第103話「筋肉と奴隷商会」
## 第103話「筋肉と奴隷商会」
### 【あらすじ】
トレヴィルで出会った元伝説勇者パーティーであるギルデス、ガルデン、セリオと再会したユージとリネア。
しかしその再会はお互いの健康を喜ぶようなものではなかった。
何かを企てながらユージたちを牽制するようなそぶりを見せるセリオ。
リネアが知る優しいその人物の面影はどこにもなかった。
ショックを受けるリネアを慰めつつ、ユージは受け取った手紙の差出人、王国の奴隷商売を牛耳るパンデム商会の商会長との面会に臨む……。
### 【本文】
「ようこそいらっしゃいました。ユージ様……いや、“筋肉の賢者”様とお呼びするべきですかね」
ここはパンデム商会、その本部。
王都の商業区の建物の中でも豪華絢爛に際立つその建物に、私は招待されていた。
入り口の守衛に声をかける間もなく、案内係は私を見るやいなや建物内に案内する。
出迎えたのは中央に立ち見事な所作でお辞儀を見せながら挨拶をしてきた紳士とその両脇に列をなして同じくお辞儀をするメイドたち。
「武器はこちらでお預かり致します」
メイドの一人がそう言いながら手を差し出す。
紳士は「どうぞ」と言わんばかりに目配せした。
私は落ち着いて背負った大剣“グラヴィス・ブレイド”を渡す。どうあれ、こういった場面で焦った様子を見せるのはダメだ。
「ご協力感謝いたします」
紳士はそう言うと、メイドに我々を客間らしき部屋に案内させた。
◇◇◇◇◇◇
「噂に違わぬ傑物でございますね」
客間につき腰掛けると、メイドたちを退室させたのち、紳士はそう言った。
「そ、それはどうも……」
私は頭を下げる。
「あぁ、ご挨拶が遅れましたね、私はこのパンデム商会が商会長。そうですね……お気軽に“マスター”とでもお呼びください」
マ、マスター?なんだかすごい二つ名だな……まさか本名……なんてこともないだろうし――
「私はユージ・タカハラと申します。“筋肉の賢者”とも呼ばれてますね……」
「ハハハ……そんなに警戒なさらずに。とって食おうだなんて考えておりませんよ?」
マスターとやらは笑って見せた。だがそう言われても安心できない。もし仮にこの商会にとって“筋肉の賢者”が敵なら、私は今敵の総本山に単身乗り込んでいる状態なのだ。
それでもリスク承知で私がここにきた理由は一つ。
リネアの母、ルノアの両親。すなわち奴隷として生き別れた家族の手がかりを握っているとしたらこのパンデム商会とトレヴィルで出会った謎の奴隷商グラートから探るのが早いと思っていたからだ。
現状グラートの居場所はつかめていない。先日のセリオの口ぶりでは王都に来ている可能性が高いが……。
「それで……わざわざ私を名指しで、しかも『必ず一人で来るように』って一体何の用なんでしょうか」
「……突然お呼び立てしてしまって申し訳ございません。少々お伺いしたいことがあってですね……我が商会の“在庫管理”に関するお話です」
マスターは机の上に一枚の紙を置いた。
「これは、我が商会が取り扱っていた奴隷の中で“行方不明”となった奴隷のリストから一部を抜粋したものです。我が商会はこのような商品の“紛失”を許容しません」
その紙に目を落とす。
「最近、王都のある奴隷商店でこの二人に関する目撃情報があがりまして……何かご存知ではないかと」
その紙の内容を見て確信する。
この男は――私がこの二人について知っているとわかっていてここに呼んだのだ。
尋問は――すでに始まっている。
『赤髪の少女。外傷なし、剣士適正あり。』
『猫獣人の幼女。不治の病。商品価値なし。殺処分予定』
その紙に記されているのはたったそれだけのシンプルな文。だが、家族を商品のように書かれたその文を見て拳に力が入る。
(ふざけるなよ――)
この男に対する明確な敵意がよぎる。しかし……これを私に見せるということは――冷静に考えると……?
「まさか逃走奴隷が王国の立派な勇者様になっているとは……この仕事は長いですが飽きなくていいですね」
男は続けて言う。
「この猫獣人の子は……かわいそうにあとは死を待つだけだったところで何者かによって連れ去られたのです。それが一体どうなったらあのような“夜葬姫”の異名を持つ戦士に……?」
この男は、奴隷だった二人を連れて行ったのが私ではないかと疑っているのか。確かに、そう考える方が自然か……。
だが……。
おかしい。
リネアは勝手に連れて行ってしまったとはいえ、すでに売買が成立した奴隷だったはず。その主人からクレームが入る可能性はあるにしろ、商会が“行方不明”として扱っているのは妙な話だ。
ルノアに至っては、私が奴隷として買い、“悟り”スキルで不治の病を治し仲間となっている。少なくとも、適正な手続きはしたはずだ。
だが、その事実をパンデム商会は知らない様子。
どういうことだ……?考えろ……!
「……何かご存知のようですね」
落ち着け……焦るな……!
グラートが知っているはずのルノアの消息を商会が知らないってことは……グラートとパンデム商会は繋がっていないってことか?
それなら、グラートが地下で隠れて奴隷を扱っていたことも納得できる。
ここでグラートのことを話すのはダメだ……!
「……俺たちには関係ない情報だ」
くそ……苦し紛れの言葉しか出てこない。
男はじっくりと考えるような仕草をみせる。
いや――
待て……ちょっと待てよ……!?
一つ、ある。決定的な違和感。見逃していた事実。
昨日会ったギルデス、ガルデン、そしてセリオ……というより遡れば拠点に筋トレ器具を持ってきてもらった時のギルデスすら――
リネアがトレヴィルを出ていることを一度も疑問に思っていなかった。
「どうされましたか?気分がすぐれないご様子ですが……」
何だ……? 彼らはリネアが謎の存在との奴隷契約によってトレヴィルから出られないということを知っていたはず。
それを私が“一蓮托生の契約”で上書きし、リネアはトレヴィルを出た。
端的に言って大事件だったはずだ。そのことについて、今の今まで一切の言及がないのはおかしくないか……?
「い、いや……大丈夫だ」
私は混乱する頭を整理するように言う。
「端的に申しましょうか……お二人と出会ったきっかけを教えてください。お教えいただければ我々は皆さんから手を引きましょう。よろしければ“あなたが知りたいこと”もお教えしますよ」
どうする……?どっちなんだ……?
どっちを信用すればいい……?
セリオたちか……この男か……。
この口ぶり、おそらく私が知りたいことを理解した上で交渉してきている。ここを切ればあとはグラートに頼るしかない。
そもそも、リネアとルノアの家族の誰かが……商会の商品として抱えられていたら――
――その時、天啓が降りた。
いけない。これはいけない思考だ。
二者択一。勝手にその図式に脳が当てはめようとしている。
今はグラートを売るか、商会を敵に回すかの二択では無い。
こういった思考の狭窄は筋トレでもよく起こる。今日はトレーニングをするかしないか。勝手にそんな二択で考えてしまう。
実際はそんなに単純ではない。
いつもの半分で終わらせてもいいし、重量を減らして取り組むでも良いのだ。
その考え方の重要性を理解しているおかげで、私はこの場を切り抜けるアイデアを閃くことができた。
机の上でも、筋肉は役に立つんだな。
さぁ、この話、この三角筋がごとく丸く収めて見せようじゃないか――
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