第106話「筋肉と絆」
## 第106話「筋肉と絆」
### 【あらすじ】
“グラヴィス・ブレイド”を最大限使うためのノエラとの合トレは上々。プロテインを切らしていたためリネアと買い物に出かけたユージは、その先でグラートと再会する。
そこで三人目の転生勇者について知らされ……。
### 【本文】
――盲点だった。
確かに、リディアから教えてもらった転生勇者は二人。だがそれは“転生勇者が二人しかいない”ということにはならない。
「そのユウマっていう転生勇者のチートスキルが……」
「そうです。彼のチートスキル“万魂庫”<パンデモニウム>は、人の命を奪って手に入れた“魂”を代償にあらゆることを可能にするスキルです」
「な、何よそれ……!」
リネアの反応はもっともだ。明らかに今まで聞いたスキルの中でもダントツでチートじゃないか!
「彼は死に抗う“龍の加護”を持つ我が戦友、勇者を殺すために大量の魂を消費してスキルを発動させました」
な、なんだって?伝説の勇者も“龍の加護”を持っていたのか?そういえばその効果はわからないままだったが……『死に抗う』……?
「死を超越して“存在そのものを改変する”ことで戦いに終止符をうったのです」
私もリネアも絶句するしかなかった。
これが独立戦争の最後に起こったグラシオン一家と転生勇者の戦いの真実なのか?
「そのスキル発動の影響で我々の過去もまとめて消えることになりました。万事休すの戦場でしたが……転生勇者たちが途端に戦闘意欲を失い撤退したため我々は生き残ったというわけです」
「じゃあ、今王国で語られている“伝説”は……」
「穴が空いた記憶を埋めるようにいつの間にか形作られていた与太話です。これもスキルの効果でしょう」
「ちょっと待て……!じゃあそんな経緯があったあんたたちが今こぞって王都にやって来たのって――!」
嫌な予感がする。
それもとびきりの嫌な予感。
「何をしに来たのか――まではお話しできません。方法に賛同はできませんが、私も同じ仲間として同じ目的を持っています」
「そうか……」
「では……リネアさん」
ずっと黙ったままだったリネアにグラートが声をかける。
「……あなたも、聞きたいことがあるのでしょう?」
リネアは静かに頷いた。
「……無理しなくていいぞ」
「ううん、大丈夫。これは私にとって大切なことだから」
リネアはキュッと拳を握ると、意を決したように口を開く。
「私の……奴隷契約について――」
リネアは言葉に詰まる。
グラートはリネアの続く言葉を待つように頷く。
「私を買った人について、何か知っているんですか?」
「…………本当に知りたいのですか?」
リネアは少し考えたあと、ゆっくり頷いた。
おそらく何か予感があるのだろう。その目には涙が浮かんでいる。
「この事実は、あなたを深く傷つけるかもしれません」
「……大丈夫。今はユージがいるから」
「そうですか……良い出会いに恵まれましたね」
グラートは罪の意識を飲み込むように、注がれたプロテインを一気飲みした。
「あなたを買ったのはセリオさんです」
――最悪だ。
どうして、そんなことを――
「リネアさんは私たちの目的に必要なピースでした。新たな勇者の素質がある者として」
「知ってたんですか。知ってたのに、ずっと、黙ってたんですか」
リネアが消え入るような声で言う。
「はい。知っていました」
グラートの淡々とした回答を聞いて――
自然と体が動いていた。
カウンターに身を乗り出し、グラートの胸ぐらを掴む
「お前……! リネアが母親探しに町を出たがってたの知ってたんだろ!?」
「はい」
「彼女にパーティーを組ませてどうのこうのって助言したのもあんただったな!?」
「ええ。間違いありません」
「歯ぁ食いしばれ」
右腕を振り上げる。
グラートはただ、じっと待つだけ。
――殴ったところで、リネアの過去が変わるわけでもない。
そう考えると、ただ虚しさだけが残った。
◇◇◇◇◇◇
「結局、プロテイン、買えなかったな」
帰り道、重苦しい空気。私は苦し紛れに言った。
「そうね」
リネアは小さな声で言う。
「ありがと、私の代わりに怒ってくれて」
「……すまん。つい熱くなって殴ろうとしちまった」
「謝らないでよ。ありがとうって言ってるじゃない」
「……そんな顔で言われてもな」
リネアは今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。
「全部……嘘だった」
そう溢したリネア。その心情を察して彼女を抱き寄せる。
「私の思い出も……信頼も……全部……!」
「とりあえず今は思いっきり吐き出しとけ。全部聞いてやる」
そう言うと、リネアは堰を切ったように泣き始めた。
そんな彼女は、出会ってから今まで一番、年相応の女の子だった。
◇◇◇◇◇◇
その日の晩。
(リネアのことが気になる……)
夕食はいつも通り何事もなかったように済ませ、各々の時間に戻っていった我々であったが、リネアは確実に心に傷を負ったままだ。
そんな彼女のことが気になって仕方がない。
私も……人に裏切られたような経験が多い人生だった。
そんな時、家に帰って一人寂しい夜を過ごすことがどれだけ辛いか。
そんなことを考えていたら、足が自然とリネアの部屋に向かっていた。
「リネア……いるか?」
「…………入って」
珍しく即答だった。拒絶されると思っていたわけではないが、この反応は予想外だった。
