第52話「筋肉と騎士団長とサウナ」
## 第52話「筋肉と騎士団長とサウナ」
### 【あらすじ】
リディアと二人きりで北を目指すユージ。
道中、馬術の手ほどきを受けながら束の間の穏やかな時間を過ごすが、彼の胸には女神の予言で見た惨劇の光景が焼き付いて離れない。
野営の夜、何気ないやり取りの中にも二人の距離は少しずつ縮まっていくが……。
### 【本文】
深夜。
目を覚ましたらしいリディアと見張りを交代し、私はテントに入った。
「おお……!これはなかなか」
さすが騎士団御用達ということもあり、一目見て豪華な物だとわかる。その分用意は大変だったが……。
テントは分厚い布が二重に張られ、床には厚い絨毯が敷かれている。地面の冷気が直接伝わってこない。
中央では小型の暖炉のような魔導器具が静かに赤く光っていた。
火を使っているわけでもないのに、テントの中はほんのり暖かくなっている。なるほどこれなら標高の高い山に行ったとしても問題なく行動できるだろう。
「寝る前にもうひと運動するか」
今回の二人旅では残念ながら高負荷のトレーニングは望めそうにない。
なれば、厳格な自重トレーニングをする他ない。
まずは腕立て。背中を丸めず、腰も落とさず。
頭から踵まで一直線。これが基本の形。
次に、胸で押す意識。
腕で挙げようとせず、胸と肩で地面を押し返す感覚を大切に。腕にはやってれば自然に入るからな。
それから、反動を使わないこと。
ゆっくり下ろして、しっかり押す。
雑な数回より、綺麗な一回の方が筋肉には効く。
最後に一番大事なこと。
疲れたからといってすぐ辞めないこと。キツいと思った先の1レップに筋肥大の神が座っているのだ。
もちろん、毎セット限界まで追い込めというわけではない。しっかりメニューが組めているのなら、限界の扉を叩くのは最後の1セットだけでも良いな。
◇◇◇◇◇◇
「あ〜!やっぱり自重トレは回数が増えるから汗かいちまうな……まあたまには悪くないか」
しっかりワークアウトをこなし気持ちよく汗を流した。
「アレ、でもこれどうしよ。シャワーとかないよな」
前世の24時間ジムにはいつでも使えるシャワールームがあった。しかし、今はそうもいかない。
「うわっ寒いな!」
仕方がないのでリディアにどうしているか聞きに行くことにした。
「おーい!」
遠巻きから声をかける。
私の姿を見て、リディアはゆっくりと剣を構える。
「……どうしたんだ?剣なんか構えて」
「自分の姿を見てから言え」
「え?ああ……着替えが勿体無いからこの状態で着られなくて」
トレヴィルを出る時に買ったややパツパツ気味のシャツとベスト。冒険者用のものだろうが、このサイズは値段が張るので数枚しか持っていないのだ。
運動のたびに着替えていては洗って乾く前にストックが切れてしまう。
「客観的に考えてみろ。こんな夜中に山の中でお前のような上裸の巨漢が湯気を発しながら迫ってきたら誰でもこうなる」
「そう言われると確かに怖いな」
「しかしまあ――」
そういうとリディアはまじまじと私を見る。
「こう見ると見事な筋肉だな」
出た!トレーニー歓喜の瞬間。
こっちの世界に来てからはそこそこ体を褒められることはあったが、ここまで直接的な表現は久しぶりだ!
「ああ!ありがとう!」
私は思わずポーズを取る。競技シーンに出たことはないが、筋肉を強調できるこういった姿勢は自然と身につくものだ。
「お、おお。」
リディアはちょっと引いてしまったようだ。
「それで?何の用だ。君は夜更かし厳禁ではなかったのか?」
◇◇◇◇◇◇
「賢者様とは言え、騎士団秘蔵の魔導器具の使い方は知らんか」
リディアは丁寧にテントに備え付けられた魔導器具の使い方をレクチャーしてくれた。
時折私の体を観察するように見ているリディアの視線が嬉しい。
「温度、湿度、送風、水の生成まで自由自在ってまじかよ……」
何とこのテント中央に設置された魔導器具を使えばテント内部の環境は自由自在なようだ。
これなら水で体を流して乾かすことも簡単だ。
もしこの魔術という概念が前世の世界にあったら、電気やそれに付随するテクノロジーは発達しなかったかもな。
「では私はこれで」
そう言うとリディアはそそくさと退散しようとする。
「ちょっと待って欲しい」
そんな様子のリディアを呼び止める。
「何だ」
「説明してもらった手前悪いが、俺これ使えないかもしれん」
◇◇◇◇◇◇
「おい、本当に真面目にやっているんだな?」
「あ、ああ!本気だぁ!」
私は魔導器具に向かって水を生成するように念じている。
「ここまで無反応というのも珍しいな……」
どうやら、私は何らかの理由でこの魔導器具が使えないらしい。
「契約の時は水晶使えたんだけどな」
「リネア嬢との契約か。それは彼女の魔力があったからだろう」
