↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
29/42

幼馴染は裏切らない

幼馴染の過去

子供のように遊び尽くした二日間は、驚くほどあっという間に過ぎ去った


海、花火、BBQ。

そして仲間達との時間


誰もが忘れられない思い出を胸に刻み、カロン達は次の町へ向けて出発の準備を進めていた


ガーディアン90の横

そこにはルーナ、エルナ、ミラの三人が立っていた

今後の別行動はカロン達のサポート

そして各地での情報収集

それぞれが役割を持った上での別任務だった

それでも少し寂しいものはある


ルーナは照れ臭そうに頭を掻きながら笑う。

「カロンさん……皆さん……」

一度深呼吸する

「本当にありがとう…」


カロンはいつもの調子で笑った。

「おいおい、泣いて別れは禁止だぜ?」

ルーナは思わず吹き出す。

「泣いてねぇし!」


「目赤いぞ」


「うるさい!」

周囲から笑いが起こる


エルナも一歩前へ出た。

真面目な表情。

だが以前のような重苦しさは無い。

「これからも……我々はカロン殿達の恩義に報いるつもりだ…必要とあらば何処へでも駆け付ける」


レオンが苦笑する

「本当に真面目だな」

「性分だ」


そしてミラ

彼女は最後までミラだった

優雅にスカートの裾を摘み、頭を下げる。

「サポートはお任せ下さいませ♡」

そしてカロンへ視線を向ける。

「ご主人様♡皆様♡上手くやって見せますわ♡」



リリーナは笑い、沙耶は呆れ、スタオンヌは微笑む

そんな空気だった


すると少し離れた場所から声が聞こえた

「私も、そろそろ帰らなければ」

全員が振り返る、テラだった。

昨日の夜の誰にも見せない顔を見せていた女性


今は再び世界的トップスターの顔をしている。

爽やかな笑顔、美しい立ち姿

まさしく男装麗人

「楽しい時間だったよ、友と過ごす夏は素晴らしいものだね」


テラが笑った、だが

一瞬だけ、本当に一瞬だけ


テラの視線がカロンへ向く、誰にも気付かれないほど小さな…けれど確かな微笑み


カロンも小さく頷いた

それだけだった


「カロンさん!」

カロンが振り返り

ルーナが背伸びして挨拶代わりのキス

「えへへ……♡次会う時まで忘れんなよ!」

一番ルーナらしい。


「……失礼する」

エルナはカロンの胸ぐらを掴み

そのまま短く唇に…

しかしルーナにも負けないくらい…

その後クールなふりをしていたが真っ赤になる


こいつは当然

「ご主人様♡」

両手で顔を挟む、逃がさない。

そのまま長めに唇を重ね

そして

「次にお会いする時を楽しみにしてますわ♡」



ルーナ達は荷物を背負う

テラも迎えの車へ向かう

別れの時間だ


「それじゃあな、また会おうぜ」

カロンが手を上げる


ルーナ達もテラも

それぞれ笑顔で応えた。

「はい!」

「必ず!」

「またお会いしましょう♡」

「またね、友よ」

そしてそれぞれの道へ進み始める。


その後。

ルーナ、エルナ、ミラの三人は白銀歌劇団の本拠地がある都市へ移住した


冒険者として生きる事はやめない。

だが、それだけでもなかった


三人が新たに始めたのは――

元冒険者や旅人達のセカンドキャリアを支援する会社だった

