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異世界筋肉〜筋トレがしたいだけなのに異世界が放っておいてくれない〜  作者: プロテイン長田
第14章「転機そのニ」

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第55話「筋肉と龍の棲む山」

## 第55話「筋肉と龍の棲む山」


### 【あらすじ】


 数日の二人旅を終えて辿り着いたグレイストン村で、ドラゴン討伐に関する情報と、この地が騎士団・教会双方にとって重要な拠点である実情が明らかになる。 


 そして宿の不足により同室を余儀なくされる二人。


 色々とすれ違いはあるようだが、迫る決戦を前に、確実に運命は動き出していた。


### 【本文】


 翌朝。


 久しぶりにテントではなくしっかりとしたベッドで休むことができ、覚えのある熟睡ができた。


「あれ、俺こんな真ん中で寝てたのか……?」


 記憶の限りでは、リディアに配慮してベッドの端っこの方で寝ていたはずなのだが……。


 起き上がるとすでにリディアは出かけているようだった。


 宿の外に出ると山間の冷気がすっと流れ込み、ベッドの温もりが一瞬で消えてしまった。見上げると低い雲が山裾を覆っている。


 吐いた息が白く立ちのぼり、自分の息遣いがいつになく新鮮に感じられる。


 近くの家屋の屋根からは細い煙が幾筋も立ち上り、薪の燃える匂いが風に混じって届いた。


 人影はまばらで、村人が家の戸を開けては素早く日課を始めている。誰かが鍋をかき混ぜる金属音、教会の鐘が一度鳴った。騎士団の詰所からは甲冑が触れ合う低い音がして、時折馬のいななきが響いてくる。


 村の奥には切り立った灰色の山肌がどっしりとそびえていて、空の薄い光を受けて無言の圧力を作っていた。 


 そんな様子を眺めていると、すっかり準備万端という様子のリディアがやってきた。


「起きたか。よく寝ていたな」


 彼女はすっかり騎士団長らしい調子を取り戻していた。


 ここ最近はずっと二人きりで、団員の前で見せるキリリとした彼女をみるとやはり団長の器だと感心させられる。


「ああ。おかげさまでよく寝られたみたいだ」


 そう言うと、リディアが少し表情を崩して反応したように見えたが……まあ、気のせいだろう。


「その様子だと随分早起きだったのか?」


 私たちは馬車へと向かいながら他愛もない会話をする。


「あ、ああ……だが心配するな。驚くほど熟睡できた」


「そうか。俺も久しぶりに快眠だったな」


 そういえば、この熟睡具合はルノアと一緒に寝ていた時のことを思い出すな。


 ……ん?何かを感じ取りリディアの顔を見る。


(いや、まさかな。流石にそれは……無いよな?)


