はそれに応えてくれるはずです」
しばしの静寂。
その後、信者たちは静かに各々のワークアウトへと戻っていった。
……これで無茶な重量や見栄っ張りなエゴリフティング(実力に見合わない高重量を無理やりあげること)は減るだろう。
「賢者様……見事な説教でございました」
その後、シスターの一人が声をかけてきた。やっぱり今のは説教扱いになるのか……。
「よろしければもう少しトレーニングされていきますか?一台空けさせますが」
「あぁ、それは遠慮させてもらいます。台の占有は御法度なんですよ。ちゃんと並びます」
前世のジムでは基本一人〜分までとマシンや台の使用時間が設定されていることが多いが、大前提はそのジムのルールを守るということ。
この場が一セットずつ並び直すルールなら、それに従うのがトレーニーとしての正しい姿だ。
「なんと……無欲で尊きお姿。聖職者のあるべき姿の体現でございます」
シスターはえらく感動した様子だ。私はただルールに従っているだけなんだが……。
◇◇◇
「ふ〜!今日もしっかり入ったなぁ!」
ナイスワークの余韻に浸っていると、エドガルドが大聖堂の方からゆっくりとこちらにやってくるのが見える。
「あぁ、エドガルドさん。申し訳ございませんお呼びたてしてしまって」
「とんでもございません。賢者様がお呼びとあれば」
シスターの一人に頼んでエドガルドを呼んでもらった理由は一つ。今の私の不満。それを解消するためだ。
――懸垂。それは背筋の種目。しかし、背筋の種目は懸垂だけではない。懸垂は垂直に引くいわばバーティカル・プル種目。
それをやったら次にやりたくなるのは――!
「エドガルドさん。ホリゾンタルプル種目、できるようにしませんか?」
たったこれだけの時間でアシスト付き懸垂バーの台を作ってみせたのだ。シートロウの台を作ることだってできるはず。
困惑するエドガルドに必死にその台の説明をする。
「わ、わかりました……。ええ。おおよそのイメージは……はい。理解しました」
エドガルドはなんとか頷く。さっすがエドガルド。器具制作でも頼れる男だ。
「早速制作に取り掛かります。教皇様もお喜びになるでしょう。賢者様は依然我々に協力してくれていると」
「あっ……いや、そう言うわけでは――」
「それで……大変恐縮ではあるのですが、制作の代わりと言ってはなんですが一つ頼まれていただけませんでしょうか」
そういえば、この懸垂バーも制作費用に関しては関知してなかった。教会の収益に直結してるっぽいから大丈夫なのだろうが……。
「は、はい。なんでしょうか?」
「ザハリエル様が管理なされている孤児院……ここ数日のザハリエル様の失踪で管理が行き届いておりません。ぜひ賢者様に気にかけていただけると……」
――孤児院といえば……クラリスの講義を聞きにきていた子達がいる場所だ。ザハリエルが管理していたのか。
……確かリネアも後で顔を出すって言ってたし、様子を見に行くくらいならやぶさかじゃないな。
「わかりました。ちょっと様子を見にいきます」
そうして、私は孤児院へと向かう。
――そしてそれが、私がこれから起こる大事件の渦中へと巻き込まれる決定的な出来事となる。
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