第18話、あたし、さまよえるオランダ駆逐艦『娘』、いまバタヴィアにいるの。(後編)
一方こちらは、ほぼ同時刻の、海上貿易国家であるイーストターバン諸島連合にとっての、最重要拠点たる、『ヴァカミタ港』。
「──現在、国籍不明の軍艦が、集結中!」という急報を聞き及び、腰巾着の保健相と護衛の武官を一人だけ引き連れて、名実共にこの国のトップである、ザック=モブフゼー=ワキヤーク大統領が押っ取り刀で駆けつけたところ、目の前には意外なる光景が繰り広げられていました。
「……何だ? 軍艦と言っても、いかにも小汚い古ぼけた帆船が、一隻だけ浮かんでいるだけじゃないか?」
そうなのです。
それはまさしく、現代戦では何の役にも立ちそうにない、時代遅れの帆船であるばかりか、まるで『幽霊船』そのものの、ボロボロの有り様なのでした。
「──おい、武官、報告とは違うじゃないか⁉」
「……おかしいですねえ、確かに船自体はこんな感じで間違いありませんが、それこそ湾内を埋め尽くすかのようにして、鈴なりになっていたとのことでしたが」
お互い首をひねりながら、押し問答をするばかりの、大統領と武官の二人。
まさに、その時でした。
「──それは、『彼女たち』は、すでに全員、上陸してしまっているからだよ」
突然湾内のほうから聞こえてきた、場違いなまでに穏やかな声に、三人揃って振り向けば、件の帆船の舳先には、一人の男性がたたずんでいました。
見るからに時代がかった海軍将校風の衣裳に包み込まれた、恰幅のいい長身に、短めのブロンドヘアに縁取られた彫りの深い顔の中でサファイアのごとく煌めいている、青の瞳。
それはまるで、存在自体が矛盾している、『白い肌の人間族』以外の何者でも無かったのです。
「……何だ、おまえ。ガリア大陸の、東スワスチカ共産主義国の、魔族か?」
「それが、『我々の世界』における、『ドイツ』を指すのなら、当たらずとも遠からずってところだね。何せ我らを指す『ダッチ』とは、古くは『ドイツ人』を意味していたのだから」
「我々の世界? それに、ドイツとかダッチって。一体おまえは、何を言っているんだ⁉」
「……ふふふ、我々にとっては『別の世界』とはいえ、嬉しいよ。愚かな『奴隷』どもが、本当は自分たちの『守護神』である日本人をすべて追い払い、我々に付け入るチャンスを与えてくれたのだからな!」
「なっ、奴隷だと⁉ 貴様、偉大なるイーストターバン諸島連合大統領であるわしに向かって、何という口のききようだ!」
さすがに聞き捨てならなかったのか、血相を変えて食ってかかるザックでしたが、
──むしろより憤怒に駆られていたのは、謎の白色種の男性のほうだったのです。
「ふざけるな! 何が偉大なるイーストターバン諸島連合だ! 貴様ら東インドの原住民どもは、生まれてから死ぬまで、我が栄光なるオランダ王国の奴隷であり続ければ、それでいいのだ!」
先程まではむしろいかにも人のいい笑顔であっただけに、その形相はまさしく、鬼や悪魔さえも裸足で逃げ出すほどの、怒りと憎しみとの激情に満ち満ちたものに見えました。
「──ああ、それなのに、我々白人種に比べれば下等民族に過ぎない、黄色人種の日本人どもよって、大切な植民地であるこの地を奪われてしまうなんて! 何という屈辱! しかも大日本帝国自体が大戦に敗北して以降も、密かに独立運動を助けて、晴れて新国家建設を果たしてからも莫大なる経済援助を続けて、五流の劣等国をここまで繁栄させて、我々オランダに付け入る暇を与えぬとは! ……憎い、日本が憎い、黄色人種国家の日本こそが、白人種国家たる我がオランダから、すべてを奪い去った、不倶戴天の敵なのだ!」
