第40話「筋肉と告白」
## 第40話「筋肉と告白」
### 【あらすじ】
最近まともに筋トレをしていないことに気がついたユージは早朝の王都へと出かける。
そこでばったり出くわしたリディアと合流したマルティナに彼が大聖堂から出てきた理由を説明する。
すっかり忘れていた二人の奴隷契約を解除したところで騎士団もユージ獲得の交渉に乗り出す……。
### 【本文】
「ほう……教皇が直々に交渉して来たのか。教会から壁の修繕費用が送りつけられてきた時は何事かと思ったが……」
奴隷契約の件が片付き、私はリディアに教会から提示された条件について話をした。
別に口止めされていなかったし、今朝もすんなり大聖堂を出ることができたのでそこまで重要機密というわけでもないだろう。
「しかし、あの教皇が騎士団に金を払うとはな。君にそこまでの価値を見出したということだろうが……」
難しい顔をするリディア。
「では、こちらも条件を追加しよう。騎士団第三隊隊長を引き受けてくれるのなら、施設のトレーニング器具の管理と導入も君に任せよう!君の好きなようにしてくれたらいい」
お、それは確かに魅力的だ。だが……。
「団長、彼が教会の提示した条件に感じている魅力はそういうことではないかと」
「む、そうなのか?」
このリディアという女性は初めて会った時から随分と印象が変わってきた。
威厳があり、意志の強い立派な女騎士という印象は変わっていないが、戦闘以外のこととなると少々ポンコツ感が否めない。
その辺のバランスはマルティナがとっているのだろうが……。
「では、逆に君は騎士団に何を求めるというのだ」
聞き返されてしまった。
「求めると言うよりも、俺が問題視してるのは騎士団として“王都に居続けなくてはならない”って部分なんだよなぁ……」
そう言うと、リディアはぐぬぬといった様子で黙ってしまった。
「……仕方ないですね」
その様子を見かねたマルティナが言う。
「一度、“お二人で”お話し合いになった方が良いかと」
「ふ、二人でか?」
リディアは不安そうにマルティナを見る。
「私が聞いていても本音が話せるならお付き合いしますが」
「いや……いい」
「それでは決まりですね。ルノアさんは私と王都でお買い物でもしましょう」
「い、いや。俺はまだ何も――」
「わーい。ルノア、おかいものすき」
な、何だかルノアまで空気を読んでいるかのような反応だ。ここは諦めてリディアの話を聞くしかないか。
◇◇◇◇◇◇
私たちは人目につかないよう広場の端にあった花壇の縁に腰掛けた。
何だか座る距離感が微妙に近い気もするが……。
しばらく気まずい沈黙が続いた後、リディアが話し始める。
「まだ、君たちが王都を出たい理由を聞いていなかったな」
「人探しの旅に出なきゃならない。それが理由だ。そのためには王都に居続けるわけにはいかないだろ」
「人探し……か。うまくいくといいな」
リディアは何だか気落ちした様子で話す。
こちらとしても何だか釈然としない空気感になってきた。
「騎士団が嫌だとか、教会がいいとかそう言うわけじゃないからな」
「……慰めているのか?」
「いや、そんなつもりはないが――」
「君は、私についてどれくらい知っている?」
リディアは真っ直ぐ前を見ながら言う。
「……騎士団長の剣聖であり、勇者の素質があると言うことしか」
「教皇の入れ知恵か。全く余計なことを」
そう言うと、リディアは自身の過去について話しはじめた。
「……そうだ。リネア嬢が今求められている役割。転生勇者の打倒は、以前私に課せられた使命のうちの一つだった」
「半年ほど前だ。挑発的な行為を繰り返す聖統国の転生勇者一行が王国の領土に入ってきたのだ」
「北の山から下りてきたドラゴンを追ってのことだった。女神教では龍殺しは名誉。特別なスキルが手に入るとも聞く」
「私はそれを止めるために隊を編成し出発した」
「……私は、彼らと話し合いをする――つもりだった」
何だか話の空気が変わった。
リディアの表情も曇っていく。
「だがあろうことか、転生勇者たちは我々の王国民たちの生活を省みることもなく大暴れしていた。無関係なたくさんの家がドラゴンや転生勇者たちの攻撃に巻き込まれ、死傷者も大勢出た」
「私は怒りに任せて彼らを止めるために飛び込んだ。だが彼らは聞く耳を持たなかった」
「そして……私に続いた一人の兵士が無惨にも転生勇者の一人に斬り殺された」
「……人が目の前で死ぬのを見るのは初めてだった。それまでは将来有望な団長候補として育てられ、訓練では向かう所敵なし。実戦も危なげなく勝利できる簡単なものに行くばかりだった」
「私は怖気付いたのだ。自分が連れてきた兵たちがこれ以上死んでいくのを防ぐために守り抜くことしか考えられなかった」
