第115話「筋肉と作戦前夜」
## 第115話「筋肉と作戦前夜」
### 【あらすじ】
東国境警備局へと到着したユージたち。
局長の犬獣人ティナの助言で“パンデム商会の馬車”に偽装して聖統国へ侵入する作戦を決行するための準備に取り掛かる。
しかし、奴隷紋があるルノアを奴隷役として扱うことに反対のユージ。成功率を犠牲に空の檻を用意することも辞さないつもりだが……。
### 【本文】
「ルノア……これは?」
パンデム商会の奴隷商に変装するため、衣装を買いに来たユージたち。仕立て屋らしい店に入った途端、ルノアはボロボロの布切れを持ってきた。
「これ、ぴったり。とてもどれいみたい」
「ちょ、ちょっと待て!ルノア、俺は――」
「ルノアちゃん、さっきからずっとこういう布ばっかり探してるんですよ」
慌てる私をよそに、ノエラが言う。
「もしかして、作戦の話……」
「ん、ルノアどれいやく。まかせて」
ルノアはエッヘンと自慢げに言って見せる。
「アンタ、肝心のルノアの気持ち聞いてあげてなかったの?」
リネアに言われてハッとする。
そうだ――
私は“奴隷役は嫌に決まっている”と考え、ルノアに聞くこともしていなかった。
「ん、ご主人様はとてもやさしい。だから、ルノアのためにきかなかった」
「……ルノアに気を使わせちゃったのか」
「アンタもまだまだね」
リネアはやれやれと言った様子で言う。
「ほ、本当に嫌だったら言ってくれよ?」
なんだか、トレヴィルで夜間の張り込みをお願いした時を思い出す。あれから、随分と色々なことがあったよな……。
「ん、リネアのおかあさん、たすける」
「……だってよ」
リネアを見る。その表情は、仲間の――いや、“家族”の優しさに触れた優しい笑顔。
「なんだい、お嬢ちゃん、その布が欲しいのかい?」
そんなやりとりをしていたら、店の奥から店主らしい年配の女性が顔を覗かせた。
「ん、これでふくをつくってほしい」
「これで?一体何に使うってんだい?」
「い、色々事情がありまして……」
「あぁ、その格好、冒険者だね?」
「は、はい」
「金がないってんならどんな服を着ようが構わんがね……」
店主はルノアを見る。
「奴隷とはいえこんな幼い子にそんな服着せるようになったらおしまいだよ?お二人さん……見たところ夫婦だね?」
「……はい」
(言い切った!)
「今日のところはサービスしてあげるから、もうちょっとマシな服与えてやんな。今着てる上等な服はどうすんだい?うちで売ってくれんならサービスするよ」
「あ、いや……!そういうわけではなくって――」
◇◇◇◇◇◇
「なんだい、金持ってるんじゃないか」
我々は店主の誤解を解くために、上等なスーツスタイルの衣装を買いに来たことを伝えた。
ボロ布の服については一旦忘れてもらうことに。
「じゃあ、夫婦揃って社交会用の衣装が欲しいってことだね?そうならそうと先に言っておくれよ。それにしても――」
店主は私のことをまじまじと見た。
「デカいね」
「す、すみません……」
「それに、ここ最近大流行してる“プロテイン”とかいう飲み物の考案者にそっくりだ」
「よ、よく言われます」
「ハハ、冗談だよ!そんな大物がウチで買い物するわきゃないからね」
なんか、噂というか逸話がデカくなりすぎて逆にバレなくなってる……。
「とにかく、測らないことには始まらないね……」
と、いうことで衣装のための採寸が始まる。これは、元の世界で何度も体験した。おそらく、この店にある在庫に私の体に合うサイズはないだろう。
◇◇◇◇◇◇
「……残念だけどうちには用意がないね」
「そ、そうですよね……」
「お嬢さんのはこれだよ」
店主はリネアに衣装一式を渡す。続いてルノア、ノエラの分も。
作戦には不要な衣装だが、話の流れで買うことになった。作戦のことは話せない。違和感を持たれないためにも自然に振る舞うべきだ。
「ご主人の分はしばらくかかるねぇ……明日中には渡せると思うんだが――」
「な、なんとか明日の朝イチってわけにはいきませんかね」
「私に夜通し働けって言うのかい?」
「そこをなんとか――」
私が頼み込もうとした時、リネアが横からニュッと出てきて、店主に何か耳打ちした。