「スキル鑑定の水晶はどうなるんだ?普通に鑑定できたが」
「設備として埋設されている水晶は外部からの魔力の供給を必要としない」
「このテントの水晶は違うのか……」
「あぁ。これは移動式だ。動力として外部からの魔力供給を必要とする」
「いろいろあるんだな……で、これってようはどういうことなんだ?」
「私に聞くな……まあおそらく察するにユージには魔力が全くないのかもな」
「そうか。残念だな」
「……残念。か」
リディアはなぜか物珍しそうに私を見る。
「わかったわかった。私がやってやるから」
「本当か!?じゃあ――」
◇◇◇◇◇◇
数十分後。
「も、もう良いだろう!?流石に限界だ!」
「いや、まだだ!」
「クッ……!コレも君に賢者の名を冠せた修行ということかッ……!」
今我々が何をしているかというと。
テントをサウナにしてみた。である。
魔導器具で温度が自由に調整可能。
すなわちサウナ化もできるのではないかと考えたのだ。
当然それにはリディアの操作が必要なので、せっかくだから彼女にも体験してもらっている。
魔導器具は水分も生成できるので、湿度も含め理想的なサウナ環境を作り出せた。
「よし!そろそろ出るか!」
「ああ……!やっとか」
リディアもかなり良い感じに仕上がっているようだ。
「ああ、違うぞ?テント内はそのままだ」
「……は?」
当然サウナ後は水風呂、外気浴なのだが、あいにく水風呂を用意はできそうもなかったので、この気温を活かした外気浴を行おう。
「外に出るんだ」
「……嫌だ」
「出るんだ」
「このままの格好でか?」
リディアには適切な格好に着替えてもらっている。
装備の中に着ているインナー姿だ。
こうしてみてみると彼女の腹筋、お昼に触れてしまった大腿四頭筋は見事である。
「騙されたと思って」
嫌がるリディアを何とか引きずって外に引っ張り出す。
◇◇◇◇◇◇
「ああ〜気持ちいい!」
馬車の荷台に良い感じの椅子があったので、二台並べて外気浴をする。
サウナで入った熱を逃し、体が気温を感じなくなるような感覚に酔う。
「どうだ?悪くないだろ」
「ああ……コレはなかなかだぁ」
隣にはふにゃふにゃになったリディアがいる。初めてでここまで気持ちよくなれるのは才能だな。
「この一連の流れを満足するまでやるんだ……」
しっかりリディアもサウナにハマってくれたようで、この後数回に渡って付き合ってくれた。
◇◇◇◇◇◇
「で、どうするんだ?コレは」
リディアは腕を組んでこちらをみている。
サウナを堪能した我々はさあ片付けようとしたわけだが、当然外が冷える中テントをサウナ状態にしたら中はビシャビシャになる。
「魔導器具で何とかなったり……しないよな?」
「せいぜい服を乾かしたりする程度だ。コレは乾くのに少なくとも一晩はかかるぞ」
「正直なところあんまり考えてなかったな」
「全く……まあ、見張りをほっぽり出して乗っかった私も悪い。私のテントでさっさと着替えるぞ」
……こんなとびきりの美女とサウナをご一緒して一緒に着替えるなどというイベントが発生するとは、いやはや異世界転生侮りがたし。
しかし、こう体験してみると何だか恋愛感情というよりリディアには戦友のような信頼感を感じる。
「あまり人の体をジロジロ見るな」
以前ぶっ飛ばされた時と比べれば随分と穏やかな注意だ。リディアと交代して魔導器具の前に移動する。
「そんなに気になるなら、触ってみるか――?」
「ん?何だ?」
体を乾かすために魔導器具が発する強風に吹かれたため、何か言ったリディアの言葉がうまく聞き取れなかった。
「何でもない」
「そうか……?」
なぜか顔が真っ赤になってしまったリディア。
裸同然で同じ空間にいるというのに今更何を恥ずかしがることがあるのだろうか。
「じゃあとりあえず、俺の寝るやつ持ってくるから」
「え!?あ、ああ……そうか」
当然、私のテントは乾くまで使い物にならないので、それまではリディアのテントで休ませてもらおう。
「では私は引き続き見張りに出よう」
「サウナの後にあんまりするもんじゃないけどな」
「仕方ないだろう。寝込みを襲われたらどうするんだ」
「それもそうか」
そういえば、寝ている時の危機察知や緊急回避スキルはどのような扱いになるのだろう。
「なあ、寝てる間に一発殴ってくれないか?」
検証するためにリディアに頼んでみる。
「……ついに本当に頭がおかしくなってしまったのか?」
リディアはドン引きしながら後ずさる。残念ながら断られてしまった。
「バカなことを言っていないでとっとと寝ろ」
そう促されてテントに入る。やはり何だかいい匂いがする空間に癒されながら眠りにつくのだった。
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