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魔性の女

今回心理戦です、ちなみに話の雰囲気や新キャラのイメージがTikTokで流行った人気曲から

魔王城――。

薄暗い玉座の間。


巨大な魔力を纏う魔王グラン・ネフェルは、玉座に肘を掛けながら静かに目を閉じていた

「奴らの動向は?」


膝をついた魔族の部下が頭を垂れる

「動きはありますが……我が軍との目立った交戦はありませぬ」


「ほう?」


「各地を転々とし、人脈を広げ、情報を集めている模様。戦よりも地盤を固めているようでございます」


グランは小さく笑った

「そうか……やはり勇者ノーザン・クレインの孫、祖父に似て武人としても、参謀としても優秀なようだな」


ゆっくりと立ち上がり、遥か彼方を見据える

「良かろう…万全の形で来るがよい、カロン・クレイン…!」

魔王城に重々しい声が響き渡った。



――その頃。



そんな緊張感とは無縁の場所

夜空を照らす無数の灯り

酒場、劇場、高級店が立ち並ぶ通りを抜けた先

一軒の娯楽施設から、妙に賑やかな歌声が響いていた。


「クレオパトラも見惚れちゃ〜う♪」

「君の虜 愛してる…♪」


マイクを片手にノリノリで歌っているのはスタオンヌとリバティーナ姉妹だった

二人ともすっかり曲に入り込んでいる。


「スタオンヌー!!」

カロンが立ち上がり、両手を振っていた。


「きゃー! 二人とも上手ーい!!」

リリーナも完全に観客と化している


沙耶は手拍子を打ちながら

「これは盛り上がるでござるな!」

と大はしゃぎ。


エマはソファに寝転がり、ジュースを片手にニヤニヤしていた。

「いやぁ、仕事終わりのカラオケは最高ですねぇ」


レオンはその隣で苦笑する。

「……誰か止める奴いないのか?」


しかし。

その問いに答える者はいなかった。

いつもなら冷静にツッコミを入れるはずのリバティーナ本人が、今日はマイクを握って満面の笑みで歌っている。


完全に楽しむ側へ回っていた。

「レオンさん、次、一緒に歌いませんか?」

「お、俺もか!?」

「もちろんです…♡」


超ご機嫌だった。

スタオンヌが歌い終えると、カロンは惜しみない拍手を送る。

「いやー! やっぱりスタオンヌは何やらせても絵になるな!」


「えへへ……♡」

スタオンヌは少し照れながらカロンの隣へ戻る。


その様子を。

部屋の奥のソファに腰掛け、一人の女が静かに眺めていた。

紫がかった長い髪。

黒と紅を纏った妖艶な装い。

片手には細身の煙管。


その隣には、部下と思しき女が控えている。

「……あれが例の旅人達にございます」


女は魔導硝子の向こうを眺めたまま、小さく笑った。

「ふふっ……随分と騒がしい連中じゃのう」

部下が一枚の資料を差し出す。


「中央の男がカロン・クレイン、あの勇者ノーザン・クレインの孫にございます」


女は資料を見る事なく視線だけをカロンへ向けた。

スタオンヌ達に囲まれ腹を抱えて笑っている男、どこにでもいるただの若者にしか見えない


「……ほう」


その赤い瞳が、ほんの僅かに細くなる。

「わちきの街で、随分と楽しんでおるようじゃ」


部下が尋ねる

「お呼び致しますか?」


女は静かに首を横に振った。

「よい今宵はまだ、眺めるだけで十分じゃ…

くすっ……どんな男か、少し興味が湧いてきたのでのう」


当のカロン達はまだ知らない。

この歓楽街そのものを支配する"傾国の狐"が、今まさに自分達を静かに観察している事を。


カロン達が今回訪れたのは――。

「大陸一の歓楽街」と呼ばれる巨大な夜の街だった。

夕日が沈む頃になると街中に無数の灯りが灯り、まるで星空が地上へ降りてきたかのような光景が広がる。


通りには活気ある酒場

各国の珍味を揃えた料理店

絢爛豪華な高級クラブ

劇場に賭場、土産屋まで所狭しと並び、

昼夜を問わず人々の笑い声と音楽が絶える事はない

旅人達にとっては束の間の休息の場所

長い旅路で溜まった疲れを癒やし、酒を飲み、歌を歌い、明日への活力を得る街だった。

だが、この街を訪れるのは旅人だけではない。


時には一国の命運を左右するような大物達までも

がお忍びでこの街を訪れる。


そんな巨大歓楽街のさらに頂点。

誰もがその名を知りながら、その正体を知らない支配者がいる。

人は彼女をこう呼ぶ――「傾国の狐」

もっとも、そんな裏事情など知る由もないカロン達にとっては

「おっ、カラオケあるじゃん!」

「今日は遊び倒すぞー!」

くらいの認識でしかなかった


カロン達が笑い、歌い、束の間の休息を楽しんでいる頃

歓楽街の最上層

限られた者しか足を踏み入れる事を許されない

一室から、一人の女が静かに夜景を眺めていた

窓の向こうには無数の灯り

この街では毎夜誰かが笑い、誰かが泣く

それら全てを見下ろしながら女は退屈そうに煙管を揺らしていた


部下が静かに頭を下げる