「……そういうことかい。全く――わかったよ!任せな」
店主はやれやれと言った様子で立ち上がる。
「明日の早朝には間に合わせるよ、日の出の時間にまた来な」
「え!?本当ですか、ありがとうございます!」
店主は手で合図をしながら店の奥へと消えて言った。
「な、何を言ったんだ?」
「秘密よ」
その後、リネアは何度聞いても店主に何を言ったか教えてくれなかった。
◇◇◇◇◇◇
夜。我々は国境警備局に泊めてもらうことになった。
用意されたのは二部屋。いつぞや騎士団から斡旋された宿泊施設のことを考えれば配慮されているのかもしれないが、今となっては事情が違う。
――私はすでにリネアに想いを伝えている。
「ルノアちゃん、今日は私と一緒に寝ましょうっ」
そう言いながら部屋を出ようとするノエラを全力で止める。
「きょうはご主人様のベッド、リネアのもの。がまんする」
「ちょ、ちょっと!」
「リネアはご主人様のいちばん。にばんがリディア。さんばんがクラリス」
ルノアは淡々と言う。
「……は?なんであのシスターが入るのよ」
「ルノアさん!?その辺で」
「ご主人様はクラリスのだんなさまになった」
「……へぇ」
リネアは私を見る。笑っているが、目は笑っていない。
「ごめんなさいユージさん。私じゃ止められないです」
ノエラは哀れむような表情で私を見ながらルノアを連れて退出する。
◇◇◇◇◇◇
「……アンタ、団長だけじゃ飽き足らず、あのシスターにも手を出したの?」
「いや、それはだな……」
「……何?」
「きょ、教皇のことは俺にも責任があるから――」
「…………責任、ねぇ」
リネアはハァと特大のため息をつく。
「アンタらしいと言うかなんというか……」
「す、すまん」
「まぁ……クラリスのところに行けって言ったの私だしね。正直予想はしてたわ」
「そ、そうなのか……?」
「でも、私が“一番”なのよね?」
「ああ!それは絶対間違いない――」
「じゃ、証明してよ」
リネアが言う。その表情、少し赤くなった顔――すぐに目を逸らされてしまったが……そんな彼女の様子にドキリと心臓が打つ。
「私が一番だって、それが本当だって証明しなさいよ」
リネアが私に近づく。顔は伏せているが、どんな表情なのか想像できた。
「……わかった」
私はそう言うと、リネアの肩に手を置く。
一瞬ビクッとしたリネアだが、覚悟を決めたように顔を上げる。
恥ずかしさと期待に潤んだ目がこちらをのぞいた後、ゆっくりと閉じた。これは――
私は意を決して、彼女の艶やかな唇を――と思った直後。
「さて!作戦会議の続きをするっすよ!!!」
ノリノリのティナが部屋に突撃してきた。
「……あ」
ティナは我々を見て、一瞬固まった後――
「ごゆっくり!!」
そう言ってバタン!と扉を閉じた。
リネアは「信じられない」と言った様子で閉められたドアを凝視している。
「……全く、ムードもへったくれもあったもんじゃないわね」
「そ、そうだな……」
そう言いながらリネアの方に向き直った瞬間――
唇に柔らかい感触。
全く想定外のタイミングだ。
「……ゆ、油断したわね!」
私がポカンとしていると、リネアは顔を真っ赤にしながら言った。
「――こ、こうでもしないと!いつまで経っても……先に進まないでしょ!あんたは――」
そこまで言ってリネアは黙ってしまった。
前の世界にいた時から数えても、初めての体験。
欲が無かったわけではない。むしろ、筋トレをしていると“テストステロン”値は上昇し、そう言った欲求は増す傾向にある。
ただ、私にとって、人間関係において恋愛は最も難しい位置付けにあった。
人に裏切られた経験が多いあまりに、いつの間にか人と親密になることを恐れるようになっていた。
だが――今は違う。
「な、なんか言いなさいよ……」
今、目の前にいる私のパートナー。
彼女は、そんな私を受け入れてくれた。こんな筋トレばかりの私を。
私は――リネアを一生守ると誓う。
何があっても。
「ちょっと――って、きゃっ!?」
この日、私とリネアはさらに絆を深め合った。
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