第57話「筋肉とドラゴン」前編
## 第57話「筋肉とドラゴン」前編
### 【あらすじ】
ついにドラゴンと対峙する一行。しかし予想に反して簡単そうな相手に落ち着き、冷静に問題を解決する。
しかし突如として姿を現した上位ドラゴン――それは、先ほどまで対峙していた個体とは“存在そのものが異なる”圧倒的な脅威だった。
一撃で馬車を破壊し、周囲一帯を支配するその力を前に、ユージはリディアと騎士団員の男を逃がそうとする。
しかし、逃走を試みる二人を嘲笑うかのように、上位ドラゴンは圧倒的な速度と攻撃範囲で追い詰めていく。
この存在こそが、女神の予言にあった“死の未来”そのものだ。
### 【本文】
しばらく、事態は膠着状態。
なぜか。理由は明白だ。
下手に動いたら死ぬ。
それはリディアも理解しているようだ。
そしてその巨体を、私はようやく正面から視認する。
――銀。
だが、先ほどの個体とはまるで違う。
光を反射しているのではない。自らが光を帯びているかのように、鱗の一枚一枚が鈍く輝いている。
その鱗は“装甲”と呼ぶべきものだった。
重なり合うそれぞれが分厚く、攻撃それ自体を拒絶しているように見える。
おそらく……重量のある石を全力で“投擲”すればあるいは太刀打ちできるかもしれない。ただそれも一か八かの賭けになる。
ドラゴンの首がゆっくりと持ち上がった。それだけで、空気が押し潰されるような圧が降りてくる。
翼をわずかに動かしただけで、風が唸りを上げた。
“生き物”というより――災害だ。
首が、わずかに引かれる。
(来る――!)
次の瞬間。
“危機察知”スキルがものすごい警戒を発する。
「――ッ!!」
叩きつけられた前脚。ただそれだけで、衝撃が爆発のように広がる。
視界が揺れる。いや、違う。
吹き飛ばされた。
「ぐっ――!!」
体が宙を舞う。受け身を取る間もなく、背中から地面に叩きつけられた。
肺の中の空気が一瞬で吐き出される。
「ッ、は……!!」
なんだ、今のは……?
緊急回避で避けられる範囲全てを制圧する圧倒的なパワー。“カタボリック”スキルを全開にしているのにこのザマか……!?
振り返ると背後にリディアの姿が見える。二人まとめてぶっ飛ばされてしまったようだ。
「リディア!!無事か!!」
「あ、ああ!だがこいつは――!」
――まずい。
石を拾う暇もない。上位ドラゴンは、こちらを見下ろしたまま――
その前足を一閃。
速い。
あの巨体で、どうしてそんな動きができる。
回避しなければ――そう思った瞬間嫌なフラッシュバックが脳裏に浮かんだ。
あの攻撃、高さ、この角度。
背後には――リディアが。
彼女は先ほどの衝撃で体勢を崩したまま、まだ立て直せていない。
上位ドラゴンの次の動きは、すでに始まっている。
動きをスローに感じ始めたのは幸い“緊急回避”と危機察知の合わせ技か。
体が軋む。スキルが回避を強制している。
だが、ダメだ――!!!
俺が避ければリディアが。きっとあの予言通りだ。腹部を大きく抉られ――。
体が悲鳴をあげている。回避を強制するスキルの発動を気合いで封じ込める。
俺が止める。俺が受けなくては――!!!!
逃げるな!!!
ここで逃げたら、全部終わってしまう!
ゆっくりと残酷な攻撃が目前に迫る。掴むことも、パンチで迎撃することもできない。壁として受け止めるために踏ん張る。
――直後。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!?」
強烈な衝撃。この世のダンベルを全て集めてまとめてぶん投げられたようだ。
「ちきしょおぉぉぉぉ!!!」
踏ん張る。なぜ、立っていられるのかわからない。ドラゴンの爪は確実に私の体を捉えている。貫通――していてもおかしくない。
だから……だからどうしたと言うのだ!!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
体が焼けるように熱い!一体どうなって――
ブチブチブチ、ベキベキと不快な音が耳にまとわりつく。
「止まれぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
直後、糸が切れたように俺の意識は途絶えた。
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……体の感覚がない。
何も感じなくなってしまった。
……死んだ……のか……?