「例の旅人達ですが、未だに歌処で騒いでいるようです」


女は答えない

ただ、薄く微笑むだけ

「……魔王も人類もわちきにはどうでもよい話じゃ」


小さく漏れた声は、夜風に溶けていく。


世界の命運、勇者と魔王の戦い、英雄譚

この女はそんなものには興味がない


この女は数多の王族も、貴族も、豪商も

この街で欲に溺れ、地位を失い、財を失い、破滅していく姿を見てきた。

それもまた夜の街の一興に過ぎなかった

ただ、この女にとっては無様に転落する様子に興が乗るからそれだけ


ただ、今日この街に現れた一団だけは

少しだけ気になった

特に皆の中心で馬鹿みたいに笑っていたあの青年。

「……あの男は面白そうじゃのぉ」


くすっ、と誰に聞かせるでもなく笑う

部下は黙って控えたまま女の独り言に口を挟もうとはしない。


「旅の途中で勇者が無様に堕落し……世界を救う英雄なんては遂に現れず……」


まるで舞台の台本を読むように、愉しげに呟く。

「ふふっ…面白い話になりそうじゃな」

窓の外、遠くから楽しげな歌声が微かに聞こえてくる。

その声へ耳を澄ませながら女はゆっくりと立ち上がった。


そして夜空に浮かぶ月を見上げる

「――どれ…勇者の孫よ、わちきの嗜好に一笑い添えてくれるかえ?」

妖しく、どこか獲物を見つけた狐のように

その紅い瞳を細めて笑った。


カラオケで大騒ぎした後

カロン達は歓楽街の大通りをぶらぶらと歩いていた。

焼き串

揚げ菓子

海鮮焼き

香辛料の効いた異国料理

店が軒を連ね、食欲を誘う匂いが街中を包んでいる。

「これ美味いぞ!」

カロンは串焼きを片手に上機嫌だった


「もう……食べ過ぎですよ♡」

スタオンヌは苦笑しながらも、自分も同じ串を頬張っている


リリーナは紙袋いっぱいに土産を抱え、

「これ会社のみんなに買って帰ろうかしら」

と楽しそうに品定め


沙耶は屋台の焼き団子を見つめていた。

「拙者、甘味には目が無いのでござる……」


そんな他愛もないやり取りが続いていた。

――その時だった。

ゴォォォン……。

街中に、重く澄んだ鐘の音が響く

賑やかだった通りが、少しずつ静まり返っていく

屋台の店主達が慌てて道の脇へ下がり


客達も何事かと辺りを見回した

「なんだ?」

カロンが首を傾げる


すると、通りの奥から鋭い声が飛んだ

「道を開けろ!」

「狐鞠様のお通りだ!」

その一言でざわついていた人々が一斉に左右へ分かれた

まるで川のように大通りの中央へ一本の道が出来上がった


次の瞬間。

通り沿いに並ぶ灯籠へ次々と火が灯る


夜の街がまるで舞台のように照らし出されていく

どこからともなく現れた楽団が、雅やかな調べを奏で始めた。

笛の音、鼓の響き

数十人もの侍女と護衛を従えた豪奢な輿が

ゆっくりと進んでくる

金糸銀糸で彩られた布、夜風に揺れる無数の簾

それだけでも、この街で特別な存在なのだと分かった


そして。

簾が静かに揺れる

その奥

一人の女が、ゆったりと腰掛けていた

艶やかな紫がかった髪

黒と紅を纏う豪奢な装い

手には一振りの扇子

その扇で口元を隠しながら、どこか退屈そうに街並みを眺めている


そんな中にも、ほんの少しだけ細められた瞳は見る者全てを惹き込むような妖しい輝きを宿していた

人々は頭を垂れ、口々に囁く


「狐鞠様……」

「今宵もお美しい……」

「まるで天女様だ……」


誰一人、視線を合わせようとしない

畏敬と憧憬

そんな空気が通り全体を支配していた。


沙耶は目を丸くする

「あれは……花魁でござるか?」


スタオンヌも思わず見惚れていた。

「綺麗な人ですね……」


リリーナは感心したように腕を組む。

「中々セレブそうね」


エマも小声で呟く。

「ただ者じゃないですねぇ……」

その時、ゆっくりと進んでいた輿の中で

扇子の陰から、女の瞳が僅かに動いた。


「……」

ほんの一瞬、二人の視線が交わる


だが、カロンはすぐに首を傾げた

「なんか……今、目合ったか?」


「気のせいだろ」

レオンが笑う


輿はそのまま何事もなかったように進んでいく

一方で扇子で口元を隠したまま、その女は小さく微笑んだ

「……ふふっ」

誰にも聞こえないほど小さく

その笑みだけが月明かりの下で静かに揺れていた


人々の歓声を背に

豪奢な輿はゆっくりと歓楽街の大通りを進んでいく

扇子で口元を隠した女は、何気ない素振りで外を眺めていた。


だが、その紅い瞳だけは…一人の男を静かに追っている。


――カロン・クレイン。

勇者ノーザン・クレインの孫。

伝説の血を継ぐ者

噂は嫌というほど耳に入っていた。


女は胸の内で、くすりと笑う。

(魔王も人類も……わちきにはどうでもよい話じゃ…)

世界が滅ぼうが、英雄が現れようが、

そんなものに興味はない


だかもしも

勇者の血を引く男を惑わせ、その心を奪い、

英雄になるはずの者を、歓楽と愛欲の檻へ閉じ込めたなら……

その果てに訪れる世界はどんな姿をしているのだろう?

