第110話「筋肉と守るべきもの2」
## 第110話「筋肉と守るべきもの2」
### 【あらすじ】
拠点でリネア、ルノア、ノエラの三人に現状を話すユージ。
聖統国に何としてでも向かうことを決めたが、父親を失ったクラリスのところに行くようリネアの配慮を受けたユージは、クラリスに声をかける。
### 【本文】
「クラリス」
拠点の裏庭に存在する祈祷廟。彼女が作らせたそれは、小さいながらも荘厳な風格のある石造りの祭壇がある。そこで祈りを捧げていた彼女に声をかける。
「ユージ様」
クラリスは私に気づくと、振り返らずに返事をした。
「……すまない。俺が女神と敵対する道を選んだばっかりに――」
「謝らないでください。父は救世主であるユージ様や子供たちの命よりも、貴族と金を選んだのです」
そう言うクラリスの背中は小刻みに震えている。彼女の父親である教皇の行いは決して支持できるものではなかったが、彼女にとっては紛れもない家族だったのだ。
「因果応報でございます。父は目先の金と名声に囚われ、人の道を踏み外し――」
そこまで言ったところでクラリスの肩に手を置く。
「……それでも、たった一人の“家族”でした」
クラリスは堰を切ったように泣き始めた。
私は彼女をこちらに向き直らせ、抱き寄せる。
「私――何も知りませんでした。お父様のこと――」
「教皇……いや、クラリスのお父さんは、昔からあんな男だったのか?」
「……良くも悪くも、女神教拡大のためには手段を選ばない人だというのは知っていました。でも、まさかあのような――」
あの男にとっては、あれも“教育”の一環だったのだろうか。
女神教……あの女神を祀る組織のトップとなるためには、クラリスもいずれあのような判断をしなくてはいけない時が来ていたのだろうか。
「……一人に、なってしまいました」
クラリスが私の腰に手を回す。
「戦争でお母様を亡くしてから……ずっと――」
自然と彼女を抱きしめる力が強くなる。
「どうしようもない人でしたが、たった一人の“家族”で……」
そう言った直後……クラリスの腕にグッと力がこもる。
「うおっ!?」
まるでパワーベルトを最大限巻き付けたような圧が腹部を襲う。
「……責任、とってください」
「……え?」
クラリスはようやく顔を上げ、こちらを見る。涙は枯れ、何か決意に満ちたような目は美しく輝いていた。
「ユージ様が……家族になってください」
何の“モード”でもない、純粋なクラリスの目。
彼女は、本気だ。
「父の代わりではありません。独り立ちした一人の女性として、私を愛してください」
クラリスと目を合わせる。
――彼女は、強い人だ。
父の期待を背負い、体を張って教会の人気獲得に尽力していた。
女神に反するものとその力で戦い、彼女なりの信心でここまで生きてきた。
親子で若干のかけ違いはあったらしいが、それでもクラリスは強くあり続けた。
ザハリエルの件でも、クラリスは最後まで子供たちのために――
そんな彼女の願いを、突き返せるわけがなかった。
「わかった」
その私の肯定の言葉を聞いて、クラリスは何か溢れ出しそうなものをグッと堪えると、先ほどまでの様子が嘘のように妖艶な笑みを浮かべた。
「…………私は三番目の女ですね♡」
「なっ……?」
――さっきのはなんだったんだ?また泣き出してしまいそうに見えたが……ま、まさか今までの全部演技なんてことはないよな……!?
