第116話「筋肉と旅立ちの前に」
## 第116話「筋肉と旅立ちの前に」
### 【あらすじ】
作戦のための衣装を買いに来たユージたち。
そこでルノアの思いを聞き、彼女に奴隷役を頼む決意をする。
クラリスとユージの新たな関係を知ったリネアはその晩、ユージと想いを伝え合い、絆を深め合った。
翌日早朝、ユージの分の衣装が完成し、一行はいよいよ聖統国へと出発する……。
### 【本文】
翌日の早朝。
私は仕立て屋の店主にお礼を言い、急ピッチで仕上げられた衣装を受け取った。
どうやらリネアは今日、大事な社交会があるからということで店主に急いでもらうよう頼んだらしい。彼女らしい機転だ。
「随分な別嬪さんだし無理もないけど、大事な日の前に衣装をダメにしちまうなんて……あんまりハッスルしすぎるのにも気をつけたほうがいいよ」
な、なんだか店主に意味深なことを言われたが、詮索はよした。
「ほら、これももっていきな」
店主はルノアの奴隷変装用の衣装も作ってくれていたらしい。しかし……なんだかサイズが少し大きい気もする。
「確かに、この服なら好き放題できるねぇ。アンタ、いい嫁さんもらったよ。大事にしてやんな」
リ、リネアはどんな話をしたんだ!?いや、ある程度予想はできるが……随分と大胆なこと……。
◇◇◇◇◇◇
国境警備局に帰ると、ティナはもう準備万端といった様子で待っていた。
「これが騎士団から提供する馬車っす。檻はもう積んであるっすよ」
いつぞや、ドラゴン調査に向かった時にお世話になった馬車に似た形状ではあるが、丁寧に騎士団のものだとわかる装飾は外されている。
中を覗くと、ごちゃごちゃと雑多な積荷に加え、中央に重厚な檻が置かれていた。
「馬に関してはどうしても誤魔化しきれないっす。うまくやってほしいっすね」
ノエラが撫でている馬車に繋がれた馬は、確かに奴隷商が扱うには些か美しさが違和感になるかもしれない。
「“うま”だけにってことですね……わかりました」
「緊張感ないっすね……しくじったら戦争なんすよ?」
ティナは呆れた様子で言う。その意見はもっともだ。
だが――こういった重要な場面こそ、まずは平常心で臨むのが良い。常に気を張りすぎていてはもたない。筋トレでも、マックス重量を更新する、その重さにチャレンジするその直前でギアを入れるのがコツなのだ。今はまだ、作戦の最初も最初。
「警告するっす」
ティナはずいっとこちらに身を乗り出す。
「王国は……この作戦、成功すると思ってないっすよ」
「……そうかもしれないですね」
王が我々の先行を許したあの交渉、我々の作戦は成功してもしなくても、王にとって都合の良い結果になるようにまとまった。
それはすなわち、王にとって作戦の結果は些事。
「……一つだけ聞きたいことがあるっす」
「何でしょうか」
「人、殺せるっすか」
ティナの言葉に、一瞬思考が止まる。
「モンスター相手とは、訳が違うっす。もし、仲間を守るために――」
ティナは気まずそうに続ける
「誰か、殺さなくちゃいけなかったら」
「どうして、そんな事を?」
「筋肉の賢者……それはそれは、強いと聞いてるっす」
ティナはゆっくりと私に近づき、その顔を私の腹部に埋めた。
「ちょ、ちょっと!?」
――スゥーっと吸われる感覚。
「匂いがしないっす」
顔を上げると、ティナは言った。
「に、匂いですか?」
「血の匂い……戦争の匂い、そういうのが一切」
ティナは不安そうな目でこちらを見ている。
「心配っすよ。ウチが送り出したせいで、誰かが死ぬのはもうゴメンっす」
「そ、それって――」
ティナは答えない。何か事情があるのだろうが、詮索できる様子ではなかった。
「……大丈夫です。私は――仲間を守るためなら、何だってします。例え――」
「誰かの命を奪うことになっても」
重い言葉だった。だが、自然と口から出る。自分でも驚くほど自然な“決意”だった。
「本当っすか」
「はい」
「確かめるっす」
――スゥーっと吸われる感覚再び。
何かを確かめるようにシャツ越しに腹筋を吸うティナ。
「な、長くないですか」
「もがもが」(まだたりないっす)
何て言ってるのかわからない。こんな事をしていたらまた――
「…………」
嫌な予感は当たるものだ。
ティナに吸われながら振り返ると、そこには――
「ルノア、ああいうのを“女の敵”って言うのよ」
リネアとルノアの姿が。
「ご主人様、ルノアのてき?」
「そうかも」
「ん、せいばい」
「危なっ!?」
「ぶきゃ!?」
ルノアの容赦ない攻撃をかわした拍子にティナが吹っ飛んでしまった。
「むー、ご主人様にくっつくのはルノアのしごと」
むくれながら黒いオーラを纏った短剣を構えるルノア。
「ちょ、なんすかそれ!?カイル副長の“蒼炎”みたいな――」
「ルノア!ストップストップ!」
私の制止で何とか落ち着いたルノアに、変装用の衣装を渡す。
◇◇◇◇◇◇
「なんか、大きくないですか?」
その衣装に着替えてきたルノアは、ぶかぶかのボロ布を被ったような状態になっている。
「き、きっと仕立て屋の人がサイズを間違えたのね!」
リネアは言う。いや、ちょっと無理ないか?
「そ、そうかもしれないな……」
「???」「???」
これに関しては獣人コンビ、二人揃って頭に?マークが浮かんでいる。
(さすがに、これに関しては黙っておこう……)
何はともあれ、準備はできた。
作戦が――始まる。