部屋に入ると、リネアはベッドに座っていた。
「……横、いいか?」
私は……こんな時、隣に座って話を聞いてくれる人がいたらどれだけ助かっただろうか。そんなことを思い出しながら聞く。
「ん」
リネアはそう言ってポンポンとベッドの空いた部分を叩く。
「失礼します……」
私はそう言いながら横に座った。
「何よそれ」
リネアの表情が少しだけ和らいだ。
「……どうして来たの?」
「い、いや……あんなことがあった後だから気になって」
「そう」
リネアはそう言うと、私の肩に頭を預けてきた。
「みんなで隠鱗亭に行った日、覚えてる?」
「あ、ああ」
「あの日、私飲みすぎてあんまり覚えてないんだけどさ」
リネアは一息ふうと吐いてから続ける。
「私になんて言ったの?」
「……俺の人生のパートナーはリネアだって」
リネアが固まる。
「…………」
固まったままのリネア。
「ありがと。嬉しい」
ようやく口を開いた。
「色々心配させて悪かった」
「……私こそ、こんな大事な話、忘れちゃうなんて――」
「別に気にすんなよ。今こうやって話せたんだ」
「……そうね」
しばし沈黙が続く。
「私……家族も、何年も過ごした第二の故郷もみんなどうにかなっちゃった」
「……でも、ここがある。そうだろ?」
「うん」
「ユージは、私のこと大事にしてくれる?」
「もちろんだ」
「私を置いてどこかに行っちゃったりしない?」
「ああ」
「私に、“隠してること”――ない?」
リネアにそう言われてハッとする。
ある――
隠していること。
「なんで黙るのよ」
不安そうな表情をするリネア。
もう、彼女になら話していい。
人生を賭けて守ろうと決めた彼女になら。
「すまん。ある。隠し事」
「……教えて」
「ああ。もちろんだ」
私は意を決してリネアに秘密を打ち明けた。
◇◇◇◇◇◇
「……ユージが転生者、ね――」
少なからずまたリネアにショックを与えてしまったようだ。
「すまん――」
「それに、“龍神”に会ったですって!?」
あ、そっちの方が衝撃でかいのか!
「なんでそんなこと黙ってたのよ……ってそんなことベラベラ喋ったら何に巻き込まれてたか分かったもんじゃないわね」
「すまん、龍神の方はリディアとの秘密で……」
「な、なんでここであいつの名前が出てくるのよ!」
「悪い!そういうムードじゃないよな」
「なっ……!何バカなこと言ってんのよ!?」
「痛った!?ごめんごめん!」
「はぁ……すっかりあんたのペースね」
「そ、それは何より」
「……良かった」
「え?」
「大した秘密じゃなくて良かったって言ってんのよ」
「い、いや俺が転生者だって、もっと驚かれるかと――」
「やっとこれでアンタの意味不明な力に納得がいったくらいなんだけど」
「そういうもんか……?」
「そういうもんよ」
何はともあれ……リネアが調子を取り戻してくれて良かった。
「ねえ、アンタがこっちの世界に来て私に会ったのって、どのくらい後なの?私と会う前にどんな冒険したのか教えてよ」
「いや、二日目だな。リネアに会ったのは」
「何よ、つまんない」
「悪かったな」
「……ねえ」
「ん?なんだ?」
「もし、元の世界に帰れるって分かったら?ユージもいなくなっちゃうの?」
「そんなわけあるか、リネアたちを置いて帰るわけないだろ」
「……即答ね」
「そりゃあな」
ここで、不自然に会話が途切れた。
リネアは何かを待っているかのようにこちらを見ている。
(あ、そういうことか。もう遅いしな)
「そろそろ寝るか」
私がそう言うと、リネアがぴくっと反応した。
「え、ええ。そうね。そうしましょう」
リネアがもじもじとしはじめた。
「じゃ、また明日な」
「……え?」
部屋を出ようとすると、リネアが信じられないという様子でこちらを見た。
「あ……もしかして一緒に――」
「うっさい!馬鹿ぁ!」
「ぶへ!?」
顔を真っ赤にしたリネアが投げた枕が直撃する。
「き、期待させんじゃないわよ!こっちだけ意識して――」
そこまで言ってリネアは黙ってしまった。
「あ、あの――」
「なんでもない!もう寝る!おやすみなさい!」
な、なんなんだ?一緒に寝たいならそう言ってくれれば――
そう思ったがもう遅いらしい。リネアに部屋を閉め出されてしまった。
◇◇◇◇◇◇
「ユージ様、今のは流石に――」
「うわ!?」
トボトボと自室に帰ろうとしていると、そう呼びかけてきたのは――クラリスだった。
「き、聞いてたのか?」
「申し訳ございません……しかし――」
クラリスはまじまじと私を見た。
「これでは“私の番”は随分と先になりそうですね……」
「ど、どういうことだよ?」
「……なんでもございませんっ」
クラリスはそう言うと、スタコラと立ち去ってしまった。
「あ、あの場面で俺から“一緒に寝よう”なんて、言えるわけないだろ――」
そんなことを考えながら、自室に戻るのだった。
◇◇◇◇◇◇
モヤモヤした気持ちを抱えたまま自室に戻ると――
「あれ、なんだこれ」
窓が開いている。
そしてベッドに置かれた見覚えのある封筒。
――パンデム商会からだ。
恐る恐る封筒を開ける。
そこには――
『勇者リネアの母は、アスレイド聖統国の聖座宮に買われた』
その一文だけが記された紙と、パンデム商会の紋章が入っていた。
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