――リネア……!
すまない。一蓮托生の契約、一番のリスクは俺だったみたいだ。
……リディアは大丈夫だろうか。
予言の攻撃は俺が受けた。あのドラゴンがいくら強いとはいえ、俺の全力なら止めることくらいはできたはずだと思いたい。
――終わり……か?
あぁ……短い短い第二の人生だったな。
元はと言えば……人との繋がりは希薄。そんな人生を送ってきた。使命なんてものは無く、ただ生きる実感を得るために、確かに進んでいると実感するために筋トレに励む日々。
だがこの異世界で、そんな積み重ねた努力のおかげで、リネアに、ルノア、そしてノエラ。リディアにも、騎士団のみんなにだって会うことができた。
会うことが、できた……のに。
まだ、死にたくない――。
仲間に囲まれながら、たまに怒られるけど、そんな関係を大事にしながら、筋トレをする日々があったはずだ。
俺たちには……まだ始まってない旅があったはずだ。
みんなで、リネアのお母さんを、ルノアの家族を探して……その先々でノエラの実家のためにお金を稼ぐ。そんな未来があったはずだ……。
それにまだ一度も……こっちで全身オールアウトするまで追い込めてねえじゃねえかよ……。
「……ジ!!ユージ!!!」
リディアの声がする。良かった。あの攻撃は止められたようだな。
……目が開かない。身体中がどくどくと脈打っている感覚が戻ってくる。
俺は今どうなっているんだ……?
「リディア……聞こえるか?」
再び薄れゆく意識の中で呼びかける。
「あぁ……!聞こえるぞ!安心しろ。私が必ず連れて帰る。必ず生きて帰るぞ!」
もちろんだ。と言いたい。だがもう俺は――
「……なぁ、頼む。俺の分まで生きてくれよ……リューネ村にいる仲間のことも……気にかけてくれると嬉しい……」
(スマン。リネア……俺のせいで……くそっ……!)
もしあの世で会ったら、リネアは何て言うのだろうか。怒るだろうか。それとも失望?
まぁ、めちゃくちゃ怒るだろうな。あいつはそういうやつだ。
どちらにせよ、この旅はもう……。
……何も聞こえなくなっちまった。
……いよいよ終わりか。
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「……ユージ?おい!どうした!!ユージ!!!返事を……しろっ……!」
リディアの悲痛な叫びが龍里嶽にこだまする。
その様子を上位ドラゴンは眺めている。
「君は……私に生きろと言うのだな」
「……残酷なことを言う。君がいないこの先の王国を背負って立つのがどれほど大変か。君にならわかるだろう?」
リディアの目には大粒の涙。だがその表情は絶望ではなく、決意のそれだ。
「ここで君を置いて逃げ帰る私ではない。君との訓練が私を強くした。……もう、泣き言は無しだな」
「必ず連れて帰る。誓って約束しよう」
リディアはユージをゆっくりと寝かせる。その体はもう目も当てられないほど鮮血に染まっていた。
その様子をしっかりと目に焼き付けるように見ると、リディアは自分に何かを決意した様子で立ち上がる。
「とっとと終わらせよう」
リディアの放つオーラの気配が変わる。
それを興味深そうに観察する上位ドラゴン。どうやら彼女を“敵”として認めたようだ。
「……生意気な畜生風情が」
リディアの目に宿る純粋な“怒り”。
国を背負って立つ覚悟を本当の意味で決めた彼女の姿はもはや剣聖ではなく――。
まさしく“英雄”。
空気が変わる。先ほどまでとは明らかに違う“圧”が、彼女から放たれていた。
(……彼の体を担いで逃げ切れるほど簡単な相手ではない)
リディアは剣を力強く握りしめる。
(それにヤツは……ユージの仇だ!)
今まさに最後の戦いが始まろうとしたその時。
「おー!やってんねぇ!ちょっと出遅れちまったか!」
リディアには聞き覚えのある声が響く。同時に上位ドラゴンの注意もそちらに引き寄せられた。
いつの間にか、どこからか現れたのは二人の男女。
一人は仰々しい鎧に身を包み、身の丈ほどもある大剣を背負った男。
もう一人聖職者のような装備に杖を持った女性。
リディアには記憶に新しい。
彼らは――隣国アスレイド聖統国の“転生勇者”たちだ。
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