「転生勇者どもと事を構える大義名分はいくらでもあったと言うのに――それすらできずにただその場から逃げることしか考えられなかった」
リディアが語る彼女の経験は、今まで見知ってきたこの世界の厳しさを別の側面から物語るものだった。
「先日の盗賊団襲撃の時もそうだ。私は自分のメイドの命惜しさに防戦に回った。その結果私まであのザマだ」
「国王はすでに私に失望している。今はもう教会魔術派に対する“壁役”として政治的に使われているだけだ」
「教皇にしても、転生勇者の件はリネア嬢に引き継がせたいのだろう」
「――もはや誰も私に期待していない。君がここまで引く手数多なのはそのせいだ」
リディアは淡々と続ける。それはまるで、自分に過去を言い聞かせているかのようだ。
「だが私の失態を知らない国民は依然私を稀代の天才だと持て囃している。その人気もあってか王国は私を切れない。私は剣術保守派の“シンボル”で教会魔術派に対する“壁”だからだ」
……彼女の戦闘能力としての強さは本物だ。だが、その強さと命がかかった実戦での強さは違う。そう言うことなのだろうか。
だが、私に言わせてみれば彼女の行動は賞賛に値すると思う。
きっとそれは異世界人である私の価値観の押し付けかもしれないが――
「……一ついいか?」
「ああ。何だ」
「その転生勇者ってのと相対した時、リディアはどうするべきだったと思ってるんだ」
リディアは少し考えた後、絞り出すように答える。
「……使命を果たすために、味方の犠牲を出してでも転生勇者と戦うべきだった」
「本当にそう思ってるのか?」
「……何が言いたい」
「いや、何というか……じゃあ、今はその隊を守るって判断は間違いだったと思っているのか?」
「そ、それは――」
私は彼女の返事を待たずに続ける。
「それで『間違いだった』って後悔してんなら今のリディアの話もわかるんだがな……そうじゃないなら少なくともリディアの中では『正しいことをした』って思えてるんだろ?」
「……それでも騎士として、団長としてあの場から逃げ出すようなことはあってはならない」
「……役職的にはそうなんだろうがなぁ」
「そこは否定しないのだな」
「いやまあ……スマン」
「なぜ謝る」
再び二人の間に沈黙。
「……あの場に君がいれば、きっと簡単に全てを救って見せたのだろうな」
リディアは天を仰ぎ見ながら言う。
「買い被りすぎじゃないか。俺だってどうなるかわからん」
「フフ……君と出会ってからというもの、このようなことばかり考えてしまってな。君ならどんな問題も簡単に解決してしまいそうだと」
「そ、それを俺に言われても」
「正直諦めかけていたんだ。騎士団内の魔術派は日に日に勢力を増している。私にはそれを弾き返すだけの実績がない。だが……」
リディアがこちらに身を乗り出す。今日、初めて私としっかり目を合わせて言う。
「――君と力を合わせれば、不可能はないと思った」
吸い込まれそうなほど美しい瞳だ。
彼女は様々な重圧の中で過ごしている。
だが、この瞳の光だけは失わないでほしい。そんなことを思った。
「『人間誰しも間違いはある』とか、『次頑張ればいい』とか、君にそんなことを言われると思っていたよ」
そう言うと、リディアは私の手を握る。右手に塞がった傷跡があるのが伝わってくる。
「もう一度言ってくれないか。私は正しいことをしたと」
リディアは肯定を求めている。
シンボルとして担ぎ上げられた表面上の彼女ではなく、過去を知った上でそれを肯定してほしいのだろう。
「ああ。俺がもしその場にいたら同じことをする。盗賊団の件だってそうだ。君にとって大切な人を最優先に守ろうとするのは何も間違っちゃいな――」
そこまで言ったところで、リディアは握った私の手を引き寄せるようにして――
「うおっ!?」
少々驚いたが、流石にこれを拒否するほど人でなしではない。
引っ張られるまま彼女に覆い被さるような体勢になる。リディアは私の首に手を回している。
「こうなってはもう包み隠す気も失せた。ハッキリ言おう。ユージ・タカハラ」
「このままずっと――私と一緒にいてくれ」
顔が近い――
私が手で踏ん張るのをやめればこのまま……。
「やっと見つけたと思ったら……アンタたち、マジで何してんの?いやホントに」
「リ、リネアさん!邪魔しちゃ悪いですよぉ……!」
背後から聞き覚えのある声。咄嗟に体を起こし振り返るとそこには――
「リ、リネア……!?さん……とノエラも」
い、いやぁ〜これはまずいことになった。
私はとびっきりのひきつった笑顔で二人を見た。
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