 全く言及してこないところを見るに、おそらく杞憂だろう。それに彼女も快眠だったようだ。それで良いではないか。


 グレイストン村はそこまで広くないので、すぐに騎士団の詰所へと到着すると、すでに私たちの馬車が準備されていた。


「最初は俺がこっちでいいか?」


 そう言うと慣れた手つきと体捌きで手綱を握る。


 これも旅の途中でリディアに手ほどきしてもらったおかげだ。次に鑑定したら馬術のスキルレベルはすごいことになっているだろうな。


「もう慣れたものだな。君の学習能力は本物だ」


「そうなのか?」


「ああ。剣術だって、模擬戦の前に手合わせしただろう?」


 ああ、あの一晩中ボコボコにされた日の……。


「最初は素人に毛が生えた程度の剣術だった。だが最後は……私だったら迷わず騎士団にスカウトするレベルの剣術になっていた」


 リディアは嬉しそうに語る。


「その成長ぶりに感化されたのか私も相当良い感覚が掴めてな。あの日は本当にいい夜だった」


 恐らく、“合トレ”のスキル効果による超成長のことだろう。他者からはそのように感じるんだな。


「俺はただこれ以上ぶっ飛ばされないために必死だっただけだけどな……」


「む、そうなのか?それにしては随分と楽しそうだったが」


 リディアにはそう映っていただけだろう。正直半分以上記憶がないのだ。


「団長。準備が整いました」


 団員の一人がこちらに呼びかける。


「うむ、ご苦労だった。昨日指示した通り、例の一人、こちらに回してくれ」


 リディアはその後、テキパキとグレイストン村駐在の騎士団員に指示をしていく。


 どうやらドラゴン調査のために若い、恐らく20代前半の騎士団員の男を一名同行させるようだ。


 彼は数度、その怒れるドラゴンの姿を目撃しているらしい。


◇◇◇◇◇◇


 その後すぐに、グレイストン村からさらに奥へ、ついに龍里嶽へと入っていく。


「まさか団長と一緒に任務につけるなんて……光栄です!」


「それに賢者様までご一緒とは……教会と騎士団は――その、あまりいい関係ではないと思っていましたので」


 同行した騎士団員の男は興奮した様子でリディアに尋ねる。


 そうか、騎士団からしたら教会は厄介な印象を持たれていてもおかしくない。


 その教会から送られた私と団長が同じ目標に向かっていたらそう感じるのも不思議ではない。


「妙な詮索をするな。道中で偶然居合わせただけだ」


「そうなんですね。泊まるところは大丈夫でしたか?騎士団の宿舎もほとんど村人に貸し出していて……」


「それに関しては問題ない。村長が宿を抑えてくれた」


「それはよかったです。賢者様の方は――」


「それで?随分と復興に時間がかかっているようだが」


 リディアは団員の男の発言を遮るようにして言う。


 さすがに……団長と教会の賢者が距離を離したとはいえ一緒に寝たというのは言わないほうがいいことくらい俺でもわかるぞ。


「え?ああ、そうですね……やはり物資が足りないことが原因ですね」


「運搬を急がせよう。苦労をかけてすまないな」


「いえ、団長のおかげで我々は生きているようなものですから」


 そうか――ここの騎士団員は前回のドラゴンと転生勇者の一件でリディアと同行していた者も居るよな。


 リディアは団員のその言葉を聞いて、複雑そうな表情を浮かべる。恐らく、その一件で戦死した団員のことを考えているのだろう。


「騎士団内部では色々な意見がありますが、少なくともグレイストンでは団長が真の勇者ですよ!」


 教皇が言っていた『リディアが団長の重責から解放される』という発言が引っかかっていたが、今の団員の話でそっちの線もあるかと考え直す。


 そもそも、魔術派のイシュルドが隊長にまでなっていたのだ。リディアを団長から下ろそうとする動きがあっても不思議ではない。


「いろいろ大変なんだな……」


 そう呟く。


「なんだ、全く他人事のように」


「いや実際そうじゃないか?今は少なくとも」


「……勘違いしているようだが諦めたわけではないからな?君のためにまだ第三隊隊長の席は空いているんだ」


「や、やっぱり噂は本当だったんですね!」


 騎士団員の男が更なる興奮を見せる。


「正直、期待しています!剣術派とか、教会魔術派とか……ちょっとだけうんざりしているんです」


「お二人の力があれば、きっとこのゴタゴタも解決するに違いありません!」


 団員の男はその若さか来るのであろうキラキラオーラを放っている。


「……だそうだ」


 リディアは悪戯にこちらを見る。


「なんだその目は……俺は騎士団にも教会にもついた覚えはないからな」


「ハハハ……君の興味は筋肉だけ。ということか」


「筋肉……ですか。そういえば、昨晩遅い時間に、“龍の試練”をものすごい勢いでガシャガシャやっている不審者がいるという通報があったみたいですが……」


「ふ、不審者!?」


「いえ!すぐに筋肉の賢者様がいるという知らせが共有され、事件にはなっていません。ご安心ください!」


「君は相変わらず筋トレのことになると周りが見えなくなるようだな……」


 まあ、色々気になることはあるが雰囲気は悪くない。


 ドラゴンに付けられている魔装具を外すというのがどれだけの難易度かはわからないが、その時は着々と近づいているのだ。


◇◇◇◇◇◇


 馬車を操りながら目撃情報があった場所へと向かう。


 そうして考える。


 出発からずっと迷っていること。


 それは、リディアに予言の内容を伝えるか否か――


 リディアになら女神と直接話したということを伝えても良い。そう思っている。


 しかし、その内容を聞いて、彼女が私の同行を認めてくれるかどうか。


 目的地が近づくにつれて、緊張感が高まる。


 それに、言ったところで対策のしようがない。どちらにせよリディアがあの場所に行かないという選択肢はないのだ。


 他のメンバーがリューネ村に残ったのも避けようのないことだった。あの場で予言のことをカミングアウトしても、無用な混乱を招くだけだっただろう。


 それに一番危惧しているのが、女神の意図だ。


 クラリスは女神の予言を伝えることで我々を大聖堂に導いた。


 それは結果的に私が女神の間で予言の世界を見るきっかけとなっている。


 今回はどうだ?私がリディアに予言の内容を伝えることでそれはどう作用する?女神がなぜあの予言を私に見せたか……それがわからない以上、無闇に話すのは危険だ。


 そんなことをぐるぐると考えていると――。


「団長、賢者様。もうすぐ着きます。」


 山道を進む狭かった視界が一気に開けた。


 そこは山の中腹を削り取ったような広い盆地。


 周囲はぐるりと白銀の岩壁に囲まれている。切り立った崖は淡く光を反射して青く鈍く輝いていた。


 吹き抜ける風は鋭く、頬を刺すように冷たい。巻き上げられた粉雪が空中で舞い、視界を白く滲ませる。


 天を仰げば、崖に囲まれているにもかかわらず不思議と圧迫感は薄く、むしろ“何かが降りてくるための空間”のようにぽっかりと口を開けている。


 あたりは静まり返っている。


 だが、その静けさは不自然だった。


 まるでここだけが、自然から切り離されたかのよう。


 ――そして、その違和感だけが、確かにそこに“いる”ことを告げていた。

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