職業紹介、人材斡旋、企業への仲介

商売としては極めて真っ当な事業だった

さらにリリーナの出資やテラの紹介もあり会社は順調に成長していく。


だがそれはあくまで表向きの顔だった。

実際には世界各地を旅した冒険者

隊商、傭兵、吟遊詩人、船乗り

そういった人々から自然と情報が集まる


どこで魔物が増えた

どの街で怪しい人物が目撃された

どの国が不穏な動きをしている

そういった話の断片が三人の元へ流れ込む

そしてその情報は密かにカロン達へ届けられていた


エマも助かっていた

「三人のお陰で仕事が楽になりましたねぇ」

物質の仕入れや本国との連絡の拠点として

ルーナ達の会社がハブになっていた

なおジークは開業当日から出入り禁止だ


エマは笑う

「今じゃ立派な協力者ですよ」

離れた都市の事務所


ルーナが窓の外を眺めて呟く

「カロンさん達、今どこ旅してんだろうな〜」


エルナは書類を整理している

「仕事しろ、社長」


ミラは紅茶を飲みながら微笑む。

「でも元気にしているでしょうね♡」


壁には一枚の写真

海辺

笑う仲間達

夏の思い出


いつかまた

その写真の仲間達と共に戦う日を待ち遠しく




そして旅に戻る


ガーディアン90は穏やかな街道を走っていた

窓の外には草原が広がり、遠くには山々が霞んで見える

つい数時間前まで聞こえていたルーナ達の賑やかな声も、今は無い


少しだけ静かになった車内で、助手席のリバティーナがぽつりと呟いた。

「それにしても……」


レオンがハンドルを握ったまま横目で見る

「ん?」


「カロンさんが他人の為にあそこまでやってくれるのは、少し意外でした」

リバティーナは窓の外を見つめていた

「正直、もっと自分本位な方なのかと……ギャングですし」


その言葉にレオンは少しだけ笑う。

「まあ……それなりにルーナ達を仲間として思ったのと、ジークがムカついたんだろうな、あいつは昔からそうだった」


「昔から……?」

リバティーナが首を傾げる


レオンは少しだけ考えるように前を向いた

「人助けって訳じゃない、どっちかと言うと……」

そこで一度言葉を切る

「“調伏”なんだよな」


「調伏……ですか?」


それはレオンの知る、カロンの信念だ

「気に入らない奴が好き勝手やってると、それを力尽くで叩き潰す、善人だから助けるんじゃない、気に入らないから殴る、アイツはそういう奴だ」


リバティーナは思わず苦笑した。

「やっぱりギャングじゃないですか」


「否定はしない」

レオンも肩を竦める

そして少しだけ懐かしそうに目を細めた。

「……エマもそうだ」

「え?」

リバティーナはなんの事かと耳を傾ける


「今でこそあんな腹黒商人だけどな…昔は本当に気弱だった」


リバティーナは目を丸くする

「今のエマさんからは想像出来ません……」


「ああ」

レオンは静かに頷いた。

「あれは……今から五年くらい前だったかな」


ガーディアン90が街道を走る音だけが車内に響く。

レオンの脳裏に記憶が蘇る。

──今から五年前。

カロン達が通っていた学校の教室、昼休み

賑やかなはずの教室の片隅に、一人だけ静かな席があった…

エマだった

「…………」


誰とも話さない

いや話せない


隣の席の生徒はわざと机を離し

