第56話「筋肉と異世界の洗礼」
## 第56話「筋肉と異世界の洗礼」
### 【あらすじ】
龍里嶽へと足を踏み入れたユージたちは、ドラゴンの目撃地点へと到達する。
生き物の気配が一切消えた異様な盆地――そこは、明らかに“何か”の存在を示す不自然な静寂に包まれていた。
そして――
静寂の奥で、ついに“龍の気配”が動き出す。
### 【本文】
異様な空気。
我々は馬車を降りて周囲を警戒する。
「……近くにいるぞ」
リディアは言う。
私の“危機察知”スキルも断続的に危険信号を発しているのがわかる。
ドラゴンは魔装具を取り付けられ怒り狂っていると報告があったが、この空間は恐ろしいほど静かだ。
ゆっくりと、落ち着いて。
感覚を研ぎ澄ませてみると、長い間隔で地鳴りがしているのがわかる。
何か巨大な生物が、移動している。
そして――それは近づいてきている……。確実に、こちらを……!
「リディアッ……!」
「ああ!」
山肌の影から飛び出す巨大な影。
――ドラゴンだ。
高所からこちらに飛びかかってくる。
グゥォォォォォォ!!!
こちらを視界に捉えた途端、ものすごい咆哮と共に巨体が飛んだ。
「危ねぇッ……!!!!」
幸いドラゴンにも緊急回避は発動するようだ。飛びかかりに反応して回避行動をとる。
「油断するなよ……!」
少し離れた馬車に団員の男は待機させている。そちらの心配は今のところ不要。
ドラゴンを観察すると、確かに首元に妙な器具が取り付けられ、不気味に赤黒い光を放っている。対照的にドラゴンは美しいシルバーの鱗に覆われていた。
「ユージ!見えるか!」
「ああ……!アレを壊しゃあいいんだよな!」
「そうだ。手始めに相手の動きを引き出すぞ」
そういうとリディアはドラゴンに向かって走る。
(な、なんだあのオーラみたいなの!?)
リディアの体から圧倒的な力を感じる。これが彼女の本気。“剣聖”の力か!
「うぉおおお!」
異次元の跳躍からドラゴンの頭部めがけて縦方向の斬撃を繰り出す。
(は、早い!)
一瞬でドラゴンはその巨体から想像もつかぬ速度で攻撃を回避する。そのままの勢いで……。
こ、こっちに来た――!
「お、おりゃぁァァ!!!」
気合いと緊急回避の合わせ技でドラゴンの攻撃を回避する。あんな爪で引き裂かれたらたまったものではない。
しかし、なんだ?この違和感は――。
……そうだ。
このドラゴン……予言で見た時よりも随分と印象が、違う。
予言の中で、私はそれに対して恐怖し、ただ通り過ぎるのを祈ることしかできなかった。
だが、このドラゴンは……正直本気で投擲やパンチをかませばどうにかなりそうな……そんな感じ。
この数日で私がそこまで強くなった?