(勇者の現れぬ渾沌の世……ふふっ……それもまた一興)


数多の王侯貴族を手玉に取り。

権力者を破滅へ導いてきた。

ならば伝説の勇者の血脈すら、この掌の上で弄ぶ事が出来るのではないか


そんな、ほんの気紛れ、

ほんの退屈凌ぎ、それだけの話だった。


輿が通れば、人は跪く。

目を奪われる。

心を奪われる。

この女にはそれが当たり前だった


だが

「次はどこ行こうかな」

カロンは、そんな事などまるで気にも留めていなかった。

屋台の串焼きを食べ終え、次の店を探すように辺りを見回している。

「デザート食べたいです♡」

スタオンヌがカロンの袖をちょんと引っ張る


「甘味でござる!拙者も賛成でござる!」

沙耶も乗り気だ


「アイス!アイス食べたい!」

リリーナまで手を挙げる


「ロンくん、あっちの店が評判良いみたい」

エマはいつの間にか情報を仕入れていた


「よし、じゃあ次そこだな」

カロンは軽く頷き、そのまま歩き出した

まるで先程の華やかな行列など、最初から存在しなかったかのように


輿の中

女は扇子の奥で、ほんの少しだけ目を細めた。

「……ほぅ」

数十人の侍女、幾人もの護衛、街中を止めての大行列

この歓楽街で自分に気付かぬ者などまずいない。

ましてや、目を合わせておきながら何事も無かったように立ち去る男など初めてだった。


部下が小声で尋ねる

「……呼び止めますか?」


女は静かに首を横へ振る。

「よい」

そして

扇子で隠した口元が、ゆっくりと綻んだ。

「わちきに興味を示さんとは……面白い男じゃのう」


それは苛立ちではない、屈辱でもない

予想外の出来事を前にした純粋な好奇心

退屈だった夜に、ようやく見つけた新しい玩具を眺めるような

そんな妖しい笑みだった。


遠ざかっていくカロン達の背中を見つめながら

歓楽街の支配者は、生まれて初めて

自ら誰かを追い掛けてみたいと、ほんの少しだけ思い始めていた。


宿へ戻ったカロン達は、旅装を軽く解き、思い思いに今日一日を振り返っていた。

「いやー、カラオケも飯も当たりだったな」


カロンはベッドへ腰を下ろし、大きく伸びをする。

スタオンヌもくすりと笑った。

「本当に楽しい街ですね♡ 皆さんも凄く楽しそうでした」


「この街良いな」

カロンは天井を見上げながら呟く。

「明日ももう一泊くらいするか?」


「賛成!」

リリーナが真っ先に手を挙げた。

「まだ買い物も全然足りないし!」


「拙者も甘味処をもう少し巡りたいでござる」

沙耶もすっかりこの街を気に入った様子だった。


エマも帳簿を閉じながら頷く。

「正直、仕入れ先も多いですしねぇ。この歓楽街、商人としてもかなり優秀ですよ」


話題は今日食べた屋台料理や次はどこへ遊びに行くか。

先ほど街を練り歩いていた豪奢な輿の話は、誰一人として口にしなかった


その時だった。


レオンが何気ない動作で腕を組み、指先だけを僅かに動かす。

「まあ、いいけど本来の任務を忘れるなよ」


――ハンドサイン。

『ドアの外に誰かいる』


カロンも何食わぬ顔で立ち上がり、軽く肩を竦める。

「わーってるよ」


そう言いながら、さりげなく指を動かした。

――『エマ、沙耶。部屋の隅へ。スタオンヌ達を守れ』


エマは笑顔を崩さないまま、そっと壁際へ移動する。

「了解です」


沙耶も静かに腰の刀へ手を添えた。

「承知したでござる」


スタオンヌとリリーナ、リバティーナは二人の様子から只事ではないと察する。


部屋の空気が、一瞬で旅の気楽さから任務中のそれへと変わった。


カロンとレオンは視線を交わし無言で頷く。

懐から取り出したピストルをドアへ向け、構える。


ゆっくりと音を立てぬように

カロンがドアノブへ手を掛けた。

そして、一気に扉を開く。

「――!」


だが……

そこに立っていたのは武装した刺客ではなかった。

一人の侍女、

年若い女は驚いた様子も見せずむしろ訓練された所作で静かに一礼した

「クレイン様でございますね」


その物腰は柔らかく、しかし一切の隙がない


カロンは銃を下ろさない。

「……誰だ?」


侍女は顔を上げ、穏やかに微笑んだ。

「我らが主が、ぜひ一献お付き合い願いたいと」

その言葉に部屋の中の一同が顔を見合わせる


エマが小さく目を細めた

「……こんな時間にですか?」



侍女は静かに頷く。

「我が主は、今宵お会いになりたいと仰せです」

レオンは警戒を解かないまま、短く問い返した


「その主ってのは?」

侍女は一瞬だけ言葉を置き。

まるで、それが説明するまでもない常識であるかのように答えた


「――この歓楽街を治める御方にございます」

部屋の空気が、僅かに張り詰めた。

つい先程までただ賑やかな夜の街だと思っていた場所

その頂点に立つ存在が今、自分達を名指しで

招いている。


カロンはレオンへ目を向ける

レオンもまた、小さく頷き返した。

(罠かもしないよな)