名前を呼ぶ者もいない

話しかけても返事が返ってこないのではない

最初から、話しかける相手として数えられていない

教室の中にいるのに。

まるでそこに存在していないかのようだった


エマはただ、小さく愛想笑いを浮かべる。

「……えへへ」

誰に向けるでもなく

ただ、その場をやり過ごす為だけの笑顔


最初の理由なんて、きっと誰も覚えていなかったと思う

大人し過ぎたから

自己主張をしなかったから

皆が話している時も、輪に入れず黙って笑っていただけだったから

そんな事だ


後から思えば、理由と呼ぶのも馬鹿らしいような些細な切っ掛けだった

そしてその頃のカロンとレオンは

エマとは別のクラスだった


ガーディアン90の車内。

レオンの話を聞いていたリバティーナは、思わず胸の前で手を握り締めた。

「……ひどい」

小さく漏れた声。

「それに……そんな事をして、一体何の意味があるんですか……」


レオンはすぐには答えなかった。

ハンドルを握ったまま、静かに前を見つめる。

「意味なんて無かったんだと思うただ……

逆らわない奴がいたそれだけだったんだろうな」


再び五年前の記憶が蘇る

最初は無視だけだった

話しかけても返事をしてもらえない

名前を呼ばれない

グループを作る授業では、最後まで一人

机も少しずつ離されていく


エマは何も言わなかった

誰にも迷惑を掛けるつもりは無かった

出来るなら、皆と普通に話したかった

普通に笑って、普通に友達を作って

それだけだった

だから昼休み、教室の隅で一人で皆が楽しそうに話しているのを見て、そっと愛想笑いを浮かべていた

「……えへへ」

誰にも届かない笑顔だった


だがその笑顔すら、一部の連中にとっては遊び道具だった。

ある日、机の中を開くとノートが無い

探すと、教室のゴミ箱の奥に破られた状態で捨てられていた


別の日

教科書が消えた

校舎裏の水溜まりに投げ込まれていた


朝、下駄箱を開ける

靴が無い

校庭の木の枝に吊るされている


エマは何も言わない

先生にも言わない

親にも言わない

ただ、黙って拾いに行くだけだった


そしてそれが面白かった。

「なあ、あいつまた黙ってるぜ」

「つまんねーよな」

「お前、いらなくない?」

「生きてる意味ある?」

「お前いると空気最悪なんだけど」

教室に笑い声が響く


エマは俯いたまま何も言えない。

泣く事すら我慢する。

逆らわない

怒らない

だから段々とエスカレートしていった


ある日

階段を降りようとしたエマの背中が、不意に押される。

「きゃっ……!」

身体が前へ傾く


危うく手すりを掴み、転落だけは免れた。

後ろから聞こえる笑い声。

「危ねぇ〜!」

「今の見た!?」

「マジで落ちるかと思った!」


また別の日

校外学習

川辺での自由時間。

背中を押され、水の中へ落ちる。

「や、やめ……!」

泳げない訳ではない。

だが、数人が面白がって肩を掴み、頭を水の中へ押さえ付ける

「おいおい、まだ出すなよ!」

「アハハハ!」

苦しい

息が出来ない

怖い


それでも、エマは抵抗しなかった。

正確には出来なかった

もし逆らったらもっと酷くなる

そんな気がしていたからだ


ただ心のどこかで思っていた。

(誰か……助けて……)