「だ、だから、何なんだよ? おまえ一体、何者なんだよ? 話を聞いていると、微妙に国名は違うが、我がイーストターバン諸島連合の旧宗主国であるオレンジ王国に、何か縁でもあるのか?」
「……オレンジ? いや違う、私はあくまでも、『オランダ人』だ!」
「へ? オランダ、って……」
「──そう、我こそは、かの高名なる『さまよえるオランダ人』! 植民地である東インドのバタヴィアを目指して船出しながらも、南アフリカの喜望峰にて神の怒りに触れて、永遠に海上をさまようことを運命づけられた、哀れなる船乗りたちなり!」
「え、永遠に、この大海原の上を、さまよい続けているだと⁉」
「左様。──ただし80年ほどまえに一度だけ、バタヴィアに上陸するチャンスが巡ってきたのだが、当時東インドを占領していた大日本帝国海軍と激しく争うことになり、神の軍隊であるきゃつらには、呪われた身では勝つことはできず、一旦はすごすごと引き下がりつつも、虎視眈々と反撃のチャンスを窺っていたものの、敗戦後も日本軍の神通力は東インドを守護し続けて、我々は近寄ることも敵わず、こうして幽霊船ならではの異能の力によって、別次元へと転移して、この世界におけるバタヴィアであるこの地への上陸を、狙い続けていたというわけなのだよ」
「……それが、このヴァカミタであり、我がイーストターバン諸島連合そのもの、というわけか?」
「とはいえ、この世界において日本人に当たる鬼人族も、同様に『神の兵器』を有しており、無自覚でありながらもずっとおまえたち褐色人間族を守護し続けていたので、我々もおいそれと手出しできずにいたのだが、何と貴様ら愚かな原住民どもが、自ら旭光帝国を追い払ってくれるとはなあ? お陰様でこうして、念願の『バタヴィア』上陸が果たせるというものだよ」
「こ、ここは、バタヴィアなんかじゃない、ヴァカミタだ! それに一体何なんだ、その『神の兵器』とか言うのは⁉」
「──まさしく、『現代日本』における叡知の結晶、『軍艦擬人化美少女』さ」
「は? 軍艦擬人化美少女、って……」
あまりにも不可解なる言葉を突きつけられて、思わず間抜け面を晒す、自称この国のトップ殿。
まさしく、その刹那でした。
「「「──うわっ! な、何だ⁉」」」
突然市街地のほうから轟き渡ってくる、文字通りに大地を揺るがす大轟音と大振動。
イーストターバン諸島連合勢三人揃って振り返ってみれば、何とヴァカミタを代表する、チナマネー仕込みの超高層ビルである、ウイ=チャン=カエル=タワーが、根元から大爆発を起こして、今しも倒壊しようとしていたのです。
「一体、何事だ! 反政府組織のテロか⁉ それともまさか、他国の侵略や、反乱軍の武装蜂起じゃあるまいな⁉」
もはや錯乱状態で、ただただ大声でわめき立てるばかりの大統領。
それに対して、あっけなく『解答』を与える、落ち着き払った男性の声。
「だから言っているだろうが、あれこそは、我がオランダ軍が誇る駆逐艦娘、『バンケルト』たちの仕業なのだよ」
「で、駆逐艦、だと?」
「ああ、そっちの軍人殿が見たとか言う、この湾内にひしめいていた、我がほうの軍艦のことだよ」
「何を、馬鹿なことを言っているんだ⁉ 軍艦が陸に上がって、市街地で破壊活動をしたりするわけないだろうが⁉」
「それこそが、軍艦擬人化美少女の、『強み』というものだよ。何せ、小さな少女の肉体に、軍艦の攻撃力と防御力とを、そのまま余すところなく詰め込んでいるのだからね。少女の姿をしているということは、当然『足』が存在していて、自由自在に街中に潜り込むことだって、できるというわけなのだよ。──もちろん、海上での大規模艦隊戦を前提に建造されている駆逐艦を前にしては、戦車等の陸上兵器が何の役にも立たないのは言うまでもなく、本来軍艦にとっては天敵であるはずの航空兵器でさえも、自国の街並みや民間人を巻き添えにせずに、少女の肉体という極小さな目標を攻撃することなど不可能であろう。つまりは、たとえ第二次世界大戦中に建造された旧式の軍艦であろうとも、ただ単に人間の肉体を得るだけで、現代戦においても無敵の存在になれるということなのだよ」