(だろうな)


無言のやり取りを終えたカロンは、侍女へ向き直る。


そして、いつもの調子で頭を掻きながら口を開いた。

「……まあ、せっかくの招待だ、断ったら失礼ってもんか」


その返事を聞いた侍女は、どこか安堵したように微笑み、再び深く一礼した。

「ありがとうございます、では――主のもとへ、ご案内致します」


侍女に案内されカロン達は歓楽街の最奥へと足を踏み入れた


幾重にも続く廊下

磨き上げられた黒い床に壁を照らす淡い灯火


静寂の中に琴と笛の音だけが微かに響き、

まるで王城とも神殿ともつかぬ空気を漂わせている

やがて巨大な扉が開かれた


その先に広がっていたのは絢爛豪華な大広間

黄金と深紅で彩られた調度品

天井から垂れる豪奢な飾り布

東洋と西洋、あらゆる国の情緒が入り混じったような、美しくも怪しげな雰囲気が漂う


幾人もの侍女達が静かに控え、部屋の中央には一段高く設えられた席、

そこにゆったりと腰掛ける一人の女がいた


“傾国の狐”巨大歓楽街の支配者 妲狐鞠


先程、街を練り歩いていた輿の中の美女

だが近くで見るとその美しさは人の域を少し外れているようにも見えた


艶やかで、妖しく

人を惹きつけるほど美しいのに

その紅い瞳の奥には、全てを見透かすような冷淡さとほんの僅かな狂気が揺れている


飽くまでも歓楽街の支配人の部屋、しかし女王謁見の間と勘違いするような場の空気


広間に入った瞬間

その視線が、真っ直ぐカロンへ向けられる。

「……」

しばしの沈黙

先に口を開いたのは玉座の女だった

「おぬしが……」

扇子で口元を隠しながら静かに瞳を細める。

「――あの、ノーザン・クレインの孫かえ?」


その声は柔らかい。

だが、まるで相手の心を探るような響きを持っていた。


カロンは周囲を軽く見回しそれから女へ視線を戻す

「よくご存知で」

短い返答のみ、余計な説明もしない


狐鞠はくすりと笑った

「大陸を歩けば、面白い噂くらいは耳に入るものじゃ」

まるでお見通しだ、と言わんばかりにカロンの辿った道を語る。

「伝説の勇者の孫、王家の血を引きながら王宮に縛られぬ男、随分と変わった旅をしておるそうじゃのう」


そして、少しだけ身を乗り出した。

「じゃが……勇者の孫ともあろう者が、戦いもせず遊んでおるとは」


扇子の奥で、その唇が妖しく歪む

「呑気な男じゃのう」

広間の空気が僅かに張り詰めた

侍女達も護衛達も言葉を発しない

女帝の前で誰もが返答を待っている


しかし


当のカロンは肩を竦めるだけだった。

「歓楽街来て仕事する奴いるか?遊ぶ為に来たんだから遊ぶだろ」

そのあまりにも自然な返しに


レオンは内心で頭を抱え。

エマは「うわぁ……」とでも言いたげに目を逸らした。

スタオンヌ達も流石に少し緊張している


だが玉座の女だけがほんの一瞬だけ目を丸くした後

「……ほぅ」

静かに、愉快そうに笑った。

「わちきを前にしても、動じぬかえ?」


王侯貴族ですら視線を伏せる。

将軍や豪商ですら、言葉を選ぶ。

そんな場所で。

目の前の青年は、まるで屋台で雑談でもするような気軽さで話している

「度胸か…それとも、ただの愚か者か」

狐鞠は扇子で口元を隠したまま、じっとカロンを見つめた


カロンもまた、逸らさない。

「さあな?綺麗な人だとは思うけど?ビビる理由にはならないだろ?」


広間の空気が止まった。

侍女達が息を呑む

護衛達の表情も僅かに強張る

誰もがこの歓楽街の支配者にそんな言葉を掛けた者を知らない。



狐鞠は怒らなかった。

むしろ扇子の陰で、その紅い瞳を細める。

「……面白い男じゃのう」

その一言には最初の「退屈しのぎ」ではない、

別の響きが混じっていた


勇者の孫、王族、旅人。

そんな肩書きではない。

目の前にいる一人の男そのものに

傾国の狐は、少しずつ興味を抱き始めていた


そして一方のカロンもまた。

豪奢な玉座に腰掛けるその女を見ながら、心の中で静かに思う。

(この女……なんか、ただの歓楽街のボスじゃないな)