その願いは小さく

誰にも届かない

少なくともその日までは


教室の窓から差し込む夕日だけが、俯いた少女の机を静かに照らしていた。


ガーディアン90の車内。

話を聞いていたリバティーナは、思わず目を伏せた。

「そんな……」

先程までの穏やかな空気は消えている。

「先生に相談は……しなかったんですか?」


レオンは少しだけ苦い顔をした。

「したさ、でも……その時には、もう全部遅かった」

短く答える。


リバティーナは息を呑む

レオンは静かに続けた

「エマは一人で抱え込み過ぎたんだ、我慢して、笑って、黙って耐えて……その間に向こうは準備を終えてた」


五年前

夕方の職員室

エマは震える手で扉を開けた。

何度も迷った

何度も諦めようと思った

それでも勇気を振り絞って、先生に全てを話した


ノートを破られた事

教科書を捨てられた事

靴を隠された事

川へ突き落とされた事

涙を流しながら

震える声で必死に助けを求めた。


だが返って来た言葉はあまりにも冷たかった

先生は深くため息をつく

「何を言ってる?」


エマが顔を上げる

先生は呆れたように首を振った

「最初に手を出したのは、お前なんだろ?」


「……え?」

理解出来なかった

先生は机の上の紙を軽く叩く

そこにはクラスメイト達の証言が並んでいた

『エマが突然怒り出した』

『自分から物を投げた』

『皆で止めたのに話を聞かなかった』

『最近様子がおかしい』


全部、嘘だった

全部、最初から仕組まれていた

エマが助けを求める頃には

既に。"嘘つき扱いされる為の準備"が終わっていた。

「みんな同じ事を言ってるんだ」

「一人だけ違う事を言われてもな……」

先生の声は、もう何も聞こえなかった


エマはその場を飛び出した

誰にも見つからないように涙を拭いながら

俯いたまま走って、走って、ただ逃げた。


そんな後ろ姿を一人だけ黙って見ていた少年がいた

カロンだった

「…………」


その日

カロンは偶然、別の用事で職員室の前を通り掛かっていた

泣きながら走り去るエマ


その直後職員室から聞こえてきた教師の声。

そして何かを悟ったように

カロンは静かに踵を返した


帰り道

数人の男女が笑いながら歩いていた。

エマを追い詰めた連中だった

「あー、エマの奴あれから学校来ねえな!」

「アハハ!流石にメンタル弱過ぎでしょ!」

「でも割と持った方じゃない?」

「最初はもうちょい面白いかと思ったんだけどなー」


誰一人、悪い事をしたという顔はしていない

ただゲームの話でもするように笑いながら

「ねえ」

「今度は家まで行って引っ張り出してあげない?」

「いいじゃん!」

「あまったれんな!って教えてやるか!」

「アハハハハ!!」

夕焼けの道に楽しそうな笑い声が響く


その少し後ろ、そこに一人、静かに立っている人影があった

「…………」

何も言わない、ただその目だけが

今まで誰も見た事がないほどに冷たく光っていた。


夜。


クレイン王国王都。


人気の無い外れにある空き地。


月明かりだけが照らすその場所には、場違いなほどガラの悪い連中が集まっていた。


革ジャン


煙草


金属バット


路肩には改造バイクが何台も停まっている

王都でも札付きと恐れられる不良達だった


そしてその集団の中心には

数人の男女が無様に転がされていた。


「うっ……」


「た、助け……」


エマをいじめていた男子生徒達

同じく女子生徒達


そして

担任教師までもが、顔を青ざめさせて地面に座り込んでいた。


逃げ出そうにも逃げられない、既に一度袋叩きにされた跡もチラホラある


周囲を囲む不良達に羽交い締めにされ、身動き一つ取れなかった。


その輪の前へ、一人の少年が歩み出る。

勿論カロンだ

ポケットに手を突っ込み

いつもの気怠そうな顔で立っている。


だが、その目だけは笑っていなかった

カロンは、ゆっくりと地面にしゃがみ込む

そして、怯え切った一人の男子の顔を覗き込んだ「なあ……?」


静かな声だった。

だが、その場にいた全員が息を呑む。

「アイツ、俺のダチなんだよ…なんであんな事した?あの行為になんの意味がある?」


男子生徒の肩が震える。

「カ……カロン……」

名前を呼ぶだけで精一杯だった。


女子生徒は涙を流しながら懇願する。

「お、お願い……」


「殺さないで……」


その瞬間だった、カロンの表情が変わる。


「――殺さないで?」


ドスの効いた声が空き地に響く

全員がびくりと肩を震わせた。


カロンは立ち上がる


そして。


女子生徒の髪を掴み、一度足下の泥に顔面を押し付けた後、怒鳴りつけた

「殺さないでじゃねぇだろ!!俺はなんであんな事したって聞いてんだ!!」