「フフ……お二人に負けず劣らず、いっぱい愛してくださいね?」
そんなクラリスの様子を見て、なんだかこちらの気も軽くなった。お互い、言いたいことは言えた。と言うことだろうか。
「――ユージ様ご不在の間、孤児院は私にお任せください。もし万が一のことがあれば、この命に変えても子供たちを守ると誓います」
「いや、それはダメだ!」
「あら……そんなに私が大事なんですね」
「あ、当たり前だろ!クラリスも子供たちも、絶対に守る!そう決めたんだ」
「こう言う時、女性は自分だけを見ていてほしいものですよ?」
そう言うとクラリスはぷっくりと頬を膨らませた。か、かわいい……。
「さて、冗談はこの辺にしましょう……子供たちの呪いについて、なにか解決策があるのですか?」
「あ、ああ。それは伝えとかないとな。聖統国の転生勇者に、レイナという女性がいるんだ。彼女が持っているスキルがものすごい回復スキルらしい」
「…………私ではなく、別の女性に頼ろうとそういうことですね?」
「あっ……いや、別にそんなつもりじゃ!」
「フフっ……冗談です、少し妬けてしまいますが……残念ながら“悟り”スキルに至るまでまだまだ道は遠いです。私だけに頼らないのはユージ様の優しさ……すなわち愛。そうですよね?」
「お、おう……そうだな?」
すっかりクラリスのペースになってしまったが、おかげで決心がついた。
「しばらく留守にするが、かならず解決して帰ってくる。約束だ」
「もちろん、信頼しておりますよ、旦那様♡」
「お、おい……!」
「フフ……ほら、そろそろ向かうべきところがあるんじゃないですか?」
「……そ、そうだな」
クラリスに催促されるまま、王城へ向かう準備をするため部屋に戻る。
彼女は父親を失う原因の一端である私を許すどころか、その喪失を乗り越えようとしている。
そんな彼女からの信頼を裏切るわけにはいかない。
聖統国へ向かおう。
――戦争を、止めるために。
リネアの母親を見つけるために。
子供たちを――救うために!
◇◇◇◇◇◇
「……あまり情けない姿を見せすぎると、ユージ様が旅立ちづらくなってしまいますからね。甘えるのは全て片付いてからでも遅くはないでしょう」
クラリスだけが残った裏庭の祈祷廟。
彼女が祈りを捧げる祭壇には……一つの“偶像”があった。
「あぁ……しばらくそのお姿を見れなくなるのは寂しいですが、この“筋肉像”があれば、寂しさも和らぎます。ユージ様を形作ったこの魅惑の像……まもなく量産体制も整うことですし……フフっ、ユージ様、お帰りになったらきっと驚くでしょう」
「――王都を“筋肉教”が席巻していることに」
「きんにくきょう……って何」
「きゃっ……!?ル、ルノア様……?」
クラリスの独り言だったその語りは、ルノアに聞かれていたようだ。
「いつからそこに……?」
「すこしまえ、ご主人様が、クラリスのだんなさまになった」
「き、聞かれていたのですね……」
「クラリス、ご主人様のさんばんめ?」
「えぇ……?まぁ……そうですね……?」
「ルノアは?」
「え……?」
「ルノアは、ご主人様のなんばんめ?」
「いや、ルノア様はそういうご関係じゃ……」
「むー、だめ、ルノアもなかまにいれてほしい」
(こ、これは意味をわかって言っているのでしょうか……?)
「そ、そうしたら、ユージ様に直接お聞きになってみてはいかがでしょうか?」
(ごめんなさい!ユージ様、このクラリスでは良い返しが思い浮かびません)
「ん、わかった」
(良かったです、ご納得いただけたようで――)
「……ルノアも、おとうさん、おかあさんとはなればなれ」
「えっ……?」
ルノアはそう言うと、クラリスに寄り添うように近づく。
「かぞくがいないと、さびしい」
「ルノア様……」
「でもだいじょうぶ、ルノアも、ご主人様も、みんないっしょ」
「…………はい。そうですね」
「ご主人様がぜんぶかいけつ。ルノアもがんばる」
「ありがとう……ございます」
「さびしかったら、ご主人様といっしょにねるのがいい。とてもおすすめ」
「…………!」
ルノアのその純粋な言葉に、クラリスはみるみる顔を赤くしていった。
「お、覚えておきます……!」
「かえってきたら、おためし。ルノアとこうたい」
「……はい!」
そう言うと、ルノアは去って言った。
「……励まされてしまいました。ユージ様、とてもいい教育をなさっているようですね」
クラリスは暖かくなった心を感じながら空を見上げる。
「お父様、最後まで親不孝な娘でしたが……ここからは一人で――いえ、仲間と一緒に生きていきます」
「どうか安らかに――女神の呪縛の外側でゆっくりとおやすみになってください」
「お父様が遺した大聖堂は……私が継ぎます」
クラリスは、しばらく祈りを捧げると、パチンと両頬を叩き、事件が発生してまもない大聖堂へと向かうのだった。
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