二人は笑っている、だがその実、

互いに笑顔の奥を探り合い一歩も譲らぬまま静かな心理戦が繰り広げられている


侍女達が静かに酒を運ぶ

広間には穏やかな琴の音が流れ、まるで時間そのものがゆっくりと進んでいるかのようだ


狐鞠は盃を手に取り、妖しく微笑む

「……不思議なものじゃ」

扇子で口元を隠しながら、紅い瞳をカロンへ向けた。

「わちきと相対した男は皆、一様にこの歓楽街へ魅入られ…やがて、わちきの前に跪いたと言うに……」

少しだけ首を傾げる


「興味すら示さんのはお主が初めてかもしれぬのう」

その言葉に、広間に控える侍女達も静かに視線を落とした。

まるで、それがこの街では当たり前の事実であるかのように。

狐鞠は続ける。

「数え切れぬほどの男達が、この街で夢を見た、そして皆、わちきの為に全てを投げ打ち……破滅したのじゃ」

どこか懐かしむような、それを誇りに思っているかのような口調だ


扇子の陰でくすりと笑った

「人の欲とは、実に愛らしいものよ」


カロンはそんな狐鞠をじっと見つめていた。

「へぇ……」


気のない返事

「随分と自分に自信があるようで、モテる女は国も落とす」


「自信?」

狐鞠は少しだけ目を細める。

「違うのう、事実を話しておるだけじゃ」


その言葉を聞きながら。

カロンは卓の下で、さり気なく両手を動かした。

酒盃を持ち替えるような自然な仕草。

だが


指先は僅かに絡み合い、一つの掌印を結んでいる。

――金剛夜叉明王印。

それは心の闇を暴き虚飾を剥ぎ取るカロンの秘法


カロンの瞳が静かに細められる

『真偽眼』

相手が嘘をついているのか。

人か、魔か。

妖しき存在ならその本質を見抜き、

偽りの姿ならそれを見透かす

(さて……アンタは何者だ?)

その瞬間。


世界が、揺らいだ。

「――ッ!?」

カロンの表情が僅かに変わる。

スタオンヌが気付くほどではない。

レオンですら見逃しそうな、小さな変化


だが本人だけは理解していた。


今、自分は、圧倒的な量の情報を無理矢理頭に叩き込まれている…


目の前の狐鞠…

その姿が、ぶれる


妖しく微笑む美女

次の瞬間には巨大な白狐

また一瞬で艶やかな少女


皺だらけの老婆

骸骨から名も知らぬ異形

そして再び、あの絶世の美女


姿が定まらない。

まるで幾千、幾万もの貌を重ね合わせた何かが、無理矢理「狐鞠」という形を取っているようだった。

「…………」

カロンは言葉を失う。

冷や汗が一筋だけ頬を伝う


それは、この旅が始まって以来か

下手をすれば、彼が物心ついてから初めて見せるほどの動揺だった


狐鞠は、その僅かな変化を見逃さない。

ほんの少しだけ愉しそうに口元を緩めた

「……どうしたかえ?」

その問いにカロンはしばらく黙ったまま狐鞠を見つめ続けた


やがて静かに口を開く

「アンタ……」

いつもの軽口も、冗談めいた調子もない、

純粋な疑問、警戒だった。


「……人間か?」


その一言に

広間の空気がふっと静まり返る。

誰一人として声を発しない

当の狐鞠は扇子で口元を隠したままくすりと笑った

「ふふっ……」

紅い瞳が、まるで月夜の獣のように細くなる。

「――はてのう?」


答えは返さない。

肯定も。

否定も。


目の前の男が初めて自分に見せた「動揺」が、どうしようもなく愉快で。

そして同時に勇者の血を引く男が、自分の本質に触れかけたことに。

歓楽街の支配者は、心の奥底で小さく笑っていた。

(……その齢で今の術の練度…やはり、ただの男ではないのう)


その場にいる全員がいつの間にか言葉を失っていた。

カロンだけが静かに狐鞠を見つめている。

狐鞠もまた紅い瞳でカロンを見返していた。

しかし、ふとその唇が、妖しく弧を描く

「……おぬし」


先程までの男を試すような柔らかな声音ではない。

ほんの僅かに、熱を帯びていた。

「見えたのか?」


「――ッ!?」

カロンの肩が僅かに揺れる。

その一瞬の反応を見逃す女ではなかった。

狐鞠は扇子を閉じ、愉快そうに笑う。

「おっと……聞き方を変えようかの」

そして


玉座から静かに立ち上がる。

一歩また一歩

足音も立てずにカロンへ近付いていく。

「今の、あの短い間で……おぬしは"全てを見る事が"出来たのかえ?」


カロンは答えない。

答えられなかった。

今、自分が使った真偽眼

相手の本質を暴く明王の秘法


それを――目の前の女は見抜いている

それ以上に、

自分が何を見たのか、短時間で膨大な量の情報にフリーズした事すら理解している

(なんだ……コイツは)