「ノート破いて!」


「靴隠して!」


「川に沈めて!」


「先生まで騙して!」


「なんでだって聞いてんだよ!!」


女子生徒は泥と涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら首を振る。


「ち、違っ……」


「ふざけんな」


カロンは容赦なく遮った


「それにまずテメェの心配より先にやる事あんだろうが」


「自分が助かる事しか考えてねぇのか?」


「だったらテメェらが今までやってきた事と何一つ変わんねぇだろ」


その場が静まり返る

誰も口を開けない。


するとカロンは次に担任教師の前に立った


「アンタも教師なんだろ?」


教師は脂汗を流しながら震えている


「わ、私は……皆がそう言っていたから……

証言が一致していたから……」


カロンは鼻で笑った。


「へぇ…ならアンタの仕事ってのは、多数決で子供切り捨てる事なのか?」


教師は何も言えない、言い返せなかった。


カロンは周囲をぐるりと見回す


地面に転がるいじめっ子達

泣きそうな教師


そして、その全員を囲むカロンの悪い友達


「……いいか」


低い声で言った。


「俺はばあちゃんみたいな正義の味方じゃねぇし

じいちゃんみたいな勇者でもねぇ

だからヴィヴィ婆さんみたいに説教する気も無い


その言葉に、一同は少しだけ安堵しかける。

しかし次の一言で、その希望は砕け散った。


カロンは静かに笑った。


「ただな…俺のダチ泣かせた奴が、ヘラヘラ笑ってんのが――」


ゆっくり拳を握る。


「気に入らねぇんだよ」


月明かりの下

少年の背後には、王都中の不良達が無言で並んでいた。


そしてその場にいた誰もが悟った

今日、コイツらは

絶対に怒らせてはいけない相手を怒らせたのだと


空き地に重い沈黙が流れる

地面には青ざめた顔のいじめっ子達と担任教師


カロンは全員を見回し、パンッと一つ手を叩く


「よーし!」


気の抜けた声だった。

だが、その場にいる誰もがその一言に身体を震わせる


「お前ら!トドメ!」


カロンが後ろを振り返り、集まった仲間達へ向かって叫ぶ。


「コイツら、一発ずつ殴った奴から帰ってよし!」


「「「「オォォォォ!!!!」」」」


野太い歓声が夜空に響いた

いじめっ子達の顔色が一瞬で変わる


「ま、待っ……!」


「やめ……!」


「先生!先生助けて!」


だが、その教師本人も腰を抜かしていた。


そして、その輪の中から、場違いなほど呑気な声が聞こえる。


「気絶しても無駄だよ〜♡」


皆が振り返る。


そこには小さな椅子に座って足をぶらぶらさせる

メグの姿、満面の笑み。


「全員終わるまで、何回でも治しちゃうからねぇ〜♡」


「え?」


「だから安心して♡死んだって途中じゃ終わらないよ♡」


その場にいた全員が理解した。

これは脅しではない、本気だ


いじめっ子達と教師は顔を見合わせる

そして揃って絶望した


「い、嫌だぁぁぁぁぁ!!」


「助けてぇぇぇぇ!!」


夜の空き地に悲鳴が響き渡る。


その後。


「うわぁぁぁ!!」


「ご、ごめんなさい!!」


「もうしません!!」


そんな叫び声が、しばらく王都の夜空を賑わせたという。


……


ガーディアン90の車内。


話を聞いていたリバティーナは、思わず膝の上で手を握り締めていた。


「……それで」


静かに問い掛ける。


「エマさんは……?」


レオンは少しだけ窓の外へ目を向けた。

懐かしさと、苦笑いが混ざったような顔。


「エマは……最初は怯えてたよ、あいつ、あの時まで喧嘩なんて見た事も無かったからな」


レオンはそこで少し言葉を切った。

そして、小さく笑う。


「……でも途中から、様子がおかしくなった」


……


五年前。


空き地の隅

エマはカロンのすぐ隣に立っていた


最初は怖かった、震えていた


自分をいじめていた相手

学校で逆らえなかった相手


その連中が、今は泣きながら地面を転げ回っている。


普通なら

普通の大人しい少女なら

きっと目を背けただろう。


「やめて」


そう言ってしまうかもしれない


だが、エマは違った

目を逸らせなかった


いや、逸らしたくなかった


自分のノートを破いた男子が泣いている。


「ごめんなさい!」


靴を隠した女子が地面に額を擦り付けている。


「許して!」


自分を嘘つき扱いした教師が、情けなく命乞いをしている。


「私は悪くないんだ……!」


その姿を見て。

エマは、ただ黙って見つめていた。


そして


その小さな口元が、ほんの少しだけ


緩んだ。


「……」