いや、あの予言の龍が持つ圧倒的な存在感はそんなものでは消えないだろう。そもそも、大きさから違うような……。
「ユージ!何をぼーっとしている!」
「え!?ああ、すまん!!」
「ドラゴンの攻撃をかわしつつ考え事とは……君は本当に規格外な男だな」
「い、いや、ちょっと色々な」
「で……?何かいい方法はありそうか」
あのドラゴン。動きは早いが私の本気の投擲を躱せるほどの俊敏さはなさそうだ。
トレヴィルに着く前の森で何度も試した“投擲”。ホブゴブリンの頭を消し飛ばしたアレだ。本気で放つと弾丸のような速度で飛んでいく。
命中精度もキモいくらい高く、一瞬でも動きが止まればその瞬間に魔装具を撃ち抜くことができるだろう。
「ああ。これの出番だな」
私は懐に入れていた軽めの石を取り出す。重量がある石を本気で投擲してしまうと、必要以上にドラゴンを傷つけてしまう。
あのドラゴンは被害者だ。殺してしまうのは違うだろうと道中でいくつか拾っておいたのだ。
先ほどのリディアの斬撃も、殺意の込められた攻撃ではなかった。おそらく意見は一致している。
私としてもドラゴンスレイヤーなどというスキルを取得して、また悪目立ちするのはごめんだ。
「一瞬でいい。動き、止められるか?」
「愚問だな。是非もない」
そう言うとリディアは再びドラゴンに向かっていく。まったく頼もしい限りだ。
ドラゴンの爪を剣で弾くリディア。正直どういう原理なのか全くわからないが、これも剣聖スキルの恩恵なのだろう。
しばらく動的な攻防が繰り広げられる。
石を構えながら眺めるその様子は明らかにリディアが優勢。やはり、女神の予言のような未来があり得るとは到底思えない。
二人での時間が彼女を成長させたからか?それならもう安心なのだが……。
「ユージ!いまだ!!」
「よしきた!」
ドラゴンが一瞬怯んだ瞬間。
首元の魔装具に向けて本気の投擲を放つ。
「フンッ……!!!」
リリースの瞬間、時間がスローになったかのような感覚が来る。目標がまるで目の前にあるかのようだ。
これなら、どう考えても確実に命中させられる。
投擲された石は空気を切り裂く破裂音と共に発射され――。
ッパァン!!!
軽い着弾の炸裂音と共に白い粉塵を撒き散らし、ドラゴンは大きくよろめいた。
「……君のそれは、もはや高位攻撃魔術の類だな」
投擲された石の軌道と速度を見てそう思ったのだろう。リディアは若干引いている。
「で……どうなったんだ?」
ドラゴンはゆっくりと体勢を立て直す。その首元からは魔装具が外れ、ボロボロになって地面に落ちている。
「お見事。命中したみたいだな」
リディアはわざと大袈裟な拍手をして見せる。
ドラゴンは怯えた様子でこちらを見ると、逃げるように飛び去っていった。
「流石にかわいそうだな。仲間のところに戻れるといいんだが」
「どうだろうな……」
飛び去るドラゴンを見送ると、馬車で待機していた団員を呼び、破壊した魔装具を回収する。
「す、すごい戦いでした!あのドラゴンをまるで訓練生相手みたいに――!」
いつにも増して団員の男は興奮している。
「まあ、思ったとおりまだ幼体のドラゴンだったな。そもそもそうでなければあのような魔装具を取り付けるなど不可能だろう」
これにて一件落着……だよな?
魔装具を見ていると、ベルトに何かしらの水晶が取り付けられている。
「これ、やはり教会の管轄になるんですかね?」
「最終的にはな。こういった魔術関係の手合いは騎士団では手が出せん」
その辺も色々大変なんだな……そんなことを考えた次の瞬間。
身に覚えのある絶望的なプレッシャーを感じ、辺りが暗くなる。
一帯を包む静寂。
「なんだ――」
そう言ったリディアと団員の男を、両脇に抱え全力で馬車に走る。
“カタボリック”スキルを全開――もはや筋肉の損耗を案じている場合ではない。
「二人ともグレイストンまで急げ!!すぐに村人を避難させろ!!」
私は二人の背中を押す。
――この感覚は覚えがある。
呼吸が、浅くなる。
恐る恐る背後を見ると、太陽を隠すほどの巨体が崖の上からこちらを覗いていた。
――慢心していた。
予言で見たのはこの龍だ!
「行け!!!早く!」
ギャオォォォォォォ!!!!!
「まずい!!」
リディアが叫ぶ。
ドゴォォォォン!!!
上位ドラゴンは容赦ない叩きつけ攻撃を馬車に向かって繰り出す。馬車の荷台は破壊され、もはや引いて走れる状態ではなくなった。
「お前だけで行け!一人の方が速い!」
リディアが騎士団員の男に叫ぶ。
「で、でも!!」
「お前がいても足手まといだ!行け!村人を守るのがお前の仕事だ!」
「……わかりました!」
団員の男は馬に跨り下山する。
上位ドラゴンは走り去る馬と団員には目もくれず、こちらにゆっくりと体を向ける。
あの龍は、怒っている。
同種、同胞を脅かされたことに。
ターゲットは、私たち二人だ――。
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