珍しく冷や汗が背中を伝う

レオンも異変を察していた

だが二人の間で何が起きているのかまでは分からない。


広間の空気は先程までとは全く違うものへ変わっている

二人の間で言葉以上の膨大な情報が交差している


狐鞠はゆっくりとカロンの前まで歩み寄り、どこか懐かしむように静かに語り始めた。


「ある者は、わちきを末喜と呼び……」

紅い瞳が、遠い昔を見るように細められる


「ある者は、妲己と恐れ……」


「またある者は褒姒と嘆き……」


「時にはメッサリーナやモルガン・ル・フェを名乗り……」


「ある時代の者は玉藻前と畏れ……」


「海を越えればヘレネとも呼ばれ、クレオパトラと崇拝されたかのう……」


その名が紡がれる度に。

カロンの脳裏には、先程見た無数の貌がよぎる。

白狐、少女、老婆、骸骨

そして、妖しく微笑む無数の絶世の美女


「やっぱり……」

思わず、口から言葉が零れた。

「アンタ、人じゃ――」


狐鞠は、くすりと笑った。

先程までの妖しい空気が、ふっと霧散する。


「……なんての」


肩を竦めるように、扇子を軽く揺らす。


「全部、ただの与太話じゃ、美しい女を見れば、

人は勝手に昔話を重ねたがる…『あれは傾国の美女の生まれ変わりではないか』とな、本気にしたかえ?」


どこか呆れたように笑うその姿は、先程までの底知れなさが冗談だったと言わんばかりに

「噂など、尾ひれが付いて育つものじゃ…わちきも長く生き……いや」


狐鞠は、わざとらしく言い直す。

「長くこの街におるからのう…色々な物語を背負わされただけじゃよ」

そう言って微笑む


だがカロンだけは分かっていた。

今の言葉、そのどこまでが本当で、

どこからが嘘なのか。


――真偽眼を以てしても判別がつかない

それが目の前の女の異常さだった

狐鞠は、そんなカロンの表情を見て

扇子で口元を隠しながら、また小さく笑う。

「ふふっ……案ずるな…少なくとも今宵、わちきはおぬしを喰らうつもりはない」


まるで冗談を言うような口調

カロンは静かに狐鞠を見つめ返す


目の前にいるのは、歓楽街の女帝か。

それとも人々の欲望が積み重なり、幾つもの時代と名を渡り歩いてきた、何か別の存在なのか


その答えは誰にも分からなかった。

絢爛豪華な広間に重苦しいほどの静寂

狐鞠が放った言葉、カロンも警戒を解いてはいない


目の前の女は危険だ

人か、妖か、それすら判然としない。

だが――

狐鞠は、不意に小さく首を傾げた。

「……それにしても」


先程までの、世界の理を語るような口調とは違う。

どこか不思議そうに。

狐鞠も狐鞠で、本当に理解出来ないものを見るような顔でカロンを見つめる

「おぬし、わちきに怯えてはおるが……」

じっとその瞳を覗き込む

「肝心の"わちき自身"には、一向に見惚れぬのう?」


「……は?」

カロンは思わず間の抜けた声を出した

その反応に、狐鞠はさらに言葉を重ねる

「王も将軍も豪商も皆、最後にはわちきを求めた、恐れながらも、焦がれた」

その声に誇りはあれど、驕りはない


ただ、長い年月で積み重ねてきた事実を並べているだけ。

「じゃが、おぬしは違う……なぜ、靡かぬのかえ?」

広間が静まり返る。


レオン達も、固唾を呑んで二人を見守っていた。

(なんだ……?さっきまで世界の真実みたいな話してたのに……なんで急に恋愛相談みたいになってるんだ……?)


そんな空気の中、カロンは数秒だけ黙り込む

そして何かを思いついたように、口元をニヤリと歪めた。

「……あー」

頭を掻きながら…どこか申し訳なさそうに

「そうじゃなくてだね」


狐鞠が僅かに身を乗り出す


「俺は、清楚でちょっと天然な感じの女の子が好きなんだよ」


広間が凍りついた。

狐鞠は、ぱちりと一度だけ瞬きをする

「……は?」

傾国の狐が、素で聞き返した。

「せ……いそ?」


カロンは真顔で頷く。

「そうそう、絶世の美女とか、妖艶な美しさとかじゃなくておっとりしててシンプルにグラマラスな子が好きなの!」


そう言いながら無意識に視線がスタオンヌの方へ向く。

「えっ!? わ、私ですか!?♡」

スタオンヌは突然話を振られ、顔を真っ赤にして胸元を押さえる。

「か、カロン様……♡」 


リリーナは思わず立ち上がった。

「ちょっと待って!アタシだって割とその枠じゃない!?」


「拙者も……天然ではないでござるか……?」

沙耶まで真剣に悩み始める。


後ろではエマが腹を抱えていた。

「ぷっ……!ロンくん、それ本人の前で言います!?」


レオンは額を押さえて天井を仰ぐ

「……終わった、色んな意味で終わった……」

そして。

当の狐鞠だけが玉座の前で、固まっていた。

(……なんじゃと?わちきの妖術が効かぬ?

いや、それ以前に……この、わちきを……

"好みじゃない"と申したのか……?)