怖くない

苦しくない

涙も出ない


胸の奥にあった、ずっと黒くて重かった何かが。


少しずつ


少しずつ


溶けていくような気がした


その時だった


隣に立つカロンが、何気ない調子で声を掛ける。

「どうだ?」


エマは小さく顔を上げる


カロンは前を向いたまま言った

「嫌いな奴が痛い目見てると、ちょっとスッとするだろ?」


エマは答えられなかった

答えられなかったけれど


心の中では。


初めて誰にも言えなかった本当の気持ちを認めていた




――ああ。


――私。


この人達が泣いてるの、気 持 ち い い ♡



月明かりの下

その小さな感情こそが


後に「腹黒商人エマ・グレイス」の本当の始まりだった。


ガーディアン90の車内

「その後、やっぱみんな物足りないってなってさ」


「え…」


「カロンが思い付きで『殴り合いして最後に立ってた奴は帰してやる!』って始めて」


「えぇ……」


「残った男子を狂犬病の犬と闘わせたり」


「……」


「残りは連中の足首を鎖で繋いで、ノコギリ1本渡して解散したんだ……」


リバティーナは遂に、言葉を失った


レオンの話が終わる頃には、窓の外の景色もすっかり夕暮れに染まっていた。


しばらくの間、誰も口を開かない。

エンジン音だけが静かに車内へ響いていた。


やがてリバティーナが小さく息を吐く。


「……なんか」


少しだけ困ったように

少しだけ呆れたように

そして、どこか納得したような顔で


「結局、カロンさんはカロンさんなんですね……」


人助けの為に動いた訳ではない

正義の味方になりたかった訳でもない


ただ自分の気に入らないものを、力尽くで叩き潰しただけ。


あまりにもカロンらしい答えだった。


レオンも思わず苦笑する。


「まあね…あいつは昔からああだよ、正義感って言うより……気に入らないから殴る」


レオンは少しだけ前を向いたまま笑った。


「でも、エマにとっては、それが救いだったんだろうな」


レオンはエマの変化も思い出した

「それからだよ、エマが血を見ても平気になったのも、悪党が泣き叫んでる顔見て笑うようになったのもあの日、あいつは初めて思ったんだ」



『悪い奴が苦しんでるのを見るのって、こんなに気持ちいいんだ』ってな。


リバティーナは思わず苦笑した。

「やっぱり、ちょっと歪んでますね……」


「否定はしない」


レオンも即答だった。


その時、リバティーナの中にふと一つの疑問が浮かぶ。


「……そう言えば」


「ん?」


「レオンさんは……その時、何をしてたんですか?

カロンさんがエマさんを助けていた時……レオンさんは……?」


その質問に。


レオンは一瞬だけ黙り込んだ

少しだけ言いづらそうに頭を掻く。


「……あーまあ、その……」


珍しく歯切れが悪い。


「いじめっ子達を羽交い締めにしてたの……俺だ」


「え?」


「逃げようとした奴押さえ付けたり…先生が逃げないように見張ってたり……あの場の共犯だ」


言い終わると車内に妙な沈黙が流れた。


レオンは少しだけ気まずそうに咳払いをする。

「まあ、今思えばやり過ぎだったかもな…

正直、あの時の俺もムカついてたし……」


すると

隣から小さな声が聞こえた


「……良かった」


「え?」


レオンが助手席を見る。

リバティーナは優しく微笑んでいた。


「レオンさんも、エマさんを見捨てなかったんですね」


その一言だった


レオンは目を丸くする

責められると思っていた

「やり過ぎだ」と言われると思っていた

だが返って来たのは、そんな言葉だった


「私、少し安心しました……レオンさんも、カロンさんも……ちゃんとエマさんの味方だったんですね」


レオンは照れ臭そうに前を向いた。


「……まあ友達放っとくほど、薄情じゃないさ」


リバティーナは嬉しそうに笑う


窓の外では夕日がゆっくりと沈み始めていた。

ガーディアン90は街道を走り続ける


仲間達を乗せて


それぞれの過去を乗せて


そしてその少し前を走る一台のバイクには


何も知らず、いつものようにスタオンヌと笑い合う一人の男がいた。


本人はきっと覚えていない


五年前


たった一人の少女の人生を、大きく変えてしまった事を。

カロンの自身の幸せよりも仲間の笑顔と嫌いな奴の地獄を優先します、一石二鳥なので


サイコパスがさらなるサイコパスを育ててしまった

↓

新オリキャラ エマ・グレイスの過去 | 福島ナガト #pixiv https://www.pixiv.net/artworks/147538060

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。