「──っ。軍艦の力を有しながら、少女の肉体をしているからこそ、陸海空を問わず最強であり得て、街中においても、自分のほうはまったくダメージを負うことなく、ゲリラ戦でもテロ行為でも、し放題になるだと⁉ 何だその、反則技の集合体のような存在は⁉」
「『あちらの世界』における現代日本では、あくまでも『オタク用の萌えゲーム』のキャラクターとして、生み出されたそうだよ?」
「どこまでクレイジーなんだよ、その日本という国は⁉」
「お互いに、やっかいな国を、敵に回したものだねえ」
「何を、同意を求めているんだよ⁉ その日本軍の敵であるはずの貴様が、どうして『あちらの世界』とやらの現代日本独特の、『軍艦擬人化美少女』を、使いこなせているのだ⁉」
「『あちらの世界』における、『チナ黄色オーク共和国』に当たる某国を見習って、パクったんだよ」
「そんな萌えゲームの盗作レベルの技術で、おそらくは『あちらの世界』の誰もが知り得ない超極秘軍事技術を、パクれるものなのか⁉」
「忘れてもらっちゃ困るけど、我々だって『幽霊船の乗組員』という、超常の存在なんだよ?」
「……あ」
「そもそも、我々がこの自分たちにとっては『異世界』に当たる、ここにこうして存在しているのも、『あちらの世界』の三流Web小説の『異世界転移』のように物理的に肉体そのものが移動してきているのではなく、元々『幽霊』という精神的存在である特性を最大限に生かして、このファンタジー世界に当然のように存在している不定形暗黒生物『ショゴス』を憑坐にして、集合的無意識を介して精神的転移──いわゆる『記憶と知識のみの転移』を実行しているんだから、これと同様に、幼い少女の姿を模したショゴスに、集合的無意識を介して駆逐艦『バンケルト』に関する情報をインストールすれば、あ〜ら不思議、軍艦擬人化美少女の出来上がりというわけなのさ」
「──いやいやいや! もはや何をおっしゃっているのか、全然理解できないんですけど⁉」
「ふふっ、別にそれでも構わないよ。何せ君には──否、イーストターバン全人民にとって、今となっては『人類として必須な文化的な知識』なんて、理解する必要なぞ、一切無いのだからね」
「……な、何だと?」
「だってこれからおまえたちは、我ら栄光なるオランダ王国の奴隷として、生きていくことになるんだからな。──安心しろ、すでにこの国を構成する万を超えるすべての島に、無数の『バンケルト』が配置されており、貴様らのような下等種族には不釣り合いな建物やその他近代的な人工物は、一つ残らず破壊するように命じてあるので、貴様らはもう一度すべての文明を失って、未開の原住民へと立ち戻り、せいぜい我々オランダ人が経営するプランテーション農園において、人格なぞ微塵も認められない単なる『労働力』としてこき使われて、自分たちが我々の奴隷に過ぎないという事実を、再認識することになるだろうよ。──まあ、恨むんだったら、これまでずっと我々の天敵として、無自覚におまえらを守護していた旭光人たちを、チナマネーという目先の欲に駆られて、かつての恩義を忘れ果てて追い払ってしまった、己の愚かさを恨むんだな」
※あくまでもこの作品は、リヒャルト=ワグナーのオペラ『さまよえるオランダ人』と、その題材となった『フライング・ダッチマン』伝承とに基づいた、完全なるフィクションであって、実在の人物や国家やその他諸々とは、まったく関係ございません。