王を狂わせ、将軍を堕とし、数え切れぬ男達を破滅へ導いてきた傾国の狐、その絶対の牙城が…


「俺は清楚で天然な感じの女の子が好きなんだよ」


という、あまりにも真っ直ぐで俗っぽい一言で

音を立てて崩れ去った


狐鞠は扇子を持つ手を、ほんの僅かに震わせる。

そして、誰にも聞こえないほど小さな声でぽつりと呟いた。

「……そんな言葉、わちき、初めて言われたのじゃが……?」


広間は、しんと静まり返っていた。

侍女達も護衛達も

レオン達ですら、今目の前で起きている事が信じられない


――傾国の狐が。

男を魅了し、欲望のままに堕とし、数え切れぬ権力者を破滅へ導いてきたこの歓楽街の女帝が

一人の旅人に、言葉を失っている。


カロンはどこか呆れたように肩を竦めた。

「自分の好みも貫けない男は、三流だな」



その言葉に、狐鞠の瞳が僅かに揺れる


カロンは振り返ると、隣にいたスタオンヌの肩を自然に抱き寄せた。

「きゃっ……♡」

突然の事にスタオンヌは頬を赤く染める

「か、カロン様……♡」

そんな彼女を見ながら、カロンは狐鞠へ向き直った。

「アンタは多分、大抵の男の好みには刺さるだろうよ」

それは紛れもない事実だった。

この世の誰もが認める、美その姿に魅せられた。


カロンはそこで小さく笑った。

「……まあ、俺は違っただけだ」

その一言だった。

狐鞠は、何も返せなかった。

いつもならここで余裕の笑みを浮かべていただろう

「ふふっ、強がりを申すのう」

そう言って


最後には相手が折れる。

そうやって、何百年――いや、それ以上の時を生きてきた。

だが。

今、目の前の青年は違う

何一つ、彼の価値観を揺るがさない

そして、狐鞠は気付いてしまった。


最初は退屈しのぎだった

勇者の孫を惑わせてみたい

英雄を堕落させてみたい


そんな、気紛れな遊びだったはずなのに

いつの間にか

振り向かない男を追い掛けていたのは

興味を持たせようと言葉を重ねていたのは

他でもない。

――自分だった

「…………」


広間に、静かな沈黙が落ちた。

その時だった。

カロンが、ふっと口元を緩める。

「まあでも」

狐鞠が顔を上げる。

「俺、悪い女は大好きだぜ」


「……!」

その一言に狐鞠の瞳が大きく見開かれた。

意味を量りかねるように、驚いたように

そして次の瞬間

「……くすっ」

小さく、本当に小さく

今までで一番自然な笑みが零れた。

それは王を惑わす妖艶な微笑みでも

男を破滅へ誘う魔性の笑みでもない


そして真っ直ぐにカロンを見つめた。

「……くすっ、どうやら………わちきの負けのようじゃな……」

一拍置いて。

少しだけ照れ隠しをするように肩を竦める。


その言葉に、レオン達は思わず顔を見合わせる。

(勝負……してたのか?…いや、してたんだろうな……)



二人の間でどんな駆け引きがあったのか、

それは誰にも分からない

ただ一つだけ確かな事は

この夜、王も将軍も貴族も屈した「傾国の狐」が。

生まれて初めて自分の思い通りにならない男と出会い

そして、その男は最後まで自分の芯を曲げる事なく。ただ自分の「好き」を貫き通したのだった


張り詰めていた空気は、いつの間にか和らいでいた。


大広間の扉が開かれ、侍女達が次々と豪華な料理を運び込んでくる

海の幸、山の幸、各国から取り寄せられた珍味。

見た事もないような酒に、香辛料の香る肉料理。


狐鞠は扇子を揺らしながら、小さく微笑んだ。

「せめてもの罪滅ぼしのつもりじゃ、好きなだけ味わって行ってたもれ」


「おっ、マジか!すげー!超豪華な夜食だ!」

さっきまであれだけ警戒していたカロンが、あっさり席に着く


レオンも苦笑しながらグラスを手に取った。

「美味い……!流石は歓楽街のお偉いさんの晩餐だな」


リバティーナも小さく笑う。

「ふふっ……そうですね、初めてみますがこの料理、美味しいです……♡」


スタオンヌは興味津々

沙耶とリリーナは早くも肉料理の取り合いを始めていた。

「それ、拙者が先に見つけたでござる!」

「早い者勝ちよ!」


エマはそんな様子を見て肩を竦める。

「皆さん、さっきまでの緊張感はどこ行ったんですかねぇ」

広間はまるで古くからの宴のように賑わっていく


そんな光景を狐鞠は少し離れた席から静かに眺めていた

(……妙な連中じゃ)

今まで見てきた人間なら、

歓楽街の支配者と対面しただけで萎縮する。

正体を仄めかされれば恐れ、距離を置く

だが、この旅人達は違う。

気が付けば酒を酌み交わし、笑い、料理を頬張っている。


その中心には、やはりあの男がいた。

(芯の強い男じゃ……まるで、一本真っ直ぐに伸びた樹のような……)

狐鞠は紅い瞳を静かに細めるた

これはほんの出来心だった、本当に興味本位

ただ、それだけ。



狐鞠の持つ人の心の深層を覗き込む古き術

(わちきの本質を覗いたんじゃ……おぬしの本質も、どのようなものか見せてもらうのう)

視界が、ゆっくりと霞む。

そして。

見えた。

「――っ!?」

狐鞠の呼吸が止まる。そこに立っていたのは…


中央には三世界の支配者を踏み伏せる忿怒の明王


その周囲を囲むように、


水牛に跨る六本足の異形の王

五つの眼で天地を睨む夜叉の王

燃え盛る炎に包まれた不浄を焼き尽くす王

蛇を纏い、牙を剥く再生と循環の王


五尊が、ただ一人の男の背後に立っていた。

そして、その中心にいる降三世明王だけが、

ゆっくりと狐鞠の方を向き、無言の圧をかける


「……!!?」


しかしそれはまだ一層目…


(ま、まだ奥があるのかえ……!?)

