第25話、海神の娘たち。(前編)
皇紀2680年、日本海。
──すでにここは、『死の海』と、化していた。
何せ、すでに世界中を覆い尽くしている、凶悪なる新型ウィルスにより、あらゆる生物が汚染されて、海洋生物さえそのほとんどが死に絶えて、生命活動が行われなくなったのだ。
しかし『私たち』は、そのような現在進行形で病原体のみが活動している、危険極まる水深数十メートルの海中を、平気な顔をして泳いでいた。
──なぜなら、私たちこそは、滅亡の危機に瀕している日本国が、持ち得る力を結集して、最後の希望として生み出した、軍艦擬人化少女『ナデシコ』の、最終ヴァージョンにして最高傑作である、潜水艦型少女兵器『そうりゅう』シリーズなのだから。
『──こちら、「そうりゅう」、西方上空に、量子レーダー反応あり!』
『──こちら、「うんりゅう」、「目標」は全天を覆いつくほど、広範囲に展開中!』
『──こちら、「はくりゅう」、すでに第二形態の「螽」に、変化済みの模様!』
『──こちら、「けんりゅう」、それぞれの「螽」が、更なる結集を開始!』
『──こちら、「こくりゅう」、無数の個体が、大きく二集団に、分かれている模様!』
『──こちら、「じんりゅう」、危険レベル「A+」突破、肉眼での確認を推奨!』
『──こちら、「せきりゅう」、本艦と「せいりゅう」とで、先行浮上する!』
『──こちら、「せいりゅう」、「目標」を肉眼で確認! 全長100メートルほどもある、白い熊と黒い熊とが、空中に浮かんだまま、ゆっくりとこちらへと接近中!』
『──こちら、「しょうりゅう」、全艦浮上しての、作戦開始を、提案する!』
『『『──了解!!!』』』
先輩方に従って、デビューしたての新人である、私こと『おうりゅう』も、急ぎ海面へと浮上する。
もしも、私たちの姿を目にする人間が生き残っていたら、我が目を疑うであろう。
──十一人の、『人魚姫』。
一般的な日本人の認識では、一糸まとわぬ上半身に、魚の尾びれを有する、年の頃十四、五歳の少女たちの集団と言えば、それ以外は思いつかないかと思われた。
そうなのである。
私たち、潜水艦型少女は、皆人魚そっくりの外見をしていたのだ。
……もちろん、このような特殊な行動能力を有するウィルス等の、バイオ兵器すらも対象にして生み出された、潜水艦型軍艦擬人化少女である私たちが、ただの人魚であるはずが無かったのだが。
──っ。でかい!
海面に顔を出して直接視認した『目標』は、予想以上の威容を誇っていた。
一見して、いかにもデフォルトされた『ぬいぐるみの熊』といった感じだが、とにかくスケール感が異常であった。
いや、いかにも可愛らしいぬいぐるみ調だからこそ逆に、邪悪なる威圧感すらも覚えさせて、あたかも人類に最後の審判を与えに現れた、天からの使いであるかのようにも見えた。
……まあ、人類にとっては、地獄そのものの現状からすると、「死をもって解放させてやる」という意味では、立派に『救世主』かも知れないけどね。
「──でも残念ながら、人間は、『生き延びる道』を、選んだのよねえ」
それに、そもそも人類の害になるウィルスをまき散らした張本人から、『救世主』面されても、業腹なだけよ!
──そして何よりも、こいつらの悪質なところは、固定した『形』を持たないところであった。
第一形態は、『大陸風ウィルス』とも呼ばれて、文字通りに無数のミクロレベルの大きさの粒子の集まりであり、当然のごとく『形』らしき『形』を持たなかった。
だが、まさしくこの『ミクロレベル』であり『形を持たない』ことこそが、第一形態における最大の強みで、まだ世界に科学や経済が十分に維持されていた時分においては、大陸からの人や物資に付着して日本に侵入すると言った、『侵略行為』を公然と行っていたのだ。
こうしてまんまと侵入に成功するや、今度は無数のウィルスが寄り集まることによって、第二形態である多数の巨大なる『螽』に変化して、まさしくすべてを食い尽くそうとし始めるのであった。
こいつらときたら、螽の姿になった途端、その醜悪で貪欲なる本性をむき出しにして、米や小麦やカップラーメン等の食料品のみならず、マスクやアルコール消毒薬等の医療用品や、トイレットペーパー等の日用品等といった、人が生活していくための必需品ばかりを狙って、喰らい尽くしていったのだ。
しかも螽となりながらも、人間を見るやウィルスをまき散らしながら襲いかかってくるから、始末が悪かった。
まだ東アジアにおいて日本以外の国々が健在であった時分の、『半島』の防衛ラインにおいても、兵士たちを始めとしてすべての国民を、あらかじめウィルスで弱らせておいて、アメリカ軍との合同軍事演習すらできないほど無力化した後で、大群で襲いかかってきて、すべてを食らい尽くしていったのだ。
……どう考えても、己の身体の体積以上を喰い続けているのだが、研究によると、体内に文字通りの『蟲穴』が存在していて、大陸奥地の『巣』へと、瞬間的に『転売』──じゃなかった、『転移』をしているとのことだった。
大陸奥地には『ボス』である、巨大な『黄色い熊』が待ち構えていて、資本主義国からかすめ取った『戦利品』を、配下たちに『社会的に平等に分配する』といった、一種独特の生態を示していた。
……なぜボスが黄色い熊かと言うと、何と大陸においては、黄色こそが最も神聖かつ最強を示す色なのであって、実は我々潜水艦型少女のチームネームに用いられている『りゅう』も、大陸古来からの神話においては、外見的には黄色い龍である『黄龍』こそが、最も神聖かつ最も強大なのだ。
このように、巨大な熊等を象る『第三形態』こそが、『彼ら』にとっての、最強の姿とも思われるところあるが、
実は、最も凶悪なのは、第一形態である『ウィルス』ヴァージョンであったのだ。
そもそもウィルス──すなわち、ミクロレベルの『病原体』である時点で、すでに非常にやっかい極まりなく、感染力が高いだけでは無く潜伏期間も無駄に長く、知らないうちに広範囲の人々が感染してしまっているといった有り様であった。
それは、我が列島内の『発症者』の数が、洒落にならないほど深刻なレベルに達していることが、雄弁に物語っていた。
しかも今や、平然と第二形態や第三形態に変化して、堂々と日本国内へと本格的に侵攻してきており、それに対してまともな反撃もできないままに、全国津々浦々が人の住めぬ荒れ地へと化していった。
よもや我が国の陥落をもって、東アジア大陸全域から、人類が絶滅するかと思われた、まさにその時。
人類の最後の希望である、私たち軍艦擬人化少女『ナデシコ』シリーズが、この絶望的な戦闘に投入されたのであった。