狐鞠はさらに深層を覗き込んだ、その瞬間だった。

世界が反転した。

五尊の背後

燃え盛るような巨大な闘気の中に、一つの影が立つ

三面に六本の腕、修羅の貌

圧倒的な威容――阿修羅


その姿は、狐鞠の知るどの神話とも違う。

だが。その声だけは、はっきりと聞こえた。

『……弟に』

静かな。

けれど、絶対零度よりも冷たい、女の声

『妙な真似をしてみろ』

その六つの瞳が、狐鞠を射抜く

『――殺す。』


「っ……!」

狐鞠の妖術を強制的に断ち切った


ぱちん、と扇子が手から滑り落ちそうになる。

背中を、一筋の冷たい汗が流れる。

(な……なんじゃ、今のは……)

(明王……いや、それだけではない……)

(あれは……守護……? 呪い……?)

(いや……)

(家族、じゃと……?)

広間では、そんな事など露知らず。

カロンが皿を片手に振り返った。

「おーい、狐鞠!この肉超美味いぞ!アンタも食う?」


「…………」

狐鞠は、しばらく返事が出来なかった。

そして数秒遅れて、ぎこちなく扇子を持ち直すと。

「……お、おぬし…姉に連絡とかしてやってるかえ?」

少しだけ引きつった笑顔で、小さく頷く

「え?まあ時々な」


その姿を見て、エマが首を傾げた。

「……なんか、狐鞠さんの方がビビってない?」


レオンは肉を頬張りながら、小さく肩を竦める。

「……さあな、俺はもうあいつらの間で何が起きてるのか考えるのやめた」


そして当のカロンだけは

串焼きを片手に、不思議そうな顔をしていた。

「……?なんか今、アンタ顔色悪くなかった?」


歓楽街の支配者は心の底から思った。

(……なんなんじゃこの男、本人より、後ろにおる連中の方が怖いではないか……!)と。


豪華な料理が並ぶ広間。

先程までの静かな駆け引きが嘘だったかのように、カロン達はすっかり晩餐を楽しんでいた。

「これ美味しいです♡」

スタオンヌは小皿に取り分けられた料理を口に運び小さく目を輝かせる。

「でも……これは何のお肉なんでしょう?」

見た目は鶏肉にも似ているが、香りも味わいも少し違う


カロンも皿を覗き込む。

「んー? なんだこれ、俺も知らないな」

少し考え込むと、

「……ちょっと待ってて」


そう言って、ごく自然な動作で小さく掌印を結ぶ。

――金剛夜叉明王印

『真偽眼』


ふっと、その瞳に淡い光が宿る。

次の瞬間、素材…産地…特徴…調理法…

様々な情報が、カロンの頭の中へ直接流れ込むように浮かび上がった

「おっ、わかった!」

カロンは得意げに皿を指差す。

「これ、ガチョウの肉だね!鶏より味が濃くて、脂に甘みがあるのが特徴らしい」


「へぇ~~!」

スタオンヌは感心したように拍手する。

「凄いです♡その魔法便利ですね、カロン様♡」


カロンは嬉しそうに頷いた。

「そうそう、滅茶苦茶便利なんだぜ、釣り行った時とかさ、魚の締め方分かんない時に使うと感覚でどこ刺せばいいとか分かるんだよ」


レオンは額に手を当てた。

「お前……そんな使い方してたのか……?」


「いや、便利だぞ、山菜採りとか食えるキノコと毒キノコも大体見分けつくし!」


その会話を。

少し離れた席で聞いていた狐鞠が、

ぴたりと動きを止めた。

「…………」

ゆっくりと、ゆっくりと

扇子を口元へ運ぶ。

そして、恐る恐るカロンへ尋ねた。

「……お、お主…まさか、その眼で……

さっき、わちきを見たのかえ?」


「え?」

カロンはきょとんとした顔で振り返る。

「うん、そうだよ?」


あっさり。

本当に、何でもない事のように。

「知らない生き物とか珍しい物見た時、結構使うんだ、便利だからオススメ!」


「…………」

狐鞠は固まった。

扇子を持つ手が、ぷるぷると震え始める。

(わ、わちきが……数多の王を狂わせ……将軍を惑わせ……時代を越え、傾国の狐とまで呼ばれた存在のわちきを……!?珍しい魚を見るような感覚で見たと申すか……!?)


カロンは目の前の料理をもう一口頬張りながら、首を傾げた。

「……?なんでそんな驚いてるんだ?」

その一言に、狐鞠はとうとう顔を覆い力なく項垂れた。

「……くすっ、負けじゃ……色んな意味で……わちきの負けじゃ……」


――金剛夜叉明王印『真偽眼』

万物の本質を見抜く、明王の秘法。

その実態は。

「分からない物があったら、とりあえずカメラ検索する」

という、現代にも通ずる所のある便利な生活魔法だったのである

そして歓楽街の女帝は、この日初めて知る事になった。

神秘も伝説も、時として天然な男には敵わないのだと。

カロンがスタオンヌ好き過ぎ問題。

全キャラの中で狐鞠が一番設定考えるのに時間かかりました。

狐鞠の見た目↓↓↓

新オリキャラ 妲狐鞠 | 福島ナガト #